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「奇跡の国」と評される日本の薬物規制 でも刑罰には限界も

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公益財団法人「麻薬・覚せい剤乱用防止センター」が発行するニュースレター

■「マトリ」の自信

「『日本は奇跡の国』とか、『薬物がこれだけ広がらない国は他に類を見ない』と言われます。しかし、私たちはまだまだ警戒して取り締まりを進めます」 

日本で薬物規制や取り締まりを管轄し、麻薬取締官、いわゆる「マトリ」を統括する厚生労働省の監視指導・麻薬対策課の担当者は、日本の「違法薬物の抑え込み」を海外からはこう評価されると言う。 

実際、一生のうちに違法薬物を使ったことがある人の割合を示す「生涯経験率」を見ると明らかだ。 

日本で違法薬物の代表は覚醒剤(アンフェタミンやメタンフェタミン)だが、それでも日本の生涯経験率は0.5%。米国は10倍近い4.9%、英国は20倍の10.3%に上る。 

なぜ、日本では違法薬物が広がらないのか。島国で海外から入ってきにくい地理的条件のほか、日本人の規範意識の高さを挙げる人は少なくない。多くの人が学校で一度は受けたことがある「薬物乱用防止教育」などで使われるキャッチコピー「ダメ。ゼッタイ。」や「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」、おどろおどろしいポスターの威力が大きかったと見る人もいる。 

特に「人間やめますか」は、日本民間放送連盟による80年代の覚醒剤撲滅キャンペーンCMで使われたもので、多くの人がテレビで見て強烈な印象を受けたようだ。また、14年に東京・JR池袋駅前で「危険ドラッグ」を吸った男が暴走運転をして死傷者を出した事故をきっかけに規制が強化されたように、迅速で徹底した規制や取り締まり、そして重い刑罰を科せられる恐れも心理的な重しになっていると見られる。 

さらに、苦難から逃れるため、薬物に頼るよりも自殺やギャンブルに手を出す人が多いと指摘する人もいる。実際、厚労省の「自殺対策白書」によると、主要8カ国で日本はロシアに次ぐ高い自殺死亡率という。 

■司法での対応は限界も

日本の当局にも違法薬物をめぐる懸念材料はある。

政府が今年8月にまとめた「第五次薬物乱用防止五か年戦略」によると、17年に覚醒剤で検挙された人のうち再犯者率は65.5%で、過去最高だった。これだけ再犯者率が高いと、刑罰の意義を問い直す必要も出てくる。 

世界で大麻の使用が広がるなか、日本への影響も垣間見える。厚労省の報告書によると、大麻の生涯経験率は欧米が4割近いのに比べまだかなり低いが、15年に1%だったのが17年には1.4%に上昇。推計使用人口は約133万人という。青少年の大麻関連での検挙数も増加傾向だ。09年の1880人から13年の712人まで減り続けたものの一転して増加。17年には1519人となっている。 

日本では来年にラグビーワールドカップ、20年には東京五輪・パラリンピックが開かれる。日本政府は「観光立国日本」を推進。訪日外国人が増えれば当然、海外の薬物事情にも目配りする必要が高まる。「五か年戦略」では水際対策を強化し、迅速に規制を設けるなどして「薬物乱用の根絶を図る」としている。

一方で、薬物依存者を刑罰で抑え込むことへの問題も指摘されている。 

「薬物依存者を刑務所などに閉じ込めるのではなく、地域で地元住民の中で回復の姿を見せることが必要だ。だが、特に『薬物乱用防止教育』は薬物への恐怖心をあおり、薬物依存症という障害を抱えた人との社会内共生、包摂的な社会の実現を阻んでいる」 

アルコールや薬物の依存症患者の治療に約20年携わってきた、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存症センター長はそう話す。「欧州では司法的対応よりも治療的対応の方が、再犯率や就労、犯罪率、HIV感染などで優位と証明されている。日本も同じだと思う」 

欧州では、「刑罰」より「治療」を重視しているという。現場はどうなっているのか。世界で初めて全ての薬物の所持や使用を罪に問わないことにしたという、ポルトガルへ飛んだ。

■【次の記事へ】ヘロインに揺れたポルトガル、それでも厳罰より治療を選んだ