リポートのタイトルは「向精神性物質の分類:科学が取り残されたとき」。ウェブでも公開されています。使用する本人への直接的な害に加え、社会や他者への害も考慮すると、アルコールやたばこの害は大麻の害よりも大きいと結論づけています。
――GCDPはこれまで「薬物との戦争は失敗した」などと思いきった提言をしています。今年も大麻よりアルコールやたばこの方が他者や社会には有害だと、踏み込んだ内容ですね。
表を見て下さい。アルコールは、交通事故や家庭内暴力といった他者へのリスクが高いのですが、規制はそれほど強くありません。たばこは喫煙者への害の可能性はもちろん、受動喫煙や子どもの呼吸器への影響といった他者へのリスクもあります。他方、大麻はそれほどリスクはありません。これは私見ですが、大麻などの物質については、(国際的な規制対象を決める)1961年の麻薬単一条約の薬物リストを見直す必要があると思います。リスクと利益を理知的に評価すれば、その評価を使って規制する国にも役立ちます。現実を見ようと訴えている私たちGCDPの対応は非常に合理的だと思います。世界保健機関(WHO)はようやく昨年、大麻の医療効果を認め、大麻と関連物質について規制対象リストを見直すよう国連に勧告しました。
――飲酒や喫煙は多くの国で文化になっています。
たしかにたばこやアルコールは合法だという歴史があります。しかしこれらがもたらす害は、(国際条約で)違法リストに記載されている薬物とは違うカテゴリーにあるものなのです。公衆衛生に長く携わってきた私の経験からすると、重要なのは規制することです。ニュージーランドではたばこについて、どの国よりも厳しい規制がありますが、私はたばこを禁止することには賛成しません。(禁止して)喫煙者や飲酒者を犯罪者にしても利点はないと思います。それよりも非常に危険な物へのアクセスや利用を規制するべきです。
――報告書は、昨秋にカナダで大麻が合法化された影響を受けていますか?
そうですね。大麻はカナダや米国の複数の州で解禁されています。これが世界の潮流なのです。大麻のような物質は世界各地で長年、使用されてきました。インドのヒンドゥー教のお祭りでも昔ながらの方法で大麻を使うそうです。
――逆に、今回の報告書が多くの国や機関に影響すると考えますか?
薬物についてまだ禁止論的なアプローチをとっている影響力のある国が複数あります。そうした国々は私たちの主張に耳を傾けません。しかし、世界はそうした国の周囲でも変化しているのです。米国の中でも、娯楽用大麻や医療用大麻を合法化する州がかなりあります。そうしたことが合法化を広げていくための第一歩です。また、オピオイドの過剰摂取による死者が急増していて、市民の命を救うため、州や市レベルでは連邦法とは異なることを始めています。世界は変化していますが、変化を望む人びとにとっては十分な速さではありません。
――ニュージーランドでも変化が起きていますか?
医療用大麻の使用を認める法が昨年に議会で可決されました。次に(娯楽用)大麻の合法化の是非をめぐる国民投票も予定されています。三つ目に、他の違法薬物についても治療的アプローチがより有益な場合や起訴に公益性がない場合、所持や個人使用について逮捕したり、起訴したりしないという方向で警察に裁量権を与える法律をつくっています。これは公衆衛生と社会問題なのです。とはいえ、犯罪者から薬物を供給されるという問題がまだあり、委員会としても供給については取り締まるべきだと言っています。
――欧州では大麻をビジネスに結びつけることに強い抵抗感があるようです。
様々なモデルがあります。私は大麻はたばこのように規制される必要があると思います。私がニュージーランドで保健大臣だった時、公衆衛生の促進のために、たばこの広告やスポンサーシップを厳しく制限する法律をつくりました。大麻についても同じように規制するアプローチをとるでしょう。これに対して、米コロラド州では、一種の自由市場のアプローチを取っていて、大きな産業になっています。ニュージーランドがそのような方向に進んでいくとは思えません。大麻も宣伝されるのではなく、規制されるでしょう。
――日本は違法薬物の生涯経験率が低く、「奇跡の国」と言われます。しかしその日本でも大麻の使用は増えてきています。日本へのアドバイスはないですか?
島国といえども免疫がずっと保たれるわけではありません。ニュージーランドも島国ですが、中国から大量の(覚醒剤の一種である)メタンフェタミンが不法輸入されています。現在は大きな問題になっていませんが、大問題になる可能性はあります。日本にもギャング組織があると本で読みましたが、そうした組織は資金源となるものには群がり、違法薬物の取引は急速に伸びるものです。使用レベルが低いのであれば、増える前に理知的で効果的な規制ができる絶好の機会があるということだと思います。
――なぜ世界薬物政策委員会(GCDP)の委員になったのですか?
私が国連開発計画(UNDP)総裁だった時、国連本部があるニューヨークにGCDP関係者が来ました。私はUNDPやニュージーランドで保健大臣の経験があり、人びとが健康でいられるために自分にできることを常に探していました。(国連薬物犯罪事務所によると、2017年の)1年間に薬物に関連した死者数は世界で約58万5000人とされますが、例えばメキシコや他国・地域などでの薬物に関する抗争や暴力による死者を含めるともっと多くなるでしょう。薬物は人の健康や幸福に大きく関係します。人は薬物を使うという現実を前に、どうすれば使用者が安全でいられるかということについて支援することが大切だと考え、GCDPの誘いに応じました。
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