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厳罰化でも薬物はなくならない 過度の規制強化は危険だ

World Now 更新日: 公開日:

欧米に比べ、薬物を使ったことがある人がきわめて少ない日本。麻薬対策の「優等生」とされてきた。だが、「問題はいっこうに解決していない」と語るのが、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存症センター長だ。日本の薬物対策のどこに課題があるのか、アルコールや薬物の依存症患者の治療に約20年携わってきた立場から語ってもらった。(聞き手・丹内敦子)

■マッチポンプが起きている

薬物犯罪を考える時、ある人は「反社会勢力の資金源になるから規制を厳しくする」と言う。しかし資金源になってしまうのは、米国の禁酒法と同じで、「違法化」したからとも言える。また、規制を強化して指定薬物を増やせば、新たな脱法的でより危険な薬物が流通してしまう。マッチポンプになっているような気がする。

日本の場合、「薬物を使う人間などいてはならない。いや、あり得ない」ことを前提に、長年、供給低減(取り締まり強化・規制)に重きを置いた対策をとってきたが、問題は一向に解決していない。覚醒剤取締法違反者の再犯者率が高いのが良い証拠だ。むしろ「いくら取り締まりを強化し、厳罰化しても薬物を使う人間はいる」ことを前提に、需要低減(依存症の治療・回復支援)の対策を強化する必要がある。

日本人はアルコールには寛容だが、世界で最悪な薬物はアルコールだと思う。覚醒剤と比べても内臓への被害は深刻で、脳が縮むのもアルコールの方が上だ。しかし、みな違法薬物には厳しい。要するにいかにこれまでの人生で身近だったかで判断している。よそ者に対する漠然とした恐怖心から様々な汚名をつくっているように思う。

■薬物依存者を孤立させない対策を

だから薬物依存者を刑務所などに閉じ込めるのではなく、地域で地元住民の中で回復の姿を見せることが必要だ。だが、特に「薬物乱用防止教育」は薬物への恐怖心をあおり、薬物依存症という障害を抱えた人との社会内共生、包摂的な社会の実現を阻んでいると思う。

国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存症センター長=丹内敦子撮影

欧州では司法的対応よりも治療的対応の方が、再犯率や就労、犯罪率、HIV感染などで優位と証明されている。日本も同じだと思う。

現在の日本で大麻の合法化を議論することは現実的ではないし、私自身も賛成しない。ただ、よく言われることは、米国人と日本人で大麻使用者を比べた場合、どちらが精神的な健康度が低いかと言うと、明らかに日本人だ。薬物使用経験者の割合が低い国で薬物に手を出す人には、生きづらさやトラウマ、別のメンタルヘルスの問題を抱える人の割合が多い。だからこそ、濃厚な支援が必要なのに、日本では刑罰によって社会から排除され、孤立を余儀なくされてしまう。

私は世の中から薬物がなくなることよりも、孤立する薬物乱用者が減ること、すなわち、薬物の問題を抱えてひとりで悩み苦しむ人が減る方が大切だと思う。あまりに規制を強化して、薬物について相談できない社会になってしまうのが一番怖い。