■「麻薬捜査なら殺人に問わない」公言
「そこで1人死んだんだ」。男性(49)は道路を指して、4年前の殺人事件を振り返った。フィリピン中部レイテ島の町アルブエラ。「麻薬王」カーウィン・エスピノサが武装した密売人らの集団をつくり、町を支配してきた。
カーウィンが経営するホテルの前で、スクールバスの運転手がカーウィンの車を追い越したとして停車させられ、乗車中の学生らの目の前で射殺された。
2016年の町長選にはカーウィンの父ローランドが出馬。カーウィンの取り巻きの男たちが銃を手に、票集めに町を歩きまわった。「町長が麻薬密売に関与していることは誰もが知っていたが、怖くて動けなかった」。町長に当選した父ローランドのもとで副町長を務めていた、現町長のローサ・メネセス(66)はそう話す。
そんな折、16年6月に大統領に就任したのが、麻薬犯罪撲滅を掲げたドゥテルテだ。
「24時間以内に投降しろ、さもないと射殺する」。就任2カ月後、ドゥテルテは広報官を通じてエスピノサ父子を名指しして呼びかけた。警察に投降した町長のローランドは同年11月、刑務所内で警官に射殺された。カーウィンは国外に逃亡していたところを逮捕され、裁判が続く。誰も手が出せなかった麻薬王が「退治」されたのだ。
フィリピン危険薬物委員会の15年の調査では、10~69歳の推計麻薬使用者数は180万人。人口の1.7%ほどにあたる。「シャブ」と呼ばれる覚醒剤が広がり、問題になっていた。
「この国には麻薬中毒者が300万人いる」。ドゥテルテは大統領選のさなかから、別のデータを使って問題の深刻さを主張。当選すると、国内すべての町に麻薬の使用が疑われる住人のリストを提供させ、その家々を警官がじかに訪ねる捜査に着手。「麻薬捜査中に警官が人を殺しても罪に問わない」と公言した。政府発表によると、今年9月末までに取り締まり中に殺された市民は4948人。実際は2万人以上が殺されたと主張する人もいる。
当局が暴力を麻薬犯罪一掃の手段とする「麻薬戦争」は、新興国で特に深刻だ。タクシン政権下のタイでは03年、10カ月で約2600人が殺された。米メディアによると、麻薬問題が深刻なメキシコでは06年以降、15万人が犯罪組織との関連で殺されている。
■強権的なやり方にも支持
フィリピンでは、ドゥテルテ政権の強権的な麻薬犯罪対策を支持する人が相当数いる。中毒者の家族だけでは抱えきれない問題だからだ。マニラ首都圏で密売人が警察に射殺された後、近所に住む女性(35)は言った。「ドゥテルテの麻薬対策に賛成だ。麻薬売人がいなくなり、ずっと安全になった」
フィリピン政府は、今年9月までに覚醒剤1480キロを押収し、使用者のたまり場242カ所を解体、政府職員ら582人を逮捕したと主張する。
一方で、カーウィンのような「超大物」が麻薬捜査の獲物になる例はごく一部で、日々殺害が報じられる人々の多くは貧困層といわれる。麻薬との関わりがはっきりしない人や子どもが、身元不明の犯人に殺される例も相次いだ。
ドゥテルテが麻薬対策に注力し始めたのは80年代から計20年以上務めたダバオ市長時代だ。自ら町をパトロールし、「タタイ(お父さん)」と呼ばれた。強権的なダバオ式政治を全国に広げ、強い大統領としての人気を確実にする手段の一つが麻薬戦争だったとみる人もいる。
今年9月の民間調査では、ドゥテルテをとても信頼すると答えたのは74%。就任当初からわずかに下がったものの、高い水準を保っている。