ハームリダクションの主な施策は、ヘロインと同じような効果があり、効き目が長い鎮痛剤メタドンを投与する「メタドン維持療法」や、安全な注射器の配布・交換、注射室などユーザースペースの設置、医療・福祉相談などがあり、国ごとに採用している内容は違う。
それぞれの施策には歴史がある。ヘロイン依存者にヘロインを処方する治療は1920年代の英国に遡る。メタドン維持療法は60年代に欧州に導入された。注射器・針の交換は公式には84年、オランダの薬物使用者らの組織内でB型肝炎対策として始まったとされる。
欧州に大きく浸透するきっかけは、80年代に急速に広がったエイズウイルス(HIV)感染だった。欧州で広く流布するヘロインを使い回しの注射器で摂取したことが、主な原因と考えられた。このためハームリダクションは公衆衛生と強く結び付いて各国に受け入れられた。
欧州薬物・薬物依存監視センター(EMCDDA)でハームリダクションを担当するダグマー・ヘドリッヒは、ハームリダクションの最終的な目標についてこう言う。「薬物使用者が再び社会に戻ることは非常に重要。そのために最も大事なのことは、仕事を見つけて、再び自分でお金を稼ぐこと。使用者は仕事に戻って自分の生活を維持したいのです」
ヨーロッパ以外ではどうか。ヘドリッヒによると、ハームリダクションは「オーストラリアでは薬物政策として完全に主流になり、カナダでも広がりつつある」。
米国でも「時代の要請で主流になってきている」という。「白人中流層にも薬物使用が広がってきたことから偏見が減り、(オピオイド拮抗薬の一つで、過剰摂取による呼吸困難時に、呼吸を回復させられる)ナロキソンが配布されている。米国でも刑罰を減らすことを考え始めている」
人類が薬物を使い始めたのは約5000年前とも言われる。薬物のない世界を追い求めることは理想主義か。ハームリダクションは人類の薬物との向き合い方への一つの回答なのか。ヘドリッヒに問うと、個人的意見としたうえでこう語った。「薬物のない世界は、現実的にはない。と思う。違法薬物を使ったとしても、それでもみな人間なのです。私たちがハームリダクションを通して伝えたいのは、そういうメッセージなのだと思います」