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バニラ景気に沸くマダガスカルの明暗

ニューヨークタイムズ 世界の話題
バニラの品定めをするトレーダー=2018年5月23日、Finbarr O’Reilly/©2018 The New York Times
バニラの品定めをするトレーダー=2018年5月23日、Finbarr O’Reilly/©2018 The New York Times

月の光が大きなバナナの葉に反射して明るいが、下草に仕掛けた罠(わな)は見えにくい。油断して罠にかかれば、転倒するだろう。
「ここの道を通って、ドロボーが来るんだ」。バニラ栽培農家の男性が声を潜め、懐中電灯の明かりを溝に沿ってさっと走らせた。

栽培農家

マダガスカル島の火山のふもとの丘で、バニラを栽培するニノ・オクラン(33)は毎晩、自分の畑をパトロールしている。裸足だ。肩には手動式のライフル銃。何者かの転倒する音が聞こえると、また他にも誰かが作物を盗もうとしているのだとわかる。熟したバニラ豆(種子さや)は高い値で売れるからだ。

最も高価な香料の一つがバニラ。世界のバニラの約80%がマダガスカル東北部の緑豊かな山々で生産される。その取引価格が急騰している。2013年時点で1キロ当たり50ドルだったが、昨年は600ドル超にまで跳ね上がった。銀の価格より高い。

価格高騰の背景には、欧米でのバニラ需要の伸びがある。バニラは、アイスクリームからアルコール飲料、化粧品などまで幅広く様々な製品に使われている。アフリカ大陸東南部沖のマダガスカル島は昨年、サイクロンに襲われて作物が大打撃を受け、バニラの供給量が激減した(これも価格を押し上げた一因である)。

バニラ栽培に最適の気候と土壌が広がるマダガスカル東北部のサバ地方は、今まさにバニラ景気に沸いている。昔ながらの草ぶきの家々を見下ろすようにそびえ立つ「バニラ御殿」。一番粗末な家でも太陽光パネルを備え、かつて暗かった夜はLEDライトで明るくなった。道路沿いに騒々しいマーケットが連なるバニラの都、サンババ。そのデコボコ道を、キラキラ輝くスポーツ・ユーティリティービークル(SUV)が行き交う。

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バニラ景気にわくマダガスカルのサバ地方の村=Finbarr O’Reilly/©2018 The New York Times

しかし、この「にわか景気」は負の側面も呼び込んだ。すさまじい貧困と腐敗した脆弱(ぜいじゃく)な国家機構。そうしたなかでのバニラ価格の高騰である。バニラは暴力的な犯罪ネットワークの格好の標的になっているのだ。

バニラの栽培は骨の折れる仕事で、ほとんどがオクランのような小規模農家が担っている。苗を植えてから実がつくまでに3年から4年かかる。花が咲くのは年に1度だけ、それも24時間しか開いていないから、その間にすばやく授粉させなければならない。

最初にバニラを利用したのはアステカ人(訳注=今日のメキシコ中央部で14紀から16世紀にかけ文明を築いた民族)とされ、現地のオオハリナシミツバチが授粉の役を担ったが、マダガスカルにはその種の昆虫がいない。だから、ざっと計4千万本のバニラを栽培しているマダガスカルでは毎シーズン、農民たちがツマヨウジほどの長さの木針を使って一つひとつ手作業で人工的に授粉させる。

受粉後、花は2カ月以内に実を結び、緑の豆になる。バニラの香りは、何千個ものごく小さい黒色の種子と油膜にくるまれている。豆をもぎとるとすぐに発酵し始めるから、すばやく買い手を見つけなくてはならない。

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熟したバニラの実。実の中央にはオーナーのイニシャルが小さく刻印されている=2018年5月19日、Finbarr O’Reilly/©2018 The New York Times

だが、オクランにとって問題なのは、農作業のきつさではない。「問題は、自分の身の安全だ」と彼は言う。バニラドロボーたちが栽培農家を襲い、農民が殺されている。

オクランは、3千本を栽培するバニラ畑をパトロールしているだけではない。夏の収穫期までの4カ月間、警備員を3人雇う。警備員の男たちは先端に2本の刃がついた魚とり用のモリやこん棒で武装しているし、そのうえオクランの肩にはライフル銃がある。

一般の人たちの警察や司法機関に対する信頼度は低く、盗みの疑いで捕まえた者へのリンチも横行している。

今年4月には、摘みたてのバニラ豆を14キロ盗んだ男が地元の自警団に捕まった。住民たちの話によると、この男は倒れ込むまで棒で殴られ、山刀で切り刻まれて死亡した。これは、ここ2シーズンの間に起きた数十件もの「バニラ殺人事件」の一例だ。

もちろん、逮捕されることもある。サバ地方の主要港の一つ、アンタラハの刑務所の所長ボロザーラ・サキナ・モハマディは、今年のある時点で「33人の受刑者を収容していた」と言っている。「いずれも、バニラ絡みの犯罪者だ」とモハマディ。

危険にさらされながらも、オクランはバニラを売ってちょっとしたカネを手にしている。スマートフォンを持ち、フェイスブックも利用するようになった。家はひと部屋しかないが、太陽光発電を使ってテレビで衛星放送も見られる。

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バニラ農園を警備するため、魚とり用のモリやこん棒、ナタで武装する男たち=2018年5月18日、Finbarr O’Reilly/©2018 The New York Times

仲介業者

サンババのマンゴーの木陰で、パスカル・ラサフィンダコト(44)は何十人もの同業者と人待ちをしている。バニラ豆の束を小さなポリ袋に詰めて農村部からやってくる末端の売り手を待っているのだ。ラサフィンダコトは、ここでは「コミッショネア」、つまり仲介業者と呼ばれている。

香り、手触り、豆のサイズ(大きい方がいい)などをもとに価格を交渉する。

ラサフィンダコトは、時にはボロ車に乗って農村部まで買い付けに行くこともある。そうした折には、帰り道、警察官に止められて「通行料」を要求されるかもしれない。

「官憲とトラブルになったことはない」と彼は笑う。「ヤツラとはうまくやっている。何がしかを渡しているので、みんなトモダチなんだ」

バニラは収穫後、傷むのが早いため、価格交渉での栽培農家側の立場は弱い。農家から買い取り、香料にするための発酵・乾燥工場に売り渡すラサフィンダコトのような仲介業者の方が実入りは多い。

「私たちは、ずっと前から貧しかった」とドミニク・ラコトソン(55)は言う。バニラ栽培農家100戸を代表するベテランの農民だ。「バニラの値が上がったといっても、ほとんどの農家は今も貧しいままだ。実がなったらすぐ売ってしまうか、売るのが早すぎるからだ」。そう彼は言い添えた。

仲介業者たちが栽培農家をだましているといった話がある。良質な豆と悪い豆を混ぜてしまい、全体の質を落としているという非難もある。

「あやしげなビジネスがあるところには仲介業者たちがいるんだ」とラコトソン。

だが、仲介業者のラサフィンダコトはそうした話には耳をかさない。今や、彼の家には薄型の液晶テレビがあるし、浜辺でのバーベキューにちょくちょく友だちを誘ったりもしている。

バニラの売買は難しい仕事だから、オイシイ思いができる時には楽しまなくちゃ、と彼は言っている。

輸出業者

ミシェル・ルモンは、アンタラハにある自社の倉庫で、エプロン姿の女性たちがバニラを発酵させ、えり分け、乾燥させて箱詰めにする作業を監督している。香味料や芳香製品をつくる多国籍企業に向けて輸出するのだ。

地元の基準で言えば、富裕層に属するルモンの最大の関心事は、先のオクランと同じくドロボーの問題である。

「ここでは、品物であれ人であれ、安全は保証されていないんだ」とルモンは言う。「正義を守るシステムが腐っている。(罪を犯しても)放免されてしまう。ラテンアメリカのコカインみたいだ。小物を捕まえても、ボスには手を出さない」

ここ数年間で、彼の倉庫からは何百キロものバニラが盗まれたという。従業員たちは仕事を終えて職場を出る時、全員がボディーチェックを受ける。

「バニラ豆は小さくて高価だし、隠すのは簡単だ」とルモン。「ちょうど南アフリカのダイヤモンドみたいに」

今年のバニラの供給は悪天候の影響をあまり受けなかった。値はやや下がるかもしれないが、史上まれにみる高価格の維持が見込まれている。

ルモンが心配しているのは、バニラ景気が地元文化に及ぼす影響だ。地元の人たちは手っ取り早くカネになることなら何でもやるようになってしまったと言うのだ。

「いまマダガスカルが抱える問題は、食べていくのにもこと欠くといった類の貧困ではなく、社会的な貧困の問題だ」とルモン。「いかに素早くカネを手に入れるかを競い合っているのだ。いいことではない。そんなことをいつまでも続けていいわけがない」(抄訳)

(Finbarr O’Reilly)©2018 The New York Times

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