9月上旬、米ニューヨークに住むITエンジニアのアンマルさん(23)が、スーパーのお菓子が並ぶ棚の前で、「Boycat」というアプリを使ってみせた。クラッカーの箱のバーコードにスマホをかざして読み取ると、赤い画面に「Oh no!」の文字が表示された。ボイコット対象の商品という意味で、対象ではない類似品も紹介される。
別のクラッカーを試すと、対象ではないことを示す青い画面になった。
「毎日の消費を意識することで、戦争に反対する動きに貢献することができるんじゃないか」
そんな思いからこのアプリを使い始めたというアンマルさん。祖国エチオピアの人権問題に声を上げてきたムスリムの両親のもと、米南部で生まれ育った。「昨年10月以降、パレスチナの人道問題が、人々の関心の真ん中に戻ってきた。日々の消費を含めた自分の行動を強く意識するようになった」と話す。
このアプリをつくったのは、カリフォルニア州のITエンジニア、アディル・アブタラさん(26)だ。パレスチナで何万人もの市民がイスラエル軍の攻撃で殺害される状況に、イエメンとスリランカにルーツを持つムスリムの米市民として何かできることはないかと思い、開発したという。「いっときのトレンドではなく、倫理的な買い物がしたいと考える人の継続的な手助けになるものをつくりたかった」
今年1月に公開し、ダウンロード数は約100万にのぼった。18~28歳の利用者が70%を占め、約4割が米国、3割が欧州からのアクセスだという。企業の公開情報などをもとにボイコット対象かどうかの判断を行い、誰でも確認や意見することができるように出典も掲載している。
アプリが判断の参考にしているのが、イスラエルの占領政策に抗議する形で、イスラエル製品・サービスの「Boycott(ボイコット)」「Divestment(投資撤退)」「Sanction(経済制裁)」を呼びかける「BDS運動」のボイコットリストだ。
2005年7月にパレスチナの市民団体や労働組合などの呼びかけで始まった運動で、南アフリカのアパルトヘイト政策に対して国際社会がボイコットなどを通じて圧力をかけたように、イスラエルの占領政策に対する国際的な連帯を求めている。背景にはこの前年の2004年、国際司法裁判所が、イスラエルがパレスチナ側に食い込む形で建設を進める分離壁について国際法違反だとする勧告的意見を出したものの、壁の建設が続き、国際法違反が放置されている状況があった。
イスラエルが入植・占領政策をやめ、分離壁を解体することや、イスラエル国内のパレスチナ系市民を平等に扱うこと、国連総会決議で定められたパレスチナ難民の帰還の権利を守ることを訴えている。運動を「効果的かつ戦略的に行うため」として、占領政策への加担の度合いなどをもとに対象のリストを公開している。
リストを参考にしているというニューヨーク市職員のサチ・クーパーさん(24)は、ユダヤ系アメリカ人の父と、日本出身の母のもと、米東部で生まれ育った。「これまでもグリーン(環境保護)やエシカル(倫理的)といった商品を買うように心がけてきたが、昨年10月以降はパレスチナ紛争に対しても行動するべきだと思った」と話す。
父方の親族は第2次世界大戦前にアメリカに渡っており、中東問題は遠い世界のできごとだったが、カリフォルニアの大学で学んでいた1年生の夏にイスラエルを訪れ、考えが変わった。世界中のユダヤ系の若者をイスラエル旅行に招待する「バースライト(生まれながらの権利)」と呼ばれるプログラムに友人と参加したことがきっかけだった。
初めて訪れたイスラエルで抱いたのは、「何かおかしい」という感覚だったという。「元々住んでいたパレスチナ人が土地を追われ、差別的な扱いを受けている一方で、ユダヤ系というだけでイスラエルに何のゆかりもない自分は歓迎されて特別な待遇を受け、望めば市民権を得ることまでできる」
大学で中東問題について学び、意識はしてきたが、いまはボイコットリストを確認し、行動に移すようになった。イスラエル寄りとされる大手ハンバーガーチェンやコーヒーチェーンには全く行かなくなったという。
歴史的に親イスラエルの立場をとってきた米国だが、若い世代の意識に変化が起きているとされる。
新年度が始まったばかりのニューヨーク大の周辺では、プラカードや横断幕を手にした学生らが「大学はジェノサイドへの加担をやめろ」「投資撤退を」と訴えていた。インスタグラムやXで告知されたこの日のデモには、ニューヨーク大や市立大、服飾系の専門学校など周辺の学生ら約200人が集まった。中には、黒い帽子にロングコート、長い巻き髪とひげが特徴的なユダヤ教超正統派の姿もあった。
デモに参加していた男子大学生(21)は、「米国人としてできることの一つがボイコットだ。自分はユダヤ系だが、僕たちの世代はこの問題について親世代とは違った見方をしている」と訴えた。
一方、BDSをめぐっては、影響を受けるのは現地の被雇用者で、大企業への経済的な影響はほとんどないとする見方や、米国の複数の州で可決された反BDS法やドイツ連邦議会の反BDS決議など、「反ユダヤ主義」という批判もある。
親イスラエルのユダヤ系学生団体のメンバーで、大学院で国際関係を学ぶイェフダ・ジアンさん(24)は、「対話の相手を遮断するボイコットのようなネガティブキャンペーンは、私たちのスタイルじゃない。パレスチナ人の苦境は理解しているし、個人的には二国家解決を信じているけど、ボイコット活動は反ユダヤ主義と切り離すことができず、完全に間違ったアプローチだと思う」と主張する。
昨年10月以降、全米の多くの大学で反ユダヤ主義が拡大していると訴え、「双方ともに感情的な声ばかり大きくなっていて、残念なことに双方の対話がなされていない」と指摘した。
ガザでの紛争激化を受け、この春には、全米の大学で学生らによる構内占拠など抗議活動が広がった。一部の大学で警察が突入する事態になり、米メディアによると1千人以上が逮捕された。警備や対策が強化され、ニューヨーク市内にあるコロンビア大は関係者以外立ち入れないよう大学の門を閉め、ニューヨーク大でも建物周辺に壁がつくられていた。
どちらの活動にも参加していない若者はどう考えているのか。大学近くの芝生で談笑していたニューヨーク大4年のマックス・コモラさん(22)と中学校教員のマックス・イーストウッドさん(21)は、「学生が声をあげる権利は重要で、守られるべきだ」と話し、「自分の払ったお金が戦争に使われたくないという気持ちはわかるけど、問題は消費だけじゃないと思う」と続けた。
「例えば米国はイスラエルに多額の軍事支援をしていて、私たちの税金が使われている。巨大なグローバル企業へのボイコットは、(1950年代に黒人差別に抗議した)バス・ボイコットと比べて与える影響はずっと小さいと思う。話し合うことの方が大切なんじゃないかな」