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アメリカの大学で広がるパレスチナ支援デモ 学生たちが訴える「DIVEST」とは?

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コロンビア大学の芝生で行われたパレスチナ支援の座り込みを支援する人々。大学当局は4月29日午後2時の期限までに退去しなければ停学処分にすると迫った
コロンビア大学の芝生で行われたパレスチナ支援の座り込みを支援する人々。大学当局は4月29日午後2時の期限までに退去しなければ停学処分にすると迫った=2024年4月29日、ニューヨーク、ロイター

全米の数多くの大学で学生たちがパレスチナ支援のデモを行っている。ニューヨークにある名門コロンビア大学から始まった運動はすぐさま他州はもとより日本を含む他国の大学にも飛び火した。

当初からの運動スローガン「即時停戦」に、「DIVEST」(イスラエルへの投資をやめろ)が加わり、かつ政治家と大学当局による運動の阻止に対して「表現の自由」も主張している。アメリカの知を育む名門大学の学生たちは、パレスチナ人の命を救うために自らの思想を貫き、大学の行き過ぎた資本主義の是正を求めている。

コロンビア大学の中庭の芝生で行われたパレスチナ支援のためのテントでの座り込み運動
コロンビア大学の中庭の芝生で行われたパレスチナ支援のためのテントでの座り込み運動=2024年4月26日、ニューヨーク、ロイター

アメリカの北東部にある名門私立大学8校で構成されるアイビーリーグの一つ、コロンビア大学では、4月17日にパレスチナ支援の学生たちが本キャンパスの中庭にテントを張っての座り込み(encampment)を開始した。同日、首都ワシントンD.C.では同校学長、ネマット・シャフィク氏へのアメリカ議会公聴会が行われていた。

今回のコロンビア大学長に先立ち、昨年12月にやはりアイビーリーグの2校であるペンシルベニア大学、ハーバード大学に加え、マサチューセッツ工科大学(MIT)の学長が、アメリカ政府のイスラエル支持に反対する学生運動についての議会公聴会に召喚された。その際、共和党の議員たちは学長の答弁が反ユダヤ的であると厳しく糾弾し、後日、ペンシルベニア大とハーバード大の学長が辞任を余儀なくされた。

コロンビア大の学長も共和党議員に激しく追及されながらも、「反ユダヤ」のそしりを免れるための証言を行った。その証言内容を、学生たちと学生運動に賛同する教授たちは「言論の自由を保障しなかった」と批判。シャフィク学長はイスラエル支持派とパレスチナ支持派の双方から辞任要求の声を浴びたが、5月半ば現在も在任している。

なお、5月初頭にはコーネル大学の学長も学内の抗議運動に関して辞任しており、現時点でアイビーリーグ8校のうち、実に3校の学長が辞任する事態となっている。

キャンパスでの座り込みで示す連帯

公聴会の翌日4月18日、シャフィク学長はニューヨーク市警に警官の派遣を要請。ニューヨーク市長の認可のもと、100人以上の学生が逮捕された。その中には元ソマリア難民であり、イスラム教徒であることからヘッドスカーフをかぶって登院するイルハン・オマー下院議員の娘も含まれていた。その後も夜通しの座り込みは続き、授業はリモートに切り替えられた。

コロンビア大学と同じくマンハッタンにある私立のニューヨーク大学(NYU)でもデモが始まり、学生を逮捕から守るために多数の教職員が手をつないで「人間の鎖」を作る事態となった。これと前後し、他州にて複数の大学での座り込み、デモ参加学生の停学処分、卒業生代表に選ばれていたイスラム教徒の学生による答辞キャンセルなどが続いた。

4月30日、コロンビア大学の建物の一つをパレスチナ支援派が占拠するも、ニューヨーク市警が大人数の暴動対策警官隊を出動させ、窓から乗り込んで支援派を逮捕。

5月2日、カリフォルニア大学(UCLA)でパレスチナ支援派と、それに対峙するカウンター・グループによる激しい乱闘が起き、負傷者も出た。後日、カウンターには高校生も含まれていたことが判明するも、カウンター組織の実態はいまだ分かっていない。

5月5日、ニューヨーク市警がコロンビア大学中庭のテントを強制撤去。これにより同大での座り込みは終わる。

5月6日、座り込みはなくなったものの、コロンビア大学を起点に、公立のハンター大学を経由してタイムズスクエアまで行進する大規模なデモが行われる。前日にイスラエルがガザ地区の南端ラファを爆撃したことを受け、デモ参加者の怒りは増幅していた。

この後も公立のニューヨーク市立大学(CUNY)では抗議活動が続き、5月14日には学生たちが同校の図書館に、イスラエル軍に爆撃、破壊されたガザの公立大学「アル・アクサ大学図書館」の横断幕を掲げた。

ニューヨーク市立大学(CUNY)構内で抗議活動をする大学院生たち
ニューヨーク市立大学(CUNY)構内で抗議活動をする大学院生たち=2024年5月14日、ニューヨーク、ロイター

葛藤するユダヤ系の学生

ニューヨーク市はユダヤ系の人口が非常に多い都市だ。ユダヤ系の人口は全米では全人口の2.4%(760万人)に過ぎないが、うち160万人がニューヨーク市に集中している。イスラエル最大の都市、エルサレムの人口55万人をはるかにしのぐ数となっている。

コロンビア大学の学生は、もちろんニューヨーク出身者だけでなく全米各州から集まっており、世界各国からの留学生も多い。それでも同校のユダヤ系学生は約5000人を数えている。同様に教職員にも多い。イスラエルによるガザ地区爆撃が始まった当初、世論は一気にイスラエル批判に傾き、身の安全を憂えるユダヤ系の学生も多かった。

とは言え、ユダヤ系学生と教職員の思想は一枚岩ではなく、即時停戦を訴えるユダヤ系学生のグループもあれば、祖国イスラエル支持を唱えるシオニストの学生もいる。双方、思想の違いはあれど、当事者であることから事態への取り組みが真剣、深刻であることに違いはない。また、ニューヨークにはパレスチナ系を含む中東系やイスラム教徒の人口も多く、コロンビア大にもイスラム教徒の学生グループがあり、パレスチナ支援派のユダヤ系グループとも共闘している。

巨額資金を持つ大学に学生が求める「投資撤退」

学生によるパレスチナ支援およびイスラエルとイスラエルを支援するアメリカ政府への抗議運動のスローガンは、当初の「即時停戦」(Cease Fire Now!)から「DIVEST」にシフトした。divestは「株などを売却する、処分する」を意味し、つまり大学にイスラエル関連企業への投資、戦争への投資から撤退せよと訴えているのだ。

コロンビア大学を含むアメリカの名門私立大学は巨額の資金の上に成り立っている。

分けてもコロンビア大は"裕福"とされ、同校の総資産は187億ドル(2023年度、約2兆9000億円)。五つの大学と17の院を含み、学部生と院生を合わせた学生の総数は3万7000人。学部生の授業料は年6万8400ドル(約1000万円)。

100万ドル(約1億5600万円)以上の大口寄付者が2014~2021年の7年間に115人/団体。そのほとんどが社会的、経済的に大きな成功を収めた卒業生だ(現在の学生/教職員のパレスチナ支援運動に反発し、今後の寄付を差し止めるとする寄付者が出始めている)。

また、同校は多数の不動産を所有しており、その資産価値は40億ドル(約6200億円)近い。

大学は収入を投資することにより、さらに大きな収益を得ている。学生たちは大学当局に向かって、武器製造企業やイスラエルに投資している企業への投資を差し止めるよう要求している。それが「DIVEST」だ。自身が在籍する大学が間接的にイスラエルのパレスチナ人虐殺に加担することを止めようとしているのだ。

デモ参加のリスクと「コスパ」めぐる議論

日本ではタレントで元乃木坂46の山崎怜奈さんが出演した情報番組で「せっかく入った難関大学を退学処分になるかもしれないという可能性もはらんでいる中で、デモの有効性ってどこまであるんだろう」「若者たちが起こしているデモがアメリカの政府とはいかなくても、国を動かすっていうことがどのくらい可能なのか」と発言し、物議を醸した。

この発言はSNSを通して在米邦人の間にも広まり、様々な意見を引き出した。

「こういう答えがわからない問題に正面から取り組むのが本当のリーダーシップ」

「学歴や、いい就職が気になる人はデモに参加しない」

「大学生の息子に(デモ参加を)やめろとは言わないけれど、やれとも言えないでいる親の自分」

「エリート学生は特権階級にいる、だからこそそれを利用して、それができない人の分をやる」

カリフォルニア大学(UCLA)構内で深夜、警官に強制排除されるパレスチナ支援の座り込み参加者
カリフォルニア大学(UCLA)構内で深夜、警官に強制排除されるパレスチナ支援の座り込み参加者=2024年5月2日、カリフォルニア州、ロイター

アメリカの名門大学と卒業生が持つ特権はとてつもなく大きく、その特権を支える資金の莫大さも日本とはケタが違う。

卒業生である親が、多額の寄付を行うことによって子を入学させる「レガシー枠」がある。そうした学生たちは学問を究めて個人的な成功を得るだけでない。エリートとしての自身の役割を考え、同時にアメリカと世界の複雑なつながりを模索し、自身と、自身が属する大学、そしてアメリカが世界にどう影響を与え、貢献し、変化をもたらせるかを考えている。

その一方、アメリカには低所得家庭や親が高等教育を受けていない家庭も多く、進学にはこれが大きなハンデとなる。それを努力でくぐり抜け、親族で初めて大学に進む若者を表す「ファースト・ジェネレーション」という言葉があるほどだ。

奨学金や学生ローンをやりくりしてアイビーリーグに進んだファースト・ジェネレーションは何があっても4年で卒業し、就職しなければならず、デモに参加して停学や退学のリスクを冒すわけにはいかない。そもそも授業時間以外は働いている学生なら、デモ参加は困難だ。

アメリカの学生たちはエリートもファースト・ジェネレーションもお互いの立場を理解し、学生運動に参加も不参加も本人の意思と決断によるとみなしている。

卒業式でも「ガザ停戦」求めて行動

アメリカの大学は5、6月が卒業式のシーズンであり、各大学での座り込みと警察の介入が始まった4月の時点で「卒業式は可能なのか?」の不安が大学当局、学生とその親の間に広がった。今年の学部卒業生は2020年に行われるはずだった高校の卒業式をコロナ禍によって中止された学年であり、その意味でも卒業式への渇望があったのだ。

5月半ば現在、全米の大学で順次、卒業式が行われているが、卒業証書を受け取るためにステージに上がる際、パレスチナ支援のシンボルとなった「クフィーヤ」と呼ばれるスカーフをまとったり、パレスチナ旗を翻したり、ガザの犠牲者を表す、血を模した赤い絵の具を手のひらに塗ってステージに上がる学生が続出している。

名門イエール大学の卒業式で、血に見立てた赤い手袋などでパレスチナ支援を訴える卒業生
名門イエール大学の卒業式で、血に見立てた赤い手袋などでパレスチナ支援を訴える卒業生=2024年5月20日、コネチカット州、ロイター

卒業式の慣例として各大学は著名人を招き、社会を担っていく卒業生への演説を依頼するが、その人選ももめている。デューク大学(ノース・カロライナ州)では、日本でもドラマ「となりのサインフェルド」で人気を博した俳優/コメディアンのジェリー・サインフェルドが登壇したところ、約100人の学生が式場からウォークアウトした。ユダヤ系のサインフェルドは昨年10月7日のハマスによるイスラエル襲撃の後に現地に飛んで犠牲者の遺族と会っており、強固なイスラエル支持者であると表明していることが理由だ。

バーモント大学(バーモント州)、イグザビア大学(ルイジアナ州)は共に予定されていたリンダ・トーマスグリーンフィールド国連大使の演説をキャンセルした。国連での「ガザ即時停戦」「パレスチナの国連正式加盟」決議案で拒否権を行使した当人であり、卒業式での抗議運動が懸念されたため。

5月18日、バイデン大統領は予定通り、モアハウス大学(ジョージア州)の卒業式にてスピーチを行った。事前に学生の中から抗議の声が出たこともあり、大学側、学生、ホワイトハウスによる話し合いが行われたが、大統領の演説は決行された。

同校は数ある歴史的黒人大学(HBCU)の中でエリート校とされ、かつ唯一の男子校で、キング牧師の母校としても知られる。バイデン大統領は2020年に警官によって殺害され、大規模なBLM運動を引き起こした黒人男性ジョージ・フロイド氏の名を上げ、デモクラシーを訴えた。バイデン大統領は前回の大統領選時に比べて黒人有権者、特に男性の支持を大きく減らしており、それを考慮して同校をスピーチの場に選んだと思われる。しかし、同校の卒業生総代はバイデン大統領を背後に控えての演説で「ガザでの即時かつ恒久の停戦」を訴えた。

​モアハウス大学の総代スピーチ

コロンビア大近くで「人々の卒業式」

毎年、コロンビア大学の卒業式は大学・大学院のすべての卒業生、約1万5000人が本キャンパスの中庭に集い、盛大に行われる。しかし今年は抗議運動の混乱を避けるために中止し、個別の小規模な卒業式のみを、本キャンパスから離れた場所にある同校のスポーツ施設で日時を分けて行うこととした。

どの式もほぼ滞りなく執り行われたが、ある学生は、デモ参加者が逮捕される時に使われたジップタイで自らの両手首を結わえ、壇上で受け取った卒業証書を破り捨てた。ある院では、総代がスピーチでガザの惨状を語っている瞬間にマイクの音声が乱れた。大学側は意図的ではなく、機器の不調と説明した。

4年制コロンビア大学(Columbia College)の卒業式は、同校出身のCNNジャーナリスト、ポピー・ハーロウ氏がキーノート・スピーカーとして招かれたが、卒業生総代は式のわずか3日前に発表され、総代スピーチは行われなかった。総代に選ばれたキャシー・ファンさんはコロンビア大カラーの淡いブルーのガウンの上からクフィーヤをまとい、赤い文字で「DIVEST」と書かれた布を持って壇上に上がった。

本キャンパスでの総合卒業式が行われる予定だった5月15日の翌日、同校の近くにある荘厳なゴシック建築の教会にて「人々の卒業式」が行われた。

コロンビア大の教職員が企画し、学生など約550人が参加した。式次第にはクフィーヤの独特の模様が印刷され、学生たちは卒業式の青いガウンをまとった。パレスチナ支援運動家によるスピーチや詩の朗読があり、ガザ駐留ジャーナリストからのビデオ・メッセージも上映されたという。

この式典に参加したある教授は、SNSに以下の投稿を行っている。

「『人々の卒業式』は、私がコロンビア大学の教員として携わったイベントの中で最も美しいものでした。涙が止まりませんでした。このような時にすべての仕事が報われるのです」

「人々の卒業式」を伝えるX投稿