互いにののしり合う二つのグループ
1月27日はドイツにとって特別な意味を持つ。79年前、旧ソ連軍によってアウシュビッツ強制収容所が解放され、「犠牲者追悼の日」と位置づけられた。
その日の午後、ベルリン中心部の観光名所、テレビ塔がある公園は、緊迫した空気に包まれていた。
「ガザをハマスから解放しろ」。ハマスの人質になっている人々の顔写真を掲げ、イスラエル国旗を身にまとった人たちが叫ぶ。
「パレスチナに自由を」。今度は10メートルほどの道を挟んで対峙(たいじ)する人たちから声が上がる。パレスチナの旗や「ジェノサイドを止めろ」といったプラカードを手にしている。
双方が衝突しないよう、警察官が周囲に立ち、警察車両が配置されている。二つの集団はやがて、同じ言葉を相手に投げつけ始めた。「恥を知れ!」
イスラエル側にいた50代のルネ・ギッセルさんは「ユダヤ人に対する嫌がらせが増えている。ドイツで反ユダヤ主義を繰り返してはいけない」と強調した。一方、パレスチナ側にいたファティさん(28)は「犠牲者はどっちが多いんだ? 政府はユダヤ人とパレスチナ人の命に差をつけている」と憤った。トルコ系移民の両親のもとドイツで生まれ育ったという。
昨年10月7日から続くイスラエルとハマスの戦闘で、ドイツに「分断が生じている」と、ハンブルク大学のユルゲン・ツィンメラー教授(58)は指摘する。
ショルツ首相はいち早く現地入りし、イスラエルのネタニヤフ首相と会談。イスラエルの安全はドイツの「国是」と表現した。一方、反ユダヤ主義をあおる危険があるとして、各地のパレスチナ支援デモは禁じられた。
ドイツでは、ナチスの犯罪と言えばホロコースト、最大の犠牲者はユダヤ人。そのユダヤ人の国、イスラエルとの連帯は「過去」から導かれる疑いようのない答えと見られてきた。
1980年代、ホロコーストの位置づけ巡る論争
1980年代には「アウシュビッツはナチスの独創ではなく、ソ連の強制収容所のコピーだ」とする、保守派歴史家が試みたホロコーストを他の虐殺と比較する「相対化」の主張をリベラル派が強く批判。「歴史家論争」が繰り広げられた結果、ホロコーストは唯一無二の犯罪と位置づけられた。
ドイツ植民地時代のアフリカでの犯罪を研究するツィンメラー教授は問いかける。「ナチスの犯罪とは何なのか。ロマや同性愛者、旧ソ連軍捕虜らも犠牲者で、これらもナチスの犯罪だ。そこから得られる教訓は? 普遍的なものも、特殊なものもある。どこにいても全ての人を守らなければならない、という教訓を引き出すこともできるのでは」
1980年代との違いは、ドイツ社会の多様化もある。移民を背景に持つ市民は2022年に過去最高の28.7%となった。ガザをめぐる問題に誰もが納得できる「答え」を見いだすのは容易ではない。
増える移民、滞る議論
状況を変えるのに一番必要なのは「オープンな議論だ」とツィンメラー教授は説く。「もし本当に法に違反したら罰せられなければならない。しかし、声を上げさせないのは間違いだ。私が恐れるのは、議論を封じられた人たちが過激化することだ。それに、移民排斥を狙う勢力はすぐこう言った。『反ユダヤ主義と闘うため、ハマスを支持するイスラム教徒は強制送還すべきだ』と。非常に危険だ」
ガザの民間人犠牲者が増えるにつれ、イスラエルに批判的な見方をする市民も増えてきた。政府も人道支援の必要性を強調するなど姿勢を変えつつあるが、「分断」の修復には時間がかかりそうだ。