イスラエルがパレスチナ自治区ガザへの激しい空爆を夜通し行った10月27日、ニューヨークのマンハッタンにある大型駅、グランドセントラル・ターミナルが黒いTシャツを着た数百人の人々で埋まった。
Tシャツには白抜きのシンプルなフォントで「今すぐ停戦しろとユダヤ人は訴えている Jews say cease-fire now」「我々の名のもとに(パレスチナ人を攻撃)するな Not in our name」と書かれている。
構内は参加者で埋め尽くされ、地下鉄と複数の中長距離列車の発着場である同駅は、一部の列車を運休せざるを得なかった。ニューヨークおよび周辺地区に暮らすユダヤ系アメリカ人たちによるパレスチナ支援行動だった。その強い思いを示すために約200人が警官に抵抗せず、甘んじて逮捕された。
アメリカには760万人のユダヤ系が暮らしており、これは全米人口のわずか2.4%に過ぎないが、イスラエル以外では世界各国の中で最多。その多くがニューヨーク州、カリフォルニア州を含む5州に集中しており、中でもアメリカ最大の都市ニューヨークでは市の人口の9%を占める160万人となっている。
一口にユダヤ系といっても宗教観、政治思想、ライフスタイルは様々だ。
服装まで含めて生活のほぼ全てをユダヤ教の戒律に基づいて行い、市内に固有のコミュニティーを持つ人々もいれば、熱心な信仰心を持ちながら、キリスト教に基づくアメリカの中央社会で活動する層もいる。
中には信仰を持たず、民族的な意味で「ユダヤ系」を自称する人もいる。政治的に保守派もいれば、ニューヨークに顕著なリベラル思想を持つ人もいる。ユダヤ教内の異なる宗派(改革派、保守派、超正統派など)によってイスラエルに対する考えも異なる。
ゆえに10月7日のハマスによるイスラエル襲撃と、その後に続いているイスラエル軍によるガザ攻撃に対し、ユダヤ系の中でも意見が大きく分かれている。
他方、パレスチナ系は全米で1万7000人とユダヤ系に比べると格段に少ないが、ニューヨーク市内には他のアラブ系との混在による全米最大のイスラム・コミュニティーがあり、彼らもやはりニューヨークの一員だ。
ニューヨークは多数のユダヤ系、パレスチナ系およびイスラム教徒を含み、かつどちらにも属さず、しかし世界、アメリカ、地元ニューヨークの在り方を見つめ、考え、意思表示を行う人々であふれている。それゆえの混乱状態にある今のニューヨークの様子を伝える。
アメリカの政財界を動かすユダヤ系住民
ニューヨーク市のユダヤ系アメリカ人は、ビジネスや文化面において重要な位置を占めている。
例えば、筆者はマンハッタン北部の黒人地区ハーレムに暮らすアジア系だが、家族の掛かり付けの医師、子供の担任の先生、筆者が永住権申請手続きを依頼をした弁護士、確定申告を頼む会計士......など、周りにユダヤ系の人は多く、中にはイスラエル生まれの人もいる。
あえてユダヤ系の人を選んでいるわけではなく、ニューヨークにはそれだけユダヤ系が多いということだ。オフィス勤務の人であれば、同僚や上司にもほぼ必ずいるだろう。
ユダヤ系の大卒率はアメリカ全体の平均をかなり上回っており、従って先に挙げた医師や弁護士だけでなく、政治、経済、アカデミック、報道、映画業界などに携わる裕福な人が多い。それでも歴史の流れからユダヤ系へのヘイトクライムは平時からある。その多くはたとえば自宅やユダヤ系の学校などにかぎ十字が落書きされる、服装で超正統派と分かる男性が道で殴られるといったものだ。
10月7日のハマス襲撃以降はユダヤ系、イスラム教徒へのヘイトクライムが共に増えている。
イリノイ州ではパレスチナ系の6歳の少年が借家の大家に刺殺されるという凄惨な事件が起き、フロリダ州では手に持った袋を爆弾と偽り、ユダヤ系の男性に手渡そうとした男が逮捕されている。また、ワシントンD.C.近郊で開催予定だった大手イスラム団体の年次総会が、会場となるホテルへの脅迫電話が相次いだことからホテル側によりキャンセルされている。
双方の人口が多いニューヨーク市内でも、地下鉄で女性が「お前はユダヤ人だから」と不意に殴られる、通学途中のイスラム教徒の女生徒が「テロリスト」と呼ばれてヒジャブ(イスラム教徒の女性が髪を覆う布)を引き剝がされるといった事件が起きている。
さらには黒装束の6人組がイスラエルの旗をかざした車でパレスチナ系のコミュニティーに乗り付け、歩道にいたイスラム教徒の少年に「ファッキン・パレスチナ人!ファッキン・イスラム!」と叫んで殴打、ユダヤ系の多い地区にある中学校の校庭で10代と思われる若者が9歳児に向かってナイフを振りかざし、「殺すぞ、ユダヤ人!」「ハイル、ヒトラー!」と叫ぶ事件も起きている。
なお、イリノイ州とフロリダ州の事件も含め、容疑者がユダヤ系でもイスラム教徒でもないと思われるものが含まれている。
政治家が怖れる「反ユダヤ主義」のレッテル
イスラエル軍の攻撃は日々苛烈さを増している。ガザ地区は子供が多い地区であり、犠牲となった子供の遺体(時には手脚の一部)や、それに取りすがって泣き叫ぶ親の映像が連日、SNSにポストされる。
その残酷さに加え、10月末現在のここ数日は、イスラエルがガザから全てのパレスチナ人を追い出そうとしているのではないかという臆測がSNSに現れ始めている。
この事態を止めるには、アメリカが、ジョー・バイデン大統領がイスラエル支援を断ち切るべきとの声も上がっている。
子供好きで情にもろいはずのバイデン大統領は、この事態を見てもなお、なぜイスラエルを支持し続けるのか。外交政策上のイスラエルの重要性に加えて、直近の理由は、来年の大統領選で再選を目指す今、イスラエル支持を覆すとユダヤ系の国民の票と多額の寄付金を失うからだ。
アメリカにはユダヤ系の企業が多い。経済を支える重要な存在だ。
以下は創設者、または現在もしくは過去のCEOなどがユダヤ系である企業のごく一部。
全米人口の2.4%に過ぎないグループがアメリカのビジネスと文化をこれほどまでに築き上げ、支え、動かしている。各企業と政界とのコネクションのあり方は様々なはずだが、政治家にとって失うわけにはいかない相手と言える。
イスラエル批判で社会的制裁も
イスラエルによる激しいガザ攻撃以降、イスラエルを批判した者と企業や大学との間でトラブルが続いている。一例を挙げてみる。
- スターバックス労働組合が「パレスチナ支援」を表明したところ、スターバックスが「顧客を怒らせ、同社の評判をおとしめた」として組合を提訴。組合も、同社が「組合がテロや暴力を支援しているとほのめかすことで、同組合の名誉を毀損」しているとして同社を提訴。
- ニューヨーク市内の大手病院勤務の医師が、ハマス襲撃について「シオニスト入植者、自業自得の憂き目に遭う」とツイートし、翌日に解雇。
- ニューヨーク大学法科大学院生がイスラエル非難のメッセージを発したため、一流法律事務所から内定を取り消され、同校の学生弁護士会の会長の座からも追放。
- 名門ハーバード大学の学生グループがイスラエル非難の声明を発したところ、富豪のヘッジファンド投資家が「彼らを雇用することがないように」学生の名前の公表を要求。
- アイビーリーグのハーバード大学、ペンシルベニア大学への有力な寄付者が、学内の反イスラエル/反ユダヤ言論に対する大学側の態度が甘いとして今後の寄付を取りやめると発表。
2024年大統領選に影響?
ユダヤ系人口の多い選挙区を持つ政治家にとっても、ユダヤ系有権者とのつながりは重要だ。
イスラエルとハマスの軍事衝突が始まった後、ニューヨーク州知事のキャシー・ホーコル(民主党、非ユダヤ系)、ユダヤ系の政治家として歴代最高位の上院院内総務となったニューヨーク州選出の下院議員/上院院内総務のチャック・シューマー(民主党系)が早々にイスラエルを訪れている。
ニューヨーク市長のエリック・アダムス(民主党、非ユダヤ系)も非常に政治的野心の強い人物で、今夏にイスラエルを訪れ、市長としては異例にもネタニヤフ首相に会っている。
イスラエルとアメリカを行き来するユダヤ系は多い。
アメリカの報道番組でイスラエルでの市民へのインタビューに「ニューヨーク生まれで、イスラエルに移住した」という人が時に登場する。逆の「イスラエル生まれで、アメリカに移住した」という人も少なからずいる。
二重国籍者も多く、先日、テイラー・スウィフトのボディーガードがイスラエル軍に志願するべく、イスラエルに飛んだことが話題となった。
政治家や企業経営者だけでなく、全てのアメリカ人にとってイスラエル・パレスチナの問題は非常に繊細な話題だ。
特にニューヨークでは、例えば地下鉄やカフェで気安く話題にすることはできない。
ガザの惨劇に心を痛め、バイデン政権の「イスラエルと共にある」という姿勢に業を煮やしている人たちがいる。
他方、祖国イスラエルの現状を憂え、現地にいる家族親戚を心配している人がいる。中にはハマス襲撃の犠牲者や人質となっている人々の家族もいるかもしれない。
アメリカとイスラエルの強固な二国間関係に賛同する人もいれば、激しく異を唱える人もいる。これは来年の大統領選に直結する。
バイデン政権のイスラエル・パレスチナ問題への対応が国民に受け入れられなければ、バイデン氏は再選できず、共和党の候補が勝つかもしれない。そして、それはイスラエルに対するアメリカの軍事支援を支持し「バイデンはアメリカで史上最悪の反ユダヤ主義の広がりを見て見ぬふりをしている」となどと批判を続けるドナルド・トランプである可能性がある。
10月28日。グランドセントラル・ターミナルでのユダヤ系アメリカ人による座り込みの翌日。マンハッタンとブルックリンをつなぐブルックリン橋を、数千人のニューヨーカーが行進し、宗教も人種も関係なく、連呼した。
「イスラエルは爆撃する。アメリカが支払う。今日、何人の子供を殺した?」
「パレスチナ人に自由を!」「ガザ、ガザ、泣かないで」
「パレスチナ人は決して死なない」
“Israel bombs, US pays, how many kids did you killed today?”
— Luigi W Morris (@LuigiWMorris) October 28, 2023
Thousands took over the Brooklyn Bridge in NYC i solidarity with Gaza.
End the siege on Gaza!
End the air strikes and every military intervention!
#freepalestine🇵🇸 pic.twitter.com/vvSjo60zqf