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イスラエル政変がもたらす中東のバランスの変化

国際ニュースの補助線 更新日: 公開日:
イスラエルのネタニヤフ首相(ロイター)

イスラエルの国防大臣であるリーバーマンが辞職するというニュースは、日本ではあまり大きく取り上げられていないが、中東の地域バランスを変革する可能性のある出来事である。どのような形でこの辞任劇が中東全体に影響してくるのか補助線を引いてみよう。

不安定なネタニヤフ連立政権

国際的には常に強気で、トランプ政権と密接な関係を持ち、イランに対して厳しく臨むネタニヤフ首相であるが、その足下は非常に不安定である。イスラエルは議院内閣制を取っており、議会の多数派が政府を組織するが、ネタニヤフ首相が率いるリクードは120議席が定数の国会(クネセト)で30議席しか持っておらず、多数を形成するために他の5党と連立し、6党連立政権の上に政権運営を行っている。

これらの6つの政党の中には「イスラエル我が家」や「ユダヤ人の家」といった極右に属する政党も含まれている。辞職したリーバーマンは「イスラエル我が家」のリーダーであり、イスラエルによるヨルダン川西岸地域での入植地拡大を推進し、ガザ地区のハマスに対しては徹底した圧力をかけることを主張している。さらに「ユダヤ人の家」のリーダーであり、教育大臣であるベネットは、リーバーマンが辞任した後の国防大臣の職をネタニヤフ首相が兼務することを批判して辞職する構えを見せている。

この「イスラエル我が家」と「ユダヤ人の家」が連立を離れることになると、ネタニヤフ政権は与党を維持することが困難になり、連立を組み替えて政権を維持することも困難になるため、総選挙に打って出るしかない状況に追い込まれる。ネタニヤフ首相は両党に対して連立を離脱しないように呼びかけ、総選挙を回避しようとしているが、その試みが成功するかどうかは定かではない。

ネタニヤフ政権が不安定な理由は連立政権ばかりではない。ネタニヤフが抱えているもう一つの大きな問題が汚職疑惑を巡る捜査である。2017年からネタニヤフは捜査の対象となっており、金銭授受や新聞にネタニヤフ首相を支持する記事を書くよう買収しようとした嫌疑がかかっている。また、この汚職疑惑にはネタニヤフ首相の妻も関与しており、妻は既に取り調べを受けている段階にある。

リーバーマン辞職のきっかけ

リーバーマンが辞職するに至ったのは、直接的にはネタニヤフ首相が閣内の同意を得ないまま、ハマスと停戦合意を結んだことに原因がある。イスラエルはガザ地区で隠密行動を取ってハマスの司令官とパレスチナ人を殺害するオペレーションを行い、それがきっかけでガザ地区からミサイル攻撃が行われるという紛争にエスカレートした。イスラエル側の損害はそれほど大きいわけではなかったが、エジプトが仲介に入ったところでネタニヤフ首相は即座に停戦合意を結び、戦火の拡大を抑えた形になった。実際、その前にもカタールがガザ地区の貧困を救済すべく、現金を輸送する際に、ネタニヤフ首相は「その支払いはハマスに対する資金援助ではない」としてイスラエルを通過することを認めた。リーバーマンはこれに対しても強く反発しており、ネタニヤフ首相がハマスに対して弱腰であると批判していた。

元々ハマスを蛇蝎のごとく嫌うリーバーマンからすれば、紛争を避け、交渉で問題を解決しようとするネタニヤフ首相は弱いリーダーであり、自らが国防大臣の職に就いていることで強気の対応が出来ると期待していたのに、ことあるごとにネタニヤフが宥和的な政策を進めるとして不満は募っていた。今回の一連の出来事は、ついにリーバーマンの堪忍袋の緒が切れた結果ではあるが、こうした状況はもともとネタニヤフ政権に内包されていたものである。

意図せざる権力集中

リーバーマンの辞任に伴い、ネタニヤフ首相が国防大臣を兼務することになったが、ネタニヤフが兼務しているのはこれだけではない。実はネタニヤフは首相職の他に、外務大臣、保健大臣、地域協力大臣を兼務している。6党連立の中で、閣僚ポストの分配による政権の維持ではなく、権力を集中させ、政治外交を一手に仕切ることで、連立与党と直接交渉をし、自らが連立のバランスを保つという政策指向型の連立を組むことによって、この不安定な政権を運営していく方法をとっている。そのため、ネタニヤフは首相としての行動も連立与党の影響を受ける立場にあり、極右を含む右派連立政権であるため、必然的に好戦的で強気の姿勢を見せなければならない状態にある。

ネタニヤフ首相はアメリカのオバマ政権時代からイランを目の敵にしており、オバマが進めたイラン核合意に対しては終始反対していたが、その姿勢もこうした連立政権の性格上、やや大げさに騒ぎ立てる傾向がある。ネタニヤフ自身は政治家としてのキャリアも長く、極めて現実的な政治家であり、それゆえ戦火が拡大しないようハマスと停戦合意を結んだり、シリアにおけるイランの軍事拠点への攻撃も限定的なものにして紛争のエスカレーションを避けようとしている。しかし、表向きは連立与党とその支持者に対してアピールするために、過激な発言や強硬姿勢を見せることが多い。

中東秩序への影響

では、このリーバーマンの辞職は中東にどのような影響をもたらすのであろうか。一つは辞任に伴い「イスラエル我が家」が連立から離脱することになると、ネタニヤフ政権は少数与党となり、政権運営が極めて厳しくなる。さらにベネット率いる「ユダヤ人の家」が連立を離脱すれば確実に総選挙に出ざるを得なくなる。仮に総選挙となった場合、ネタニヤフはガザ地区の紛争などを引き合いに出して、イスラエルの安全保障上の問題を争点にし、自らのリーダーシップを主張して選挙戦を展開することになるだろう。そしてリクードは一定の支持を得ることにはなるだろうが、それでも過半数に到達することはまず期待できない。その際、どのような連立を組むのかわからないが、「イスラエル我が家」や「ユダヤ人の家」が連立に加わらず、中道系の政党と組むことが可能であれば、これまでのような好戦的で挑発的な姿勢は目立たなくなるであろう。逆に、今回のハマスとの停戦に対する批判が高まり、汚職事件とも相まって、ネタニヤフへの支持が落ちていけば、政権維持どころか首相交代という可能性もある。その場合は中東における緊張が高まる方向に舵を切る政権が生まれる可能性もある。

いずれにしても、今回のリーバーマンの辞職は今後のイスラエル政治のあり方を変えていく可能性を秘めており、それはとりもなおさず、現在かろうじて安定している中東秩序をより混乱させる可能性もある。とりわけネタニヤフ政権を強く支持し、後ろ盾となっているトランプ政権との関係が変わるとなると、これまでのように強気でイランと対峙し、サウジなどとの関係を柔軟に展開し、パレスチナに対して現実的に対応するという政策も方向転換を迫られる可能性もある。今後のイスラエル政治の展開次第では、中東情勢も大きく変わる可能性を秘めている。