巻き返し狙う「負け組」サウジ、イスラエル
ここ数年、イラン脅威論が高まっています。それは、イランが脅威を高めたいとか影響力を伸ばしたいと思っているからではなく、過激派組織「イスラム国」(IS)と闘ってきた結果、イランの革命防衛隊の勢力がシリアやイエメンまで伸びた。そして、それに対する支持が強い、ということです。
脅威論を耳にするようになったとすれば、それはISとの闘いに勝った「勝ち組」であるイランやシリア、クルドに対する、サウジをはじめとした「勝てなかった組」の巻き返しの結果だと考えています。
サウジはシリア内戦やイエメン内戦への介入で苦境に陥りました。イスラエルは、気がつけば、すぐ目の前に「イラン」の革命防衛隊が現れていました。結果的に、米国とサウジ、イスラエルがタッグを組んで、「勝ち組」たるイランに対して、その勢力を低減させるための行動を起こしているのです。
イスラエルとサウジにとってみれば、米・オバマ政権はとてもやりにくかったと思います。「勝ち組」をどんどん勝たせたまま放置する政権だったのだから。トランプ政権になったことで、イスラエル、サウジ両国はこれまで利用できなかった米国をぐっと引き込むことができています。米国が、両国に利用される立場にいることを嫌だと考えない限り、いわゆる「負け組」のタッグは、「黄金の三角形」としてそのまま続くと思います。
イラン革命までは、中東ではシーア派もスンニ派も関係なく、イランとサウジが「親米」で、それ以外のイラクやエジプトやシリアなどの「親ソ的」な波をくい止めていました。そこにイラン革命が起き、その枠組みに入らない反米の国ができたのです。そして、湾岸戦争後には「100%親米」の国はサウジだけになりました。さらにイラク戦争で何が起きたかといえば、イラクとイランが組むという状況が生まれました。これは、サウジにはとても不安定な状況でした。
「アラブの春」の逆説 不満吸収するサウジ皇太子
サウジのムハンマド皇太子のような存在の登場は、逆説的な「アラブの春」の反映だと思います。アラブの春は、民主化を求めたものではなく、旧態依然とした長期政権、指導者に対して変化を求めるものでした。ですが、その後のエジプトで起きたことを見ていると、民主的な手続きで行われようが、行われなかろうが、「嫌な指導者に対してNOと言って、ひっくり返したい」ということのようです。サウジについても、旧態依然とした長期政権に対する若い世代の不平不満があり、それを吸収しているのがムハンマド皇太子なのでしょう。「アラブの春」は7年たった今、当時、全く無縁だと思われてきた王制諸国の中でも、そのような影響が表れて来ているのです。
民主主義が定着しない要因は国によってそれぞれ違いますが、イスラムという宗教の要素はそれほど大きなものではありません。むしろ、ネポティズム(縁故主義)が強く、どこが権力をとっていれば自分たちに利益が配分され、生活が安定して潤うかという観点で政治家を選びやすいのは、世俗的な権威主義体制の国であって、イスラム主義の国においてではない。
紛争が起こり、汚職や腐敗が蔓延すると、そのルールがさらに分かりにくくなる。すると目の前で社会福祉活動をやっているイスラム主義政党が票を伸ばしたり、ISのように自らルールを作ろうとする集団に入る若者が出てきてもおかしくないのです。
独裁倒れても暮らし良くならない辛さ
チュニジアのような「民主化」された国からなぜ若者がISに加わったり、欧州に難民として出て行くのか。それはこれまで社会がよくならないのは独裁政権が悪いとして片付いていたのが、独裁政権もないのに色んな問題があるというのに耐えられないのだと思います。敵もいないのに自分が幸せではないという状況は、自分が幸せな世界に行くしかない、という思考につながるのではないか。
以前中東は「メルトダウン」していると表現したが、メルトダウンした結果、分断化されて統率感のない社会になった。パレスチナ問題にしてもアラブナショナリズムにしても、全体を覆うような理念や理想はほぼ皆無で、それぞれの国、集団が自分たちファーストになっているように思います。(聞き手:高橋友佳理)
さかい・けいこ 千葉大教授兼グローバル関係融合研究センター長
1959年生まれ。専門はイラク政治史、現代中東政治。東京大学卒、英ダーラム大学修士。アジア経済研究所、東京外国語大学などをへて現職。著書に「イラクとアメリカ」「<中東>の考え方」「9・11後の現代史」など多数。