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揺れる政治の中に一瞬の機会 レバノン初アカデミー賞候補『判決、ふたつの希望』

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
インタビューで語るジアド・ドゥエイリ監督 Photo: Rin Saki

ジアド・ドゥエイリ監督が語る「作品がたどった薄氷の道」 この映画がもっと早く、あるいは遅くに完成していたら、レバノン初のアカデミー外国語賞ノミネートはなかったかもしれない。レバノン・仏映画『判決、ふたつの希望』(原題: قضية رقم ٢٣‎/英題: The Insult)(2017年)は、世界的に高い評価を得た一方で、ジアド・ドゥエイリ監督(54)は自国でボイコット運動に遭い、当局の一時拘束なども経験した。中東情勢が揺れ動く中、今作がいかに薄氷の道をたどったか。31日の日本公開を前に、ドゥエイリ監督にインタビューした。(藤えりか)

映画の舞台はレバノンの首都ベイルート。住宅街で補修作業をしていた現場監督ヤーセル・サラーメ(カメル・エル・バシャ)の頭上に、アパートのベランダで水やりをしていた自動車修理工場経営トニー・ハンナ(アデル・カラム)の水がかかる。ヤーセルが悪態をつき、トニーも激高。アクセントからヤーセルがパレスチナ難民だと気づいたキリスト教マロン派のトニーは、謝罪に来たヤーセルに「シャロンに抹殺されていればよかった」とののしる。シャロンとは、イスラエルがレバノンに侵攻した際の国防相で、パレスチナ難民が多数虐殺された「サブラ・シャティーラの虐殺」の責任者だ。

パレスチナ人に恐怖と憎悪を呼び覚ます許されざるヘイトに、ヤーセルはトニーの腹部に拳を見舞う。争いは法廷へ持ち込まれ、トニーには著名弁護士ワハビー(カミール・サラメ)が、ヤーセルには人権派弁護士ナディーン(ディヤマン・アブー・アッブード)がつき、メディアは宗教・民族間の争いだと書き立て、街で暴動も起きる騒ぎに。次第に、パレスチナ難民とキリスト教徒の対立を契機とした内戦の忌まわしい過去がつまびらかになってゆく。

アカデミー外国語映画賞にレバノン作品として初めてノミネートされたほか、ヤーセルを演じたエル・バシャはベネチア国際映画祭でパレスチナ人初の最優秀男優賞に輝いた。

『判決、ふたつの希望』より © 2017 TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL – EZEKIEL FILMS – SCOPE PICTURES – DOURI FILMS

監督の実体験がもとに

もとになったのは、ドゥエイリ監督がベイルートで数年前、植物に水やりをしていた時に経験したパレスチナ人配管工との口論だ。ドゥエイリ監督によると、水がかかった配管工と「侮辱の言葉の応酬」になったという。映画と違うのは、ドゥエイリ監督はまもなく謝り、この件を機に解雇されそうになった配管工をかばったことだが、「こうしたバカな出来事はベイルートで日々起き、小さな問題が止められないぐらい大きくなって警察や裁判に持ち込まれ、政治的にまでなって、メディアの熱狂的な関心や高ぶる感情とともに、雪だるま式に膨らんで国中が大騒ぎになったりする。これを映画にすればおもしろいんじゃないかと思った」とドゥエイリ監督は言う。

そもそもパレスチナ人と口論に至ったのは、「パレスチナ人のせいで多大な犠牲を払わされた」という思いが胸に巣食っていたためだ、とドゥエイリ監督は率直に吐露する。前作『The Attack』(2012年)は欧州などで様々な賞を受賞した一方で、母国レバノンを含むアラブ連盟全22カ国・機構で上映が禁じられた。イスラエルの役者を起用してテルアビブで撮影したのが理由だ。イスラエルをめぐっては、パレスチナ占領に抗議する形で、イスラエル製品・サービスのボイコットや投資の撤収、経済制裁を呼びかける「BDS運動」があるが、ドゥエイリ監督によると、この運動の対象となって猛然と抗議されたという。

インタビューで語るジアド・ドゥエイリ監督 Photo: Rin Saki

「パレスチナ人に『裏切り者だ!』とものすごく攻撃された。まったくもって不当なことで、私は非常に慌て、憤った」。ドゥエイリ監督はスンニ派イスラム教の家庭出身ながら、「自分自身は教徒ではない」とするが、幼い頃はベイルートで反イスラエルの言説を聞いて育った。だが19歳で渡米、米国の大学で映画を学んでクエンティン・タランティーノ監督(55)の撮影助手も務め、ユダヤ系の多いハリウッドで仕事をした。そうしてレバノンのほか米仏の国籍も持ち、イスラエル入りは米国のパスポートで手続きしている。そんなドゥエイリ監督を「親イスラエル」とみなしたネガティブキャンペーンは大きく、ドゥエイリ監督は2012年、拠点をベイルートからパリへ移した。

レバノンでは最近も、イスラエル人ガル・ガドット(33)主演の米映画『ワンダーウーマン』(2017年)が上映禁止に。『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017年)もスティーブン・スピルバーグ監督(71)が「イスラエルを支援している」として一時、上映禁止が検討された。

『判決、ふたつの希望』より © 2017 TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL – EZEKIEL FILMS – SCOPE PICTURES – DOURI FILMS

首相の後押しで実現したレバノンでの公開

だからこそドゥエイリ監督は当初、今回の『判決、ふたつの希望』のレバノン上映も難しいと考えていた。「前作『The Attack』のように政府に止められたりしないか、非常に神経をとがらせた。実際、政府との協議に数カ月かかった」。だが、上映は承認された。ドゥエイリ監督によると、イスラム教シーア派組織ヒズボラは上映に反対した一方で、イスラム教スンニ派のハリリ首相(48)や彼の側近が今作を支持し、調整をはかったためだという。

18もの宗教・宗派が共存し、「モザイク国家」と呼ばれるレバノンでは、政治的な安定を保つため、宗派ごとに政治権力が割り当てられてきた。その分、スンニ派とシーア派の対立が固定化する面もあり、両派の不一致で2014年5月から2年半近く、大統領が空席に。結局、シーア派が推すキリスト教マロン派の大統領候補をハリリ首相が支持することで打開、ヒズボラと協調しながら国内の安定を最優先する 「挙国一致内閣」を2016年12月に発足させた。今作がレバノン当局のゴーサインを得たのはその後だ。「レバノン政府は非常に分断されてきたし、ヒズボラは今作の上映を望んでいない。映画がもしもっと早く完成していれば、今こうしてインタビューを受けるようなこともなかっただろう」とドゥエイリ監督は言う。つまりハリリ首相の挙国一致内閣が立ち上がる前であれば、上映許可は出なかったかもしれないということだ。

インタビューで語るジアド・ドゥエイリ監督 Photo: Rin Saki

それでもドゥエイリ監督は、今作の上映のためベイルートを再訪した2017年9月、空港に着くや一時拘束された。前作のイスラエルでの撮影などを理由とした国家反逆罪の容疑だ。ドゥエイリ監督はこう解説した。「私を罪に問おうとしたのは政府ではない。私を逮捕するよう政府に求めた政治グループだ。『この人物は違法行為をしたから捜査すべきだ!』と言われ、政府は手続きを進めるほかなかった。政府自体は私に頓着していなかった。尋問されたが、法廷で判事は『映画監督を拘束するなんて政府の恥だ』と言い、無罪放免となった」

ドゥエイリ監督は「もしハリリ首相が政権を掌握していなければ、アカデミー賞への出品もなかっただろう」と言う。同賞の外国語映画部門は、世界の国・地域がそれぞれ「今年の1本」を米映画芸術科学アカデミーに出品して審査の対象となる。出品作をどのように決めるかは各国・地域次第。ドゥエイリ監督によると、レバノンでは今作の出品の是非をめぐって2017年、閣僚出席の会議で議論されたという。臨席したドゥエイリ監督によると、「喧々諤々だった。半数は『これをどうしてレバノン代表になんてできるんだ』と言い、もう半数は『この作品こそ出品すべきだ』と主張、大きな対立が起きた。微妙なテーマで、私に敵対する人たちもいるからね」。

『判決、ふたつの希望』より © 2017 TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL – EZEKIEL FILMS – SCOPE PICTURES – DOURI FILMS

結局、この議論も無事クリアし、2017年10月の締め切りまでにレバノン代表として出品された。「本当に驚いたよ! いまだに驚きだ。実にラッキーだったと思う」とドゥエイリ監督。しかも、同部門にはこの年、過去最多の92カ国・地域から出品されたものの、レバノン作品として史上初めて、最終ノミネート5作品に残った。

ハリリ首相が滞在中のサウジアラビアで突如、辞任表明をしたのは、このアカデミー賞出品締め切りのちょうど1カ月後だ。

『判決、ふたつの希望』より © 2017 TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL – EZEKIEL FILMS – SCOPE PICTURES – DOURI FILMS

レバノンではヒズボラを支援するシーア派の大国イランと、スンニ派のハリリ首相を支持する盟主サウジアラビアのさや当てが展開されてきた。米紙ニューヨーク・タイムズによると、ハリリ首相はサウジの首都リヤドに滞在中の2017年11月朝、サウジ王室に突如呼ばれて辞任原稿を渡され、テレビで語るよう言われたという。ハリリ首相を退陣させることで、ハリリ内閣の一員であるヒズボラの影響力を排除しようとサウジが圧力をかけた、との見方がもっぱらだ。結局、ハリリ首相は辞任を撤回したが、9年ぶりにあった今年5月の総選挙で自党の議席を減らし、代わってヒズボラが躍進。それでもハリリ首相は慣例に従い続投となったが、ヒズボラはこれまで以上に重要な閣僚ポストを求めているといい、ハリリ首相はサウジやイランの出方をにらみつつ、今も組閣に難航していると伝えられる。

ドゥエイリ監督は言った。「もしこの映画を2019年にでも作っていたら、昨年のようなラッキーはもう起きなかったかもしれない」

インタビューで語るジアド・ドゥエイリ監督 Photo: Rin Saki

足元のレバノン社会は今作をめぐって当初から、真っ二つに割れた。興行的にヒットはしたが、パレスチナ人をはじめとするイスラム教徒からはなおも、ボイコット運動が展開。直接的にはドゥエイリ監督が前作をイスラエルで撮影したことなどへの批判の延長だが、それだけではないようだ。

今作は1975年から15年の長きにわたったレバノン内戦のむごい歴史を、キリスト教徒とパレスチナ難民双方の視点から明らかにしてゆく。内戦勃発時に12歳だったドゥエイリ監督は、東西に分断されたベイルートの検問所で「キリスト教徒にもイスラム教徒にも、パレスチナ人にもシリア人にも止められ、殴られもした。そうした状況を生き延びなければならなかった」と振り返る。内戦中、弟が誘拐されたこともあった。そんなドゥエイリ監督が、キリスト教マロン派の家庭出身である元妻ジョエル・トゥーマと共に、それぞれの立場を踏まえて脚本に仕立てたのが今作だ。

結果、パレスチナ人が被害者であるだけでなく、「ダムールの虐殺」ではキリスト教徒への加害者側となった歴史をも突きつけており、これが今作のボイコットの一因にもなったそうだ。自身もパレスチナ人であるヤーセル役のエル・バシャはボイコット運動に公然と反対、パレスチナ人とて一枚岩ではないが、異論は主流とはなっていない。

『判決、ふたつの希望』より © 2017 TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL – EZEKIEL FILMS – SCOPE PICTURES – DOURI FILMS

さまざまな経験を踏まえてのことだろう、監督はインタビューで「尊厳」「敬意」という言葉を何度も口にした。「戦火を生きるとは、屈辱を味わうということ。だからこそ、尊厳され、敬意を払われているという感覚は、あの時代を生きた私たちにはとても大事なものだ。私の信念については、世界が終わるまで議論してもいいし、好きなだけ攻撃してもらってもいいが、敬意は払ってもらわねばならないし、屈辱を受けるなどありえない」

今作の英語やフランス語のタイトルは、まさに『屈辱』だ。「これは、自分に起きた不当な行為を正すため徹底的にやり通した男の物語。レバノンの話ではあるが、例えばアイルランドや米国、日本でだって起きるかもしれない、普遍的なテーマだ」

筆者の質問に答えるジアド・ドゥエイリ監督 Photo: Rin Saki

極端なポリティカル・コレクトネスに警鐘

インタビューの終盤、ドゥエイリ監督は最近の言論状況に矛先を向けた。「トランプ米政権の誕生をはじめ、世界は分断されているが、一方で『そんなことは言うべきでない』『慎重になるべきだ』と、極端なポリティカル・コレクトネスが生まれてもいる。言いたいことは互いに何でも言えるべきで、それが映画で伝えたいことでもある。言いすぎると結果を伴うし、紛争を生んでしまうことにもなって、複雑な問題ではあるが、自由に言って代償を払う結果になるぐらいの方がいいと思う」。この考えにはすぐにうなずくことができなかった私だが、「何か言えば殺されることすらある国で育った」と言い切るドゥエイリ監督の気迫や、レバノンでかいくぐった数々の経験に耳を傾けた後だけに、何が一番いいことなのか、簡単には答えが出なかった。

ドゥエイリ監督によると、来日の少し前、レバノンの両親のもとに、彼を探して当局者がやって来たという。母国の状況は「今のところ、よくはなっていない」と感じるドゥエイリ監督は、レバノンに再び住むつもりはないそうだ。それでも、レバノンを舞台にした映画はこれからも撮り続けるという。「レバノンは私の国。2012年以来脅かされてきたが、私を支持する人たちもたくさんいるし、今回も多くの観客が映画を見てくれた。 撮りたいところへ行く。これは神聖なる自由で、不可侵の領域だ」