世界銀行上級局長のフランク・ブスケ氏に聞く
——大勢の難民を受け入れた国では、どのような問題が生じているのでしょうか
国の人口に対する比率では、世界で最も多くのシリア難民を受け入れているのはレバノンとヨルダンです。これらの国は、これまでも(パレスチナやイラクから)多くの難民を受け入れていて、もともと水が不足しており、供給制限もありました。そこに突然、人口の25%もの数の難民を迎えたらどうなるでしょう。もともと、インフラが脆弱なので、影響は水道だけでなく、交通、電力など、生活のあらゆる面におよびます。学校では午前に地元の子ども、午後に難民の子どもというふうに、シフトを組んで授業をしなければならないでしょう。そうすると、もっと多くの教室や教員が必要になり、給料も余計に払わなくてはならない。地元の人たちと、新たに来た難民との間で、緊張が高まることもあります。負担はあらゆる面で深刻です。
——なぜ新たな融資枠が必要だったのですか
レバノンとヨルダンは、きわめて寛容に難民に国境を開き、そしてきわめて大きな影響を受けました。だが、この両国は「中所得国」なので、貧困国を対象にした低金利の融資を受けることができませんでした。グラント(贈与)の資金で支援できれば良いのですが、支援する国の財政状況も厳しい。このため、「世界銀行が中所得国が難民危機に対応するのに必要な融資を、低い金利で受けられる仕組みができないか」との要望が国際社会から上がりました。
融資枠は2016年7月に多くの国や欧州連合(EU)の支援を受けて立ち上がり、難民の受け入れで最も大きな負担を抱えていた両国への支援が決まりました。当時、日本はちょうどG7の議長国でしたが、たいへん強いリーダーシップを発揮し、我々は感謝しています。
——支援は具体的にどのようなものなのでしょうか
このたびの難民危機は第2次大戦以来、最大のものですが、それに対する対応の多くは、数千万ドル規模の小さなプロジェクトにとどまりました。新たな融資枠は、支援国からのグラント(贈与)1ドルにつき4ドルの(条件を緩和した)譲許的融資をするというものです。我々はこの1年間だけで、レバノンとヨルダンに計10億ドルを提供することができました。
融資を行うには、まず両国の政府がどのようなプロジェクトをやりたいかを要求し、それについて運営委員会が承認します。この運営委員会は、支援に参加する各国や両国の代表らで構成されています。決定プロセスは透明性が高いものです。これまで、水道、下水処理施設、道路の改善、教育といったプロジェクトに使われています。すべてのプロジェクトで、難民の雇用機会も増やそうとしています。ヨルダン政府はすでにシリア難民4万人に労働許可証を出した。この1年間の成果に、我々はたいへん満足しており、両国も国際社会の支援に感謝しています。
——ただ難民を支援するだけではないのですね
難民危機は、人道問題であるだけでなく、開発上の危機でもあります。多くの人は「難民? それは人道問題ですね」と思うかもしれませんが、そうではありません。問題は毛布や水や仮設住宅だけではなく、開発の観点から、難民たちを社会にどう統合していくかが大切です。
両国では、難民の90%は難民キャンプではなく、既存の社会のなかで生活しています。仮にシリアでの紛争があす終わったとしても、難民たちはすぐに帰れるわけではありません。彼らのふるさとは破壊されており、あと2、3年は避難している場所にとどまらなくてはならないかもしれないでしょう。今回の支援は、難民のためだけでなく、受け入れる側の社会のためでもあるのです。水道や交通の改善は、結果的に難民だけでなく地元住民の利益にもなります。人道問題と開発問題を同時に考えるところが、この支援の画期的なところです。
レバノンとヨルダンは、大きな負担にもかかわらず、難民に国を開いたヒーローです。国際社会すべてに大きな貢献をしています。だからこそ、この両国も得るものがないといけません。この両国が抱えている負担について、国際社会が知ることが重要なのです。
(聞き手・浅倉拓也)
Franck Bousquet (フランク・ブスケ) 世界銀行上級局長(脆弱・紛争・暴力担当)
フランスで水道や高速道路の事業に従事した後、2004年に世界銀行に入行。中東・北アフリカ総局地域プログラム・パートナーシップ・総合的ソリューション担当局長を経て、今年7月から現職。フランス国立公共事業工業学校卒、米コロンビア大でMBA(経営学修士)取得。