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「僕らはいい時だけフランス人」移民2世の監督が描く現代の『レ・ミゼラブル』

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
東京でのインタビューで語るラジ・リ監督

「僕らはいい時だけフランス人」――。公開中のフランス映画『レ・ミゼラブル』(原題: Les Misérables)(2019年)は低所得者層や移民が多いパリ郊外(バンリュー)のモンフェルメイユを舞台に、格差がもたらす闇をえぐる。傲慢な物言いなどで庶民の反感を買うマクロン大統領をも動かしたという。アフリカ・マリからの移民の両親のもとに生まれ、モンフェルメイユで育ったラジ・リ監督(39)に、東京でインタビューした。(藤えりか、インタビュー写真は吉田貴司)
『レ・ミゼラブル』から © SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

『レ・ミゼラブル』と聞けば、ユーゴーの同名小説やミュージカルを思い浮かべる人が多いだろう。だが今作は、ユーゴーの小説でコゼットが暮らしたパリ郊外モンフェルメイユを舞台とする、まったく別の現代劇だ。低所得者層の集合住宅が並ぶモンフェルメイユに赴任した新人警官ステファン(ダミアン・ボナール)は、同僚警官のクリス(アレクシス・マネンティ)とグワダ(ジェブリル・ゾンガ)と巡回するうち、様々なグループの緊張関係や、同僚警官の住民への横暴にも接して戸惑う。ある日、街に来たロマのサーカス団の子ライオンが盗まれ、大変な事態に陥ってゆく。

カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞、アカデミー国際映画賞やゴールデングローブ外国語映画賞にノミネート。2月28日には、フランス版アカデミー賞のセザール賞で作品賞など4冠に輝いた。フランスで興行的にもヒットし、昨年11月の公開から17日目で動員100万人を突破したという。

『レ・ミゼラブル』から © SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

モンフェルメイユは古くからの工業地帯で、第2次大戦以降に動員されたアフリカの旧植民地からの移民労働者が住み着いた。リ監督は「フランスの中でも本当に長い間、最悪のゲットーの一つだと見られていた。暴力的なことや麻薬の密売もあり、1980年ごろは本当に危険な地区とのイメージを持たれた。2005年の暴動で、そうした印象をさらに決定づけた」と話す。

2005年の暴動とは、郊外に住む移民系などの若者と警官との間で3週間続いた激しい衝突。郊外に住むだけで受けた雇用差別への反発などが背景だが、後に大統領となる当時の内相サルコジは「社会のクズを片付ける」と発言し、怒りにさらに火をつけた。

リ監督はパリで生まれてまもなくモンフェルメイユに移り、今も根を下ろしている。「僕たちはセカンドゾーンのフランス人だとみなされる」とリ監督は言う。「奴隷だった過去や植民地の歴史を経て、移民としてフランスに来たものの、ゲットーのようなところに住まなければならなかった。(その子孫である)僕らはフランスの地でフランス人として生まれたが、ちょっと違うと多くの人が思っているのも事実だ。アイデンティティーという点では非常に難しい問題がある」

リ監督はさらに、「いわゆるファーストゾーンのフランス人は、自分たちにとって都合のいい時には『君たちはフランス人だ』と言う」と話す。「例えば移民がサッカーで優秀だったら『フランス人だ』と言い、今回の映画がアカデミー賞にノミネートされれば『よかった』と言う、というようにね。僕らはいい時だけ利用されているような立場にいる」

『レ・ミゼラブル』から © SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

今作のテーマは10年ぐらい前から温めていた。描いた逸話やディテールのほとんどは、「モンフェルメイユの証人」としての実体験を元に、「できるだけ忠実に再現した」という。少女が警官に乱暴なやり方で職務質問される場面が今作にあるが、リ監督自身は10歳で初めて警官に職務質問されている。「10歳なんてまだ子どもで、どうして職務質問をされるのか、予想外のできごとだった。警官の汚い言葉やちょっとした暴力も経験し、自分の中にトラウマのように残っている。その時だけでなく、本当に日常的に毎日のように起きている。僕は今まで1000回ぐらい職務質問されているよ」

今作の要となるライオン盗難の話は、18歳の時に友人が起こした事件が下敷きになっている。「1~2週間ぐらいは僕らでかくまい、返しました」と笑い、ライオンと一緒に撮った当時の写真をスマートフォンで見せてくれた。

ラジ・リ監督はインタビューの際、『レ・ミゼラブル』のライオン盗難話の元になった自身の経験を示す写真をスマートフォンで見せてくれた

今作では、ユーゴーの『レ・ミゼラブル』の一節「世の中には悪い草も悪い人間もない。ただ育てる者が悪いだけだ」が引用されている。「政治家たちの怠慢で、郊外には敢えて資金が投入されてこなかった。だから何十年もの間、見捨てられた場所になり、事態が悪化していった状況がある。政治の力で、もっといい街にしていこうという意図をもって資金を投じれば事態はすぐにでもよくなると思う」

今作は息をのむラストを迎えるが、リ監督は「意図的な不干渉の結果だ」と指摘した。

『レ・ミゼラブル』から © SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

フランスでは、中低所得者層の怒りを引き金にした黄色いベスト(ジレジョーヌ)運動に続き、公共交通機関の大規模ストライキが昨年から続いている。マクロン大統領は、富裕層を優遇しているとの不満や、傲慢な物言いへの反発から庶民の怒りを買い続けているが、「この映画で描かれたことにすごく衝撃を受けて、郊外の問題解決のための対策を何とか打つよう閣僚に指示したと聞いている」とリ監督。近くマクロン大統領と会う予定もあるという。

カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した際には、「エリゼ宮(大統領府)でぜひ上映したい」との声がかかった。リ監督は「エリゼ宮ではなく、モンフェルメイユで上映会をするから見に来てください」と返した。だが、一筋縄ではいかなかった。答えはノン。「妥協策として」今作のDVDを送り、エリゼ宮で見てもらうことになったという。マクロン大統領が上映会のためにモンフェルメイユに来ていたら、エリート政治家への揶揄を返上する機会になったかもしれないのに、なんとも残念だ。

東京でのインタビューで語る、『レ・ミゼラブル』の「市長」役スティーブ・ティアンチュー。ラジ・リ監督と来日した

モンフェルメイユは近年は都市整備が進み、「見た目がぐんときれいになった。行政の力もあるが、予算も少ない中で、街を変えたいという住民のモチベーションが変化につながっているんじゃないか」とリ監督。もっとも、警官グワダ役のゾンガらの出身地区、隣のクリシー=ス=ボワは「残念ながらまだそこまで市街化ができていない」と言う。

リ監督とともに来日した「市長」役のスティーブ・ティアンチューや、子役たちも含め、出演陣の多くは郊外出身者だ。そうした映画がフランスだけでなく世界で称賛されている。「おかげでモンフェルメイユのイメージが変わりつつある印象を持っているし、変わるんじゃないかと思う。郊外の住民たちも、今作の成功をすごく誇りに思い、喜んでくれている」とリ監督は語る。

『レ・ミゼラブル』から © SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

アカデミー国際映画賞にノミネートされて臨んだ2月のロサンゼルスでの授賞式には、モンフェルメイユなど郊外に住む若者を約40人連れて向かった。費用はクラウドファンディングで集めたという。約40人は授賞式会場の外で応援してくれたそうだ。「それでも『パラサイト』には勝てなかった。重要な映画の賞は全部『パラサイト』に持っていかれましたね」とリ監督は笑った。

リ監督は、次回作も次々回作もモンフェルメイユで撮る計画だ。「モンフェルメイユにいたいと思うからこそ、自分自身の選択としてここにいる。本当に、とても思い入れのある地区なんです」