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杉原千畝を描いた映画監督が問う「見ざる、聞かざる…日本には4匹目のサルがいる」

World Now 更新日: 公開日:
チェリン・グラック監督=Stanlee Mirador氏撮影
チェリン・グラック監督=Stanlee Mirador氏撮影

――まもなく戦後80年が経ちますが、ナチス関連の映画が毎年のように公開されています。なぜでしょう。

第2次世界大戦の「ナチス」対「連合国」という構図は、最初で最後の、明らかな「悪」と「善」があった戦争だったと思います。数年間で600万人ともいわれる人々が殺害されたホロコーストは、人類の歴史でほかにない規模の悲惨なできごとです。

映画というエンターテインメントをつくる上で、善と悪をしっかり描き分けられる。ホロコーストをテーマにした映画がたくさんつくられてきた、理由の一つだと思います。

チェリン・グラックさんが監督を務めた映画「杉原千畝 スギハラチウネ」=©2015 "PERSONA NON GRATA" FILM PARTNERS
チェリン・グラックさんが監督を務めた映画「杉原千畝 スギハラチウネ」=©2015 "PERSONA NON GRATA" FILM PARTNERS

――ハリウッドをはじめ、エンターテイメント関係者にユダヤ系のルーツを持つ人が多いから、という人もいます。

ホロコーストやナチスを扱った映画が毎年のように公開されるのは、ハリウッドの映画関係者にユダヤ系が多いから、という人もいますが、ユダヤ人がハリウッドをコントロールしているなんていうのは、明らかに言い過ぎです。

自らもユダヤ系で、「シンドラーのリスト」(1993年)で知られるスティーブン・スピルバーグ監督だって、ホロコーストの映画ばかり撮っているわけではありません。スピルバーグ監督が杉原千畝の話を調べていたという話を聞いたことがありますが、なぜつくらなかったかというと、「自分のホロコースト映画はもうつくったから、一本で十分だ」と。

ハリウッドにとって、良い映画をつくることが当然、一番。エンターテインメントとしておもしろくなければ、誰も観てくれないですし、誰も観てくれない映画をつくってもしかたがない。そこはシビアな世界です。

スティーブン・スピルバーグ監督
スティーブン・スピルバーグ監督=2023年2月21日、ベルリン国際映画祭、ロイター

もちろん善悪がはっきりしていてつくりやすいから、というだけではないし、映画をつくる以上、何らかのメッセージ性や、時に政治性をはらむこともあります。

――ナチスの犯罪を裁く努力が続けられてきましたが、容疑者の高齢化も進み、いよいよ最後のときが近づいています。関連する映画はどうなるでしょう。

80年経った今も新しい作品が生み出されている背景には、これまで口にできなかったけれど、年をとって、やっぱり伝えておきたいと、ホロコーストの経験者らが語り始めたことも大きいでしょう。孫の世代が、「自分の親は恥ずかしがって何も言わなかったけど、実は祖父の/祖母のこんな話があるんだ」と明かすこともある。

年月が経ったからこそ出てきた新たな証言から、まさに「事実は小説より奇なり」というような話が、未だに明らかになっている。タイミング的に、そういう時代なのだと感じます。

映画「杉原千畝 スギハラチウネ」の撮影中の様子。グラック監督(左)と、杉原千畝の上司役を演じた小日向文世さん=©2015 "PERSONA NON GRATA" FILM PARTNERS
映画「杉原千畝 スギハラチウネ」の撮影中の様子。グラック監督(左)と、杉原千畝の上司役を演じた小日向文世さん=©2015 "PERSONA NON GRATA" FILM PARTNERS

ましてポーランドなど東欧の国々は、冷戦が終わって自由に語れるようになってから、まだ30年しか経っていません。ホロコーストで600万人が殺害され、同時に、何百万人もが生き延びました。生還した人々の経験が、後の世代に語られる。ホロコーストを扱う映画は、これからもつくられ続けると思います。

――グラック監督は日本で生まれ育ち、日本の映画業界にも精通されています。日本における過去の描き方について、欧米と比べて感じることはありますか。

日本の、特に戦争の歴史に焦点を当てた映画は、限られていますね。日本社会には、「言っても仕方がないことは話さなくていい」「過去は語らなくていい、忘れてしまおう」という風潮がありませんか。

「見ざる、聞かざる、言わざる」というけれど、「知らざる」という4匹目のサルがいるように思います。

映画「杉原千畝 スギハラチウネ」の撮影中の様子。杉原千畝役を唐沢寿明さん、妻幸子役を小雪さんが演じた。右がグラック監督=©2015 "PERSONA NON GRATA" FILM PARTNERS
映画「杉原千畝 スギハラチウネ」の撮影中の様子。杉原千畝役を唐沢寿明さん、妻幸子役を小雪さんが演じた。右がグラック監督=©2015 "PERSONA NON GRATA" FILM PARTNERS

小学4年生まで通った日本の学校で、歴史の教科書を一人ずつ暗唱させられたのを覚えています。いつどこで何があったかは覚えたのだけど、なぜそんなことが起きたのか、どうすれば起きなかっただろうか、と考えることはなかった。昭和40年代の話ですから、もちろん、今は変わっていると思いますが。過去は忘れてしまおう、知らないことは知らないままでいいだろう、というのにつながっていると思います。

――「見ざる、聞かざる、言わざる、『知らざる』」・・・興味深いです。

僕が脚本とアメリカ側の監督を務めた映画「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」(2011年)は、第2次世界大戦中にサイパンで戦ったドン・ジョーンズさんという元米兵が、敵だった元日本軍の大場栄さんを描いた小説「Oba, the Last Samurai: Saipan 1944-45」が原作です。

戦後、ジョーンズさんが来日し、大場さんについて本に書きたいと本人に求めると、「終わったことなんだから」と当初、断られたそうです。それを、「あんなひどい戦争の中で、あなたのような素晴らしい人物がいたということを、今の日本の若者に伝えないといけない」と、ジョーンズさんが説得して、記録が残されたのです。

映画「杉原千畝 スギハラチウネ」の撮影中の様子。グラック監督(左)と、杉原千畝の上司役を演じた小日向文世さん=©2015 "PERSONA NON GRATA" FILM PARTNERS
映画「杉原千畝 スギハラチウネ」の撮影中の様子。グラック監督(左)と、杉原千畝の上司役を演じた小日向文世さん=©2015 "PERSONA NON GRATA" FILM PARTNERS

――たしかに、「語らぬ美学」のようなものがあるようにも感じます。映画「杉原千畝 スギハラチウネ」には、日系アメリカ人兵士が登場するシーンがありました。

映画の終盤、祖国の兵士としてヨーロッパの前線で戦った日系アメリカ人兵士が登場します。ほんの短いけれど、思い入れのあるシーンです。

僕の母は、日本人の両親のもとアメリカで生まれ育った日系2世で、第2次世界大戦中に日系人収容所に入れられた経験をしています。9人きょうだいで、中には収容所から志願して米兵としてヨーロッパの前線で戦った兄弟もいる。ナチスの絶滅収容所とはまったく別の話だけれど、やっぱり自分の国に敵扱いされて、強制的に収容所に入れられた人たち。こうした歴史も知ってほしい。

――「知らざる」ではなく、むしろ積極的に知っていこう、伝えていこう、と。

わざと隠そうというよりも、過去のことを掘り返す必要はない、つらい記憶、負けてしまった戦争なのだから、もういいじゃないか、忘れてしまおう・・・・・・。そんなマインドが日本にはあるように感じますが、それはやめようと言いたいですね。

哲学者ジョージ・サンタヤーナの言葉を借りれば、「過去を忘れる者は、過去を繰り返す運命にある」のですから。