3歳の息子の洋服やおもちゃ、スキンケア用品に歯磨き粉、ポテトチップスやオリーブオイル、食器洗浄機、かかりつけの眼科医……。アリゾナ州フェニックス近郊に住むクリスタル・シャーさん(42)はこの1年半で、消費する身の回りの品々やサービスの大半を、あるサイト経由に切り替えた。
「信仰や価値観を共有するビジネスをサポートできる、まさに求めていたもの」。シャーさんがそう表現し、利用するのは、「アマゾン」や「楽天市場」のように、さまざまな出店者の商品をオンラインで販売するマーケットプレイス「パブリックスクエア」だ。
売られているのは、アクセサリーや洋服、掃除用品やおむつから、食料品や健康サプリメント、銃や弾薬、アウトドア用品まで多岐にわたる。レストランや病院、不動産屋なども掲載。キーワードを打ち込んで店や商品を検索したり、地図から近くの店を探したりすることもできる。
トップページは一見、アマゾンのような印象。だが、よく見ると、「キリスト教徒的なコーヒー」「トランプ ファイト!ファイト!ファイト!パンケーキミックス&シロップ」「愛国者のひげそり」など、思想信条が明らかな商品が目にとまる。
パブリックスクエアは「パラレルエコノミー(並行する経済圏)」を掲げ、すべての出店者に、〈家族とすべての生命〉〈自由と真実〉〈愛国心〉〈合衆国憲法〉〈小さなビジネス〉を重視するという「コアバリュー(中核的な価値観)」への誓約を求めている。
トランプ前大統領の邸宅マール・ア・ラーゴにほど近いフロリダ州ウェストパームビーチの本社を訪ねると、創業者でCEOのマイケル・サイファートさん(29)が「コアバリューによって、価値観が一致する売り手から安心して買うことができる」と説明した。
創業のきっかけは、コロナ禍だった。当時、カリフォルニア州サンディエゴで暮らしていたサイファートさんは、カフェやレストラン、イベント会社といった、地域に根ざした家族経営の小さなビジネスが次々と消えていくのを目の当たりにした。「政府は、大企業など一部のビジネスを『エッセンシャル(生活に不可欠)』と呼んで営業を許した一方で、たとえ同じ業種であっても、個人経営の小さなビジネスの多くは休業を迫られ、その多くが廃業に追い込まれた」
オバマ政権のころから保守層が感じてきた「違和感」が、ロックダウン政策やマスク着用の義務化、ワクチン接種の有無による行動制限などで「我慢の限界を迎えた」と振り返る。
価値観を共有する消費者をつなげようと2021年、会社を立ち上げ、翌年の独立記念日にサービスを公開した。これまでに出店数は8万を超え、利用する消費者は500万人にのぼる。昨年7月にはホールディングスとしてニューヨーク証券取引所に上場。より良いビジネス環境を求め、フロリダに本社を移した。オンライン決済のサービスも始め、独自の経済圏づくりを進めている。
相次ぐ保守層の不買運動
「これまで保守層は、自分たちを憎む人々に喜んでお金を払ってきた。それがどれほど大きな問題であるか気づき始めたんだ」。サイファートさんがそう強調するようなできごとが相次いだ。
米国のビール「バドライト」が2023年4月、トランスジェンダー女性のインフルエンサーを広告塔に起用したところ、保守層からの怒りを買い、不買運動に発展。20年以上保ってきた全米売り上げ1位の座から転落した。
直後には大手スーパー「ターゲット」で、性的少数者の権利を啓発する「プライド月間」向けに販売された水着などが反発を受け、不買運動や店員が罵倒されるなどの事態が起きた。
バドライトの一件では販売元の幹部が交代し、ターゲットは一部店舗で関連商品を目立たない場所に移すなどの対応をとった。この間、パブリックスクエアのアプリのダウンロード数が急増し、出店するビール醸造所も売り上げを伸ばしたという。「大企業がよりリベラルな価値観を重視する中で、多くの保守層が目を覚ました。パブリックスクエアを10年前に始めていたら、おそらく今のようには成功しなかっただろう」とサイファートさんは言う。
トランプ支持者の地元住民で、マール・ア・ラーゴでトランプ氏に会ったこともあるというジェイソン・ブラウニングさん(44)は、「バドライトは、一日の労働を終えた後に飲むようなクラシックで男性的な、『俺たちのお気に入りのビール』だった。それが突然、女性の格好をした若い男が宣伝を始めたものだから、多くの保守層を怒らせたんだ。平手打ちされたようなものだ」と背景を説明する。
かつてはパーティーや友人と集まって飲むときに、よくバドライトのパックを買っていたというが、「あの騒動以来買っていないし、二度と買わない。お気に入りのビールには、少なくとも政治的スタンスから離れていてほしかった。ただビールを造ってくれればいいのに」と話す。
「私たちは、自分たちのお金をどこで使うか選ぶ力を持っている。買わないという選択だけでなく、買うことで価値観を共有するビジネスを応援することもできる。パブリックスクエアは、すばらしい一例だ」
参加店舗を訪ねると…
掲載されるショップのおよそ半数が実店舗も持っているという。地図検索を使って雑貨店を訪ねた。店主のローリー・ショーアさん(59)は「今、この国はめちゃくちゃ。私が子どものころは学校でも神様について習ったけど、今はどんどん排除されている。政府があらゆる方法で私たちを毒そうとしている」。
店内のバーコーナーでは昨年のボイコット以来、バドライトを扱うのをやめた。週3、4回は買い物に行き、月に2000ドルほど使っていたというターゲットも、ほとんど利用しなくなった。「私にもゲイの友人がいるし、その人の自由を信じている。でも、子どもたちに押しつけられるべき話ではない」。パブリックスクエアなら信頼する人々から買い物ができるという。
質の良い地元の小さなビジネスの中には、リベラルな経営者もいるのでは? そう尋ねると、ショーアさんは少し考えてから、きっぱりと言った。
「存在しない。少なくとも私の知っている限りでは、いない」
地域のファーマーズマーケットでも、パブリックスクエアの利用者に出会った。オーガニックの洗濯・掃除用品を手がけるティナ・ターナーさん(56)は、マーケットの仲間に教えられて使い始めたばかりだという。「私のような、小さな地元のビジネスのためのサービスで、世界規模のファーマーズマーケットみたいで、すごく気に入っている。まさにアメリカが求めているものだ」
やはりターゲットやバドライトで起きたボイコットを例に挙げ、「大企業は売り上げのためにただトレンドを追っているだけで、消費者のことを考えていない。私は神を信じている。私たちは神が創ったままの『普通』に戻るべきだ」と訴えた。
長年、オンライン通販で生活雑貨などの販売を手がけてきたノースカロライナ在住のジム・ミードさん(68)も、売り手と買い手の両方で利用する一人だ。「まさにパブリックスクエアのようなプラットフォームを探していた」と話す。
「他人の性的指向はあまり気にならないが、企業がビジネスとしてどちらか一方の主張に肩入れするべきではないと考えている。そういう企業に自分のお金を与えるつもりはない」と言い、実際にTシャツ、コーヒー、オーガニックせっけん、ボディケア用品など、これまで近くのスーパーやアマゾンで購入していたような様々なものを、パブリックスクエアで買うようにシフトしているという。
「消費者のチカラはとても現実的で、効果的だ。集まることで大きなチカラになり得るという意識が、確実に定着しつつある」
米調査会社の2022年のデータによると、米国人の82%が自分の価値観に合うブランドの商品を買うようにしていると回答。価値観の不一致を感じた場合、39%がそのブランドを二度と買わないと答えた。
パブリックスクエアCEOのサイファートさんは言う。「かつては価格だけが重視される時代があったが、今日では製造過程や企業理念も重視されている。米国の1億人の保守層の購買力は、7兆ドルとも試算される。私たちは、人々がより望ましいと思う先にお金を振り向ける手伝いをしているんだ」