11月5日の大統領選で返り咲きを果たしたドナルド・トランプは、選挙中より不法滞在者の「大量国外追放」「米国史上最大の国外送還作戦」「2000万人を強制送還」といったフレーズを繰り返してきた。
さらには大統領就任前であるにもかかわらず、不法移民摘発のために「国家非常事態宣言」を発令し、軍隊を派遣するとまで言い出している。
トランプは果たして実行するのか、それとも支持者を鼓舞するための煽りなのか。移民排斥の理由は「不法移民がアメリカ人の仕事を奪う」「不法移民は殺人やレイプを犯し、治安が悪くなる」だが、それは事実だろうか。年間880億ドル(13兆6200億円)が必要とも試算される大量強制送還は実行可能なのか。そして、1期目の任期中に行われて人道上の大問題とされた「親子離散の強制送還」は再び行われるのだろうか。
現在、アメリカ国内の不法滞在者数は1100万人と見積もられている。トランプの言う「2000万人」の根拠は不明だが、おそらく、これも以前よりトランプが唱え続けている「市民権剝奪(はくだつ)」と「出生地主義の廃止」を見込んで"盛った"数字ではないかと思われる。
いったんアメリカ市民権を取得した者からの「市民権剝奪」は煩雑な法的審査と手続きが必要だ。
「出生地主義」とは、アメリカで生まれた子供には親のアメリカ滞在資格を問わず、アメリカ市民権が与えられることを言う。この「出生地主義の廃止」はアメリカ憲法に反するとも言われている。これを廃止すると、親が不法滞在者である子供は米国籍を得られず、子供自身も不法滞在者となる。
いずれにしても、これほど大量の移民を見つけ出し、拘束していったんアメリカ国内の収容所に連行し、飛行機などで他国に送還するのは、法的にも、予算・人員的にも可能なのか、トランプはその具体策を明らかにしていない。
それでも、ある若い女性は、トランプの当選と移民政策に絶望し、泣き叫びながらのメッセージをSNSに投稿し、その中でトランプを「重罪犯」と呼んでいる。
トランプは元不倫相手のポルノ映画スターへの「口止め料」支払いを隠すために業務記録を偽造した罪でニューヨーク州の裁判所で有罪評決を受けた(量刑言い渡しは延期されている)。そんな犯罪歴のある者が、不法滞在以外は罪を犯さず、懸命に働いてきた移民たちを「何度も、何度も」強制送還しようとすることに女性は言いようのない怒りを表している。
不法滞在が違法であることは事実だが、1100万人もの該当者と、その家族友人知人まで含めた膨大な数の人々をこれほどまでの不安と恐怖に陥れることは、大国のリーダーとして果たして良策なのか。
「不法移民」とは デマで差別煽ったトランプ陣営
アメリカは言うまでもなく移民大国だ。合法違法を合わせ、2023年現在、過去最高の4780万人の移民が暮らしている。これはアメリカ全人口の14%にあたる。
2022年の推計では、移民のうち約半数が市民権を取得し、アメリカ市民(=アメリカ国籍者)となっている。4分の1が永住権(通称グリーンカード)保持者、4%が各種のビザによる滞在者。残り23%が「非正規の移民」(いわゆる「不法移民」と呼ばれる人たちを含む)だ。
不法滞在者とはビザを持たずにアメリカに入国したか、もしくは各種ビザを取得して正規に入国し、ビザの期限が切れた後もそのまま滞在している者を指す(実数は不明だが、後者には日本人も存在する)。
ただし、この1100万人の中には「非正規の移民」ではあるが、一時的な法的保護資格を持つ約300万人がおり、トランプと副大統領となるJDヴァンスはこのグループも排除する旨を何度も語っている。
TPS(Temporary Protected Status、一時的な保護ステータス)は、内乱、大規模な自然災害、またはギャングの蔓延による過度の暴力などにより帰国が危険である国の人々に発給される。
中でもハイチは2010年に大地震よってTPSの対象となった以後も、政情不安や新たな地震が続いた。そのため今も20万人を超えるハイチ人がTPSの資格でアメリカに留まっており、6月にはバイデン政権がさらに30万人が新たに受給資格を得ると発表している。
これとは別に、近年、戦時下のウクライナと、政情や治安が極度に不安定なキューバ、ハイチ、ニカラグア、ベネズエラの4カ国 (CHNV)の出身者はATAs(Advance Travel Authorizations)が発給され、渡米滞米が許可されている。
こうした背景があって、中西部オハイオ州もハイチ移民の数が増えている中、同州選出の上院議員で、当時は副大統領候補者だったJDヴァンスが9月に「ハイチ移民がペットを誘拐したという多数の問い合わせを受けた」という旨のデマをSNS投稿し、トランプもカマラ・ハリス副大統領との大統領選討論会で、ハイチ人は「犬を食べている。猫を食べている。住民のペットを食べている」と発言。
最終的には同州スプリングフィールド市長がこの噂を否定する声明を出すこととなったが、トランプは第1次政権期にもハイチを、非常に汚い場所を意味する「くその穴 (shit hole)」と呼んでおり、移民差別、ゼノフォビア(外国人差別)、人種差別を隠す気配もない。
TPSなどの該当者以外に、世界各国からの亡命希望者もいる。アメリカ入国後に亡命申請を行い、何年もかかる判決までの間、合法的にアメリカに滞在している人々だ。
DACA(Deferred Action for Childhood Arrivals、通称「ダカ」)の登録者、約50万人以上も滞在許可と就労許可を持つ。DACAは子供の頃、ビザを持たないまま親に連れられるか、または単独でアメリカに入国し、アメリカで育った若者たちに進学や就職の道を開いたプログラムだ。2012年、オバマ政権時に開始され、"ドリーマー"と呼ばれる登録者の多くは現在20~30代となっており、結婚、出産を経て家庭を築いている人も多い。
ただしDACAは永住権や市民権にはつながらず、2年ごとの延長(更新料495ドル、2024年4月以降は555~605ドルに増額)という非常に厳しい仕組みとなっている。
トランプは第1期政権時にDACAを停止し、ドリーマーたちはDACAの完全廃止と強制送還を予測しておののいた。バイデン大統領は2021年の就任当日にDACA再開を指示したが、この件は2021年と2023年にテキサス州の連邦地裁で違法判断が下され、2021年までに登録した者の更新はできるが、新規の申請は打ち切られている。
トランプが再度の当選を果たした今、ドリーマーたちは今度こそ強制送還か、家族離散かと眠れない日々を過ごしている。もしもそうなれば、"ドリーマー"のニックネームがどれほど空疎に響くことか。
アメリカは今もまだ大国だ。大国である限り、生死に関わる困難にある国から脱出した人たちを支援する人道的な義務があると言えるだろう。それを実践するのがTPSおよび類似の滞在資格だ。
不法入国者の「親子引き離し」が残した禍根
トランプ第1期政権は南部国境を越えてきた親子を引き離し、子供専用の収容所に入れた。その数は5500人とも報じられている。その後、子供たちは全米各地の施設などに分散され、中には収容所のあるテキサスから3500kmも離れたニューヨークに送られたケースもある。
国境現場では引き離した親子の再会を想定しておらず、親子をマッチングさせる仕組みのないまま、親のみを送還した。残された子供の中には幼児もいた。これはあまりにも非道であると大きな批判が起こり、親子離散は停止された。しかし長期間にわたって親から引き離された子供は精神的に大きなダメージを受け、幸いにも親との再会を果たした後も感情を表さなくなった、親を信頼しなくなったなどの症状が報じられた。
6年経った今も再会を果たせていない子供が1000人以上もおり、人権団体が送還された親の追跡調査を行っている。
しかし当時4歳の子供に母親の名前を聞いても「お母さん」としか答えられず、親の電話番号など知る由もない。調査メンバーが時には中米の農村地帯を現地の人の情報を頼りに訪ね歩いて親を見つけるといった努力がなされた。
バイデン政権は見つかった親をアメリカに呼び寄せて子供と再会させ、アメリカにいながら難民申請を行える法を作ったが、これもトランプの「大量強制送還」の対象となる可能性がある。
悲惨を極めた親子離散は、当時、ホワイトハウスの上級顧問だったスティーブン・ミラーの提案だった。ミラーは強硬な排外主義者で、今回のニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデンでのトランプ選挙集会で「アメリカはアメリカ人のため、そしてアメリカ人のためだけ!」America Is For Americans And Americans Only! と言い放っている。
これは1940年代のナチスのスローガン「ドイツはドイツ人だけのため」をなぞったものだ。そのミラーを、トランプは第2期政権の政策担当次席補佐官に指名している。
トランプは「不法滞在外国人の出身国への強制送還をすべて担当する」国境管理責任者として、元移民/税関捜査局(ICE)局長代行のトム・ホーマンの指名も行った。大統領選に先駆け、10月末に行われたCBS『60ミニッツ』でのインタビューで家族離散について聞かれたホーマンは、「家族一緒に送還され得る」と答えている。
今、親子離散を経験した子供たちは10代となり、自身の体験を語り始めている。この離散劇を取り上げたドキュメンタリー映画『Separated』(引き離されて)(2024、監督:Errol Morris)も作られた。また、収容所の子供たちへの取材をもとに描かれた絵本『Hear My Voice』(私の声を聞いて)(著者:Warren Binford)も出版されている。
アメリカ経済を支える不法移民の労働力
多くのアメリカ人が「移民が仕事を奪う」と言う。その不安感情を利用するのがトランプ政権だ。スティーブン・ミラーは演説の中で「移民が女の子をレイプし、殺し、それが毎日報じられる!」と聴衆を扇動している。移民が仕事を奪っていると信じ、かつ人種民族マイノリティーへの差別心や偏見を持つ者であれば、その扇動を事実として受け取ってしまう。
アンチ不法移民派には、自身も移民である人たちもいる。自分は長い年月と高額な手数料を払い、苦労して永住権や市民権を得たのに、「フリーライド」は許せないと言う人々だ。そうした不法移民が自分も含めたラティーノなり、アジア系なりのイメージを損ない、さらなる差別や偏見を生むという心配も、そこにはある。
ただし、「不法移民がアメリカ人の仕事を奪っている」ことを証明するデータは見あたらない。逆に不法滞在者の多くはアメリカ人がやりたがらない厳しい仕事に就いている。「彼らを追い出しても、その職に就くアメリカ人はそれほど多くない」は識者だけでなく、経営者たちの共通認識だ。一方、DACAドリーマーの中には大学や専門学校に進み、教師や医師となった人すらいる。
不法滞在者が多く就いている建設業、接客業、農業から数百万人が解雇されれば、アメリカの国内総生産は1兆7000億ドル減少するであろうという試算がある。他方、全不法滞在者の納税総額は967億ドル(2022年、約14兆9200億円)であり、その3分の1以上は、不法滞在者には原則として受給資格のない社会保障税、公的医療保険メディケア税、失業保険税に充てられている。
こうしたことから、仮に1100万人(もしくはトランプが主張する2000万人)を全て強制送還すれば、アメリカ経済に大きな影響が生じる。不法滞在者はアメリカが必要とする労働力であるのは明白で、ならば強制送還ではなく、安定した滞在資格と労働に見合った収入を提供する仕組みが要るということだ。
もちろんアメリカといえどもキャパシティーの限界はある。移民の受け入れと制限のバランス。それを見極めることこそが、大統領に課せられた使命なのだ。(敬称略)