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アメリカに今また押し寄せる移民の波 排除か包摂か、2大政党の分断と移民たちの苦悩

World Now 更新日: 公開日:
移民の臨時受付センターが設けられたマンハッタンのホテル前に並ぶ新たに到着した移民たち
移民の臨時受付センターが設けられたマンハッタンのホテル前に並ぶ新たに到着した移民たち=2023年8月1日、ニューヨーク、ロイター

大統領選を11月に控えた今、アメリカは移民問題で揺れに揺れている。国境に押し寄せて長い行列を作る移民たちや、バスでニューヨークなど大都市に送られ、冷たい歩道で眠る移民たちの姿がメディアに映し出される。移民受け入れの予算が足りないと政府に陳情する市長。予算案をつくる連邦議会は移民政策でもめ、バイデン大統領を含む次期大統領選の候補者たちは、国境警備の強化を盛り込んだ超党派の法案の是非を問い続ける……。それでも移民たちはアメリカの地に根を張ろうと日々苦闘を続けている。(堂本かおる=ニューヨーク在住ライター)

難民申請希望者の大量流入

アメリカはいつの時代も夢と希望を胸に世界中から移民がやってくる国だったが、現在のメキシコ国境からの「難民申請希望者」大量流入は過去のパターンとは大きく異なっている。

国土安全保障統計局のデータによると、2021年1月のバイデン大統領の就任以来、アメリカ南部の国境に少なくとも630万人が押し寄せ、うち240万人以上が入国している。

正規のビザを持たない者も難民申請希望者であれば入国でき、難民申請期間中はアメリカ国内に滞在できる仕組みだからだ。

厳しい移民政策を敷いたトランプ政権(共和党)から、移民に寛容なバイデン政権(民主党)への移行に伴って難民申請希望者(以下、移民)が増えることは予測されていたが、それをはるかに上回る膨大な数となり、今、アメリカは混乱状態に陥っている。

南部国境からの入国者は、かつては仕事を求めるメキシコ人が多かったが、今は南米ベネズエラ人が増えている。祖国の極度の政情不安とギャングによる凄惨な暴力から逃れるためだ。したがって単身者だけでなく、家族連れや子供が増えている。

テキサスから「移民バス」続々、ニューヨークの混乱

移民はまず、メキシコとの長大な国境線を持つ南部テキサス州に入ってくる。

大量の入国者受け入れに業を煮やしたテキサス州のアボット知事(共和党)は2022年、ワシントンD.C.やニューヨーク市など民主党地盤かつ移民に寛大な条例を持つ、通称「聖域都市」に移民をバスで送り込み始めた。移民受け入れを唱えるリベラル都市も、実際に体験してみればテキサスの苦労がわかるだろうと言うメッセージだ。

テキサス州から出発したバスに乗ってニューヨークに到着し、市の当局者から出迎えを受ける移民。小さな子どもも多かった
テキサス州から出発したバスに乗ってニューヨークに到着し、市の当局者から出迎えを受ける移民。小さな子どもも多かった=2022年9月2日、朝日新聞社

もっとも、一時は今回の大統領選に出馬するだろうと言われたアボット州知事の「移民バス」は共和党から民主党への挑戦状とも言え、現在のアメリカの2党分断を象徴する行動だ。一度はワシントンD.C.にあるカマラ・ハリス副大統領の自宅前に移民を下ろしたことが、それを物語っている。

こうした南部からの移民が、ニューヨーク市には現在までに17万人以上到着している。ニューヨーク市に着いた移民たちは、同市に「ホームレスに滞在場所を無料提供」する条例があることを知る。ホームレスの定義は自宅住所を持たないことであり、到着したばかりの移民にも当てはまる。これを移民たちがSNSで拡散したことから、さらなる移民が同市にやってくるようになった。

同市は既存のホテルをシェルターに転用するも、部屋は圧倒的に不足。ニューヨーク市のエリック・アダムス市長は、市街から離れた海沿いにテント村を作るもストーム時には洪水の可能性があると発覚。

移民の救援センターが満杯になり、臨時受付センターが設けられたマンハッタンのホテル前の路上で眠る移民たち
移民の救援センターが満杯になり、臨時受付センターが設けられたマンハッタンのホテル前の路上で眠る移民たち=2023年7月31日、ニューヨーク、ロイター

移民は新天地で新たな生活を打ち立てねばならず、市街区へのアクセスが必要となる。難民申請などの法的手続きを支援団体のサポートによって行い、仕事を見つけ、子供がいる場合は学校に通わせなければならない。

ところがシェルター不足から市長はシェルターの滞在期間を単身者30日、家族連れは60日へと短縮した。期限が来るといったん退所し、再度の入所申請をしなければならない。同じシェルターに戻れる保証はない。市街区のシェルターに入所して仕事や子供の学校を見つけた移民には大変な負担となっている。

今年1月に入ると、主に若い男性移民による暴力事件が発生し始めた。

マンハッタンの移民シェルター前で起きた騒動に駆けつけたニューヨーク市警の警察官らが、群衆の中の男1人を拘束しようとしたところ複数の人から攻撃を受けた
マンハッタンの移民シェルター前で起きた騒動に駆けつけたニューヨーク市警の警察官らが、群衆の中の男1人を拘束しようとしたところ複数の人から攻撃を受けた=2024年1月27日、ニューヨーク、ロイター

移民同士のいさかい、移民と警備員や警官とのもめ事の結果、移民1人が亡くなっている。そのほとんどが市内を流れる川に浮かぶランドールズ島に作られたテント村のシェルターで起きている。

ランドールズ島はマンハッタンからバスでわずか10分の距離とはいえ、市街地から完全に隔離された島という環境であり、入所者にさらなるフラストレーション、疎外感を与えているのではないかと思われる。

ニューヨーク市は移民対応に莫大な予算を使っており、そのしわ寄せとして学校や警察などの予算が大幅にカットされている。1月、ニューヨーク州知事が24億ドル(3585億円)を拠出すると発表するも、市長は「それでも足りない」と訴えている。

その一方、市長は連邦政府からの支援は諦めたと語っている。アメリカ議会は移民政策をめぐってもめにもめている最中であり、共和党はバイデン政権の国土安全保障省(通称「移民局」を総括する省)の長官を弾劾(だんがい)しようとしている。2党の分断と対立が移民対応の現場である地方行政に影響を与える事態となっているのだ。

アメリカの繁栄を支えた移民たち

先に書いたように、アメリカは常に移民が流入し続け、その労働力と頭脳によって繁栄してきた国だ。

同時に移民の数が増えると先にやってきた移民の子孫が自身を「アメリカ人」と定義し、後からやってきた移民を排斥する歴史を繰り返している。とは言え、新移民の労働力なくしては経済が成り立たないことから結局は受け入れ策を施行、または事実上の「放置」も行われてきた。

アメリカは第2次世界大戦中の1942年から1964年にかけて「ブラセロ」とよばれるゲストワーカー(季節労働者)のプログラムを施行した。農繁期にメキシコ人に期間限定ビザを発行し、終了後はメキシコに返す仕組みだった。施行中の22年間に累計450万人以上のメキシコ人がアメリカで働き、ビザの期限後もアメリカに残った者が少なからずいた。その後も アメリカの農場は人手不足から常に不法滞在のメキシコ人を雇い続けてきた。

第2次世界大戦後にアメリカで季節労働者として働いた通称「ブラセロ」たちの写真を掲げて、アメリカ国内のメキシコ系やラテン系移民への支持を訴えデモを行う人々
第2次世界大戦後にアメリカで季節労働者として働いた通称「ブラセロ」たちの写真を掲げて、アメリカ国内のメキシコ系やラテン系移民への支持を訴えデモを行う人々=2006年5月1日、メキシコ首都メキシコシティ、ロイター

1986年、ロナルド・レーガン大統領は不法滞在者への恩赦を行い、約300万人に永住権を発行した(Immigration Reform and Control Act of 1986)。その世代が祖国から呼び寄せた子供たち、またはアメリカで産んだ子供たちは現在のアメリカの中核を成す世代となっている。

バラク・オバマ大統領は犯罪歴のある不法滞在者の強制送還を多数行う一方で、2012年にDACA(Deferred Action for Childhood Arrivals)を制定した。

子供の時期に滞在資格を持たないまま渡米して成長した若者たちを強制送還から守り、大学進学や就職を可能にする法だ。ただし共和党の反対に遭い、DACAは永住権や市民権につながらず、2年ごとに延長しなければならないシステムとなった。

ホワイトハウスで会見するオバマ大統領(当時)
ホワイトハウスで会見するオバマ大統領(当時)=2016年12月16日、ワシントン、ランハム裕子撮影

2017年、トランプ大統領はDACAを廃止する目的で一時凍結した。

DACA申請者は通称「ドリーマー」と呼ばれるが、多くのドリーマーがすでに進学、就職、結婚、出産育児をし、アメリカに根を張って暮らしていた。彼らは資格延長が出来ず、就職していた者も自宅待機となり、強制送還の可能性に怯えた。ドリーマーの中には、例えば救急隊員としてアメリカ市民の命を文字通りに救っていた者もいた。

2021年、バイデン大統領は大統領就任当日にDACA復活の大統領令を発令した。

明るみに出た移民の子どもたちの違法就労

現在、メキシコ国境から流入している移民の子供たちには、ヒューマン・トラフィッキング(人身売買)、および児童就労の問題が持ち上がっている。

朝食シリアルのチェリオスや自動車のフォードのような大企業、食肉処理場、建築現場などが、中高生に相当する年齢の子供たちを不法に働かせていること、危険な作業に従事させられ、ケガや死亡する子供が出ていることをニューヨーク・タイムズ紙が報じた

その後、各企業は事態の改善を唱えたが、そもそも論として「アメリカはなぜ移民児童の違法就労に頼らねばならないのか」という疑問が残されたままとなっている。

「不法移民」を祖先に持つセレブも

移民がアメリカに提供するのは労働力だけではない。アメリカがアメリカたり得る文化も、多くの部分が移民とその子孫によって育まれている。

人気シンガーのセレーナ・ゴメスはテキサス州出身のメキシコ系アメリカ人だ。

ハリウッドで行われた映画のプレミアに登場した歌手セレーナ・ゴメス
ハリウッドで行われた映画のプレミアに登場した歌手セレーナ・ゴメス=2019年11月7日、カリフォルニア州ロサンゼルス、ロイター

トランプ政権が移民策を強化し、多くの不法滞在者が摘発、強制送還におびえながら暮らしていた2019年に、タイム誌への寄稿を行っている。

1970年代にセレーナの叔母がメキシコからのトラックの荷台に隠れて密入国し、祖父母もそれに続いたとある。その祖父母からアメリカの地で生まれたのがセレーナの父親だ。アメリカは国籍に関して出生地主義を採っており、父親はアメリカ国籍だが、両親が不法滞在者の子として大きな不安の中で育ったことは想像に難くない。

こうした家族の体験からセレーナは、最初に移住した親族がいなければ自分も存在し得なかった、移民への共感(empathy)、思いやり(compassion) が必要だ、声を上げたくとも上げられない人たちのために自身のセレブとしての立場を使う責任が自分にはあると綴っている。

セレーナが不法滞在の8家族を追ったネットフリックスのドキュメンタリー・シリーズ「Living Undocumented」(2019年)のエグゼクティブ・プロデューサーを、反移民派からの批判を承知で引き受けた理由だ。

セレーナ・ゴメスが製作総指揮を務めたドキュメンタリー「Living Undocumented」(2019年)予告編

ネットフリックスで主演シリーズ「Mo」を持つコメディアンで俳優のモー・アマーは、自身が永住権も市民権も取得できない難民だった。長年、難民ビザが発行されず、不安定な滞在資格のまま成長してコメディアンとなり、成功を収めている。

パレスチナ系のアマーは9歳の時に湾岸戦争を逃れて家族とともに渡米してきた。アマーがアメリカ市民権を得たのは28歳の時だった。主演シリーズ「Mo」は、そうした「違法移民」としての自身の人生をユーモラスに描いたものだ。

モー・アマーの人気コメディー「Mo」予告編

アマーはイスラエルとハマスとの戦争勃発後には、アメリカ議事堂前での停戦デモで「人間性はどこに?」と渾身のスピーチも行っている。

ヒューマニティーを忘れない

移民はアメリカにとって永遠の課題だ。

根源的には世界中の全ての国が政情と経済で安定し、人種や宗教など特定の属性に対する差別がなくならない限り、アメリカへの移民はなくならないだろう。仮にそれらが解決したとしても、大規模な自然災害による難民は派生する。アメリカは大国として、そうした国々からやってくる人々を受け入れる責任がある。

そもそもアメリカも労働力、知力、文化、活力のために移民を必要としている。しかし受け入れられる数には限りがある。どのような移民を、どれほど、どう受け入れるか、それとも受け入れないか。アメリカの葛藤は続く。

ただ一つ忘れてはならないのは、セレーナ・ゴメスやモー・アマーも言うように「ヒューマニティー」、たとえ不法滞在者であったとしても、彼ら移民も私たちと同じ人間であると認識することだ。

(一部敬称略)