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もはや爆発寸前、ギリシャの難民キャンプ エーゲ海は「緊張の海」に

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
FILE -- A community of Afghan refugees participate in a mourning ritual at the Moria camp, on the island of Lesbos, Greece, Aug. 9, 2019. Life in the overcrowded migrant camps on Greek islands “has dramatically worsened
ギリシャ・レスボス島のMoriaキャンプで、追悼の礼拝に参加するアフガニスタン難民=2019年8月9日、Laura Boushnak/©2019 The New York Times

ここ1年、ギリシャの島々にある移民キャンプは、超満員でごった返し、「劇的に悪化してきた」――2019年10月31日、欧州トップの人権問題担当官がそう警告した。数千人の難民が、生活基盤を得ようと争っている、という。

欧州評議会の人権委員ドゥーニャ・ミヤトビッチ。いくつかのキャンプ地を見て回った後、彼女はアテネで記者会見し「もはや爆発寸前の状況だ」と現状を述べた。多くの人たちにとって「生き残りをかけた闘いになってきた」と言うのだった。

その日は、ギリシャ国会でキャンプにおける難民の飽和状態を緩和する法案採択が見込まれていた。しかし、法案に盛り込まれた緩和策は、ただ単に一連の問題を他の問題にすり替えるだけではないか、とミヤトビッチは示唆した。

「私が訪ねたキャンプはどこも超満員で、医療と公衆衛生が絶望的に不足している」。会見で、彼女はそう語った。「人々は食料配布時であってもシャワーを浴びることができる時であっても、行列をつくって何時間も待たなければならない」と。

彼女は、移民の中には「とりあえずのシェルター(避難所)を確保しようと、少しでも平らな空間をつくるために急な斜面の岩を少しずつ削り取り、シェルターに使う木まで自分たちで切り倒す家族までいる」と明かした。

ミヤトビッチのコメントは、ギリシャが4年前(2015年)の大量難民危機から今なお脱出できないまま深刻な事態に直面している窮状を強調するものだった。すなわち、隣国のトルコから流入する難民が増え、多くの人は、今後さらにシリアからの移民の新たな波が押し寄せてくるのではないかと恐れているのだ。

Refugees and migrants wait to be transferred to camps on the mainland, at the port of Elefsina near Athens Greece, October 22, 2019. REUTERS/Costas Baltas
アテネ近郊のエレフシナ港でギリシャ本土内のキャンプに移送されるのを待つ難民たち=2019年10月22日、ロイター

ギリシャでは、約7万人の移民が難民申請中だ。このうち約3万4千人はエーゲ海の島にあるキャンプに滞在しており、その多くが他の欧州の国々に移住したがっている。しかし、EU(欧州連合)加盟28カ国は難民対応策で合意ができずにいる。その「政治的な行き詰まり」をミヤトビッチは非難した。

チェコ、ハンガリー、ポーランドはこれまで相応の難民の受け入れを拒否してきたが、EUの主任弁護士の1人は10月31日、15年に(EU閣僚理事会で)決定されたEUの難民政策の下では、拒否する法的根拠はないと欧州司法裁判所に勧告した。欧州司法裁は域内の主任弁護士らの勧告はおおむね受け入れているが、EUの移民政策がどれほど強制できるのか、はっきりしない。

ミヤトビッチは、サモス島の「耐え難い」状況を説明した。島内のある移民センターでは6千人が滞在しており、これは最大収容能力の9倍だ。また、レスボス島の移民者キャンプも、18年に7千人だったのが19年現在では1万4千人近くまで急増した、と述べた。ここ数週間、両島のキャンプ地では暴動が発生し、いら立った移民がギリシャ本土への移送を要求し、放火する事態まで起きた。

View of a camp for refugees and migrants following a fire on the island of Samos, Greece, October 15, 2019. REUTERS/Samiaki TV
ギリシャ・サモス島の放火された移民キャンプ=2019年10月15日、ロイター

首相キリアコス・ミツォタキスが率いるギリシャ政府は、同年末までに2万人の移住者を本土の収容施設に移送する計画を進めており、ミヤトビッチはこれを歓迎した。

しかし、一方でギリシャ政府はトルコからボートで渡ってくる移民対応策を変更する計画で、人権活動家たちが批判している。この批判の合唱にはミヤトビッチも加わっている。

政府が提案している対応策の変更は、難民申請の手続きの簡素化と難民保護を認められない者をいち早く国外退去させる、というスピード化法案。難民としての保護が認められない者はまずはトルコへ、それから、多くのケースがそうだが、脱出してきた祖国へ送り返される。ギリシャ政府は、同年末までに1万人をトルコに送り返す計画だと発表した。

ミヤトビッチは、提案された法案では①当局者は移民を以前より簡単に、しかも長期間勾留することができるようになる②難民申請を拒否された移民が当局の決定に不服を申し立てるのが一層難しくなる、と語った。

人権団体は10月31日、法案への投票が行われる前にアテネ中心部で抗議集会を開いた(訳注=法案は同日深夜、可決された)。

ミツォタキスは、ギリシャだけでは移民危機の負担に耐えられないと繰り返し述べていた。

トルコとEUは16年の協定で①トルコは欧州への不法移民を制限する②ギリシャは、同国の海岸にたどり着いた人々を難民申請手続きが済むまでエーゲ海の島々に限って収容する、ということで合意した。しかし、実際には多くの移民が何とかギリシャ本土に渡っていった。本土からだと欧州の国々に潜り込んでいくのも比較的簡単だ。

ミヤトビッチは、エーゲ海の島々における「人道的な危機」を緩和するには、できるだけ多くの人を本土に移さなければならないと言い、島々に制限する合意条項の解除を示唆した。だが、欧州各国の当局者は、そんなことをすればさらに多くの移民に拍車をかけることになると警戒している。

ギリシャとトルコでは、エーゲ海の密航問題を巡って緊張が高まっている。トルコ大統領のレジェップ・タイイップ・エルドアンは、現在同国にいる難民を欧州に送り込む、と警告した。

19年10月下旬、トルコ外務省はギリシャがエーゲ海を渡ろうとしていた2万5千人以上の移民をトルコに押し返した、と当局を非難した。これに対し、ミツォタキスは、トルコこそ難民危機を利用し、「迫害されている者を人質にして、地政学的な目標に突き進んでいる」と反論した。(抄訳)

(Niki Kitsantonis)©2019 The New York Times

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