――『ゴースト・トロピック』は真夜中のブリュッセルが舞台です。
経済は24時間、休みなく動き続けています。自分たちが寝ている時間でも働いている人々を紹介したかったのです。普段の人生と違う出会いも生まれます。「真夜中は危険で未知の世界だ」というのは、映画が作り出した誤解だと思います。私の実体験でもありますが、夜の世界には心温まる出会いがいくつもあります。静かな夜には、むしろ人間同士が近しい存在になります。映画のなかでも、深夜のバスの車中で見知らぬ乗客同士がすぐに会話を始めるシーンがありますが、昼間ではこうはいきません。
――カディジャはヒジャブ(イスラム教徒の女性が髪を覆うために付ける布)を着けていますね。
ブリュッセルには北アフリカ出身の移民たちのコミュニティーがたくさんあります。彼女もそのなかの一人です。私はベルギー人の白人男性で移民を語るには適していないかもしれませんが、ヒジャブを着けている人も、着けていない人もきちんと表現したかったんです。ヒジャブを着けた人が主人公の映画作品はそんなにないと思います。普段、あまり目につかない人をきちんと描きたいと考えました。
――『Here』では自然を多く取り入れています。様々なコケのカットを説明抜きで続けるシーンもありました。
人間と自然の関係性が薄れているので、いま一度その関係に光を当てたかったんです。都会にも緑がある場所があります。映画ではそれがシュテファンとシュシュの出会いを作りました。
人と人との関わりについて、他の映画作品とは違うストーリーを作りたいと考えています。
今、テロや武器といったバイオレンスを、人と人との関わりのきっかけに使うストーリーがあふれています。敵対する人間関係ではなく、お互いに協調する人間関係を語りたいのです。もちろん、敵対関係を描くより、ずっと映画にするのが難しいテーマです。でも、ずっとヒューマンだとも思います。
テロや殺人や武器の代わりに、コケやスープを巡るやり取りを通じて、観客の方に興味を持ってもらえる作品をつくりたいと思ったのです。
――ウクライナやガザなど、現実の世界ではバイオレンスがあふれています。
おっしゃるとおり、世界中で暴力的な出来事が起きていますが、それがどこまで人間の本質を語っているのだろうかと考えます。
ちっぽけな作品の監督に過ぎない私が、世界の脅威について回答を出すこと自体に無理がありますが、人間の本質が戦いを求めるというよりも、地政学や経済などの影響ではないでしょうか。人間の資質は元々、敵対するものではないと思いますが、恐怖心や国家の利益などの条件次第で、敵対せざるを得なくなるのではないかと思います。
人間は元々オープンで他人と共存できる資質を持っていると思いますが、今の現実世界では忘れられているようです。今の経済システムは非常に攻撃的で反人間的な側面もありますから。
――日本はまだまだ移民社会と距離がありますが、いずれ向き合わなければいけないテーマだと思います。
自分の作品はいつも、「人に対する思いやり」「他人に注意を払う」ということをテーマにしています。今の現実は非常に気が散る世界です。二つの作品を見て、「他人にもう少し、気を配ろう」と感じてほしいのです。愛情は、ちょっとした思いやりや気にかけることから生まれますから。現代は、こうした感情がますます貴重になっているのではないかと思います。