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中国映画「海街奇譚」チャン・チー監督が描いた「政治も国境もない」普遍的愛情と成長

World Now 更新日: 公開日:
チャン・チー監督の中国映画「海街奇譚」の一場面
チャン・チー監督の中国映画「海街奇譚」の一場面=©Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

中国映画「海街奇譚」(2019年)の予告編

「単純ではないストーリー」の象徴が、映画に登場する4人の女性だ。

都会で暮らす妻、離島の小学校で働く教師、ダンスホールの女、そして主人公の男が泊まる宿の女主人だ。このうち、妻と教師、ダンスホールの女は、同じ女優が3役で演じている。チャン監督は、人間関係を描くのではなく、それぞれの人生を切り取ったのだという。

監督は「教師は20代。ダンスホールの女は、より多くの人と付き合って人間関係が複雑になった30代、宿の女主人は金もうけに執着する40~50代」と説明する。「突き詰めれば、登場人物の男たちはすべて同一人物、女たちも同一人物。人生は環境や選択でどんな風にも変化するということを言いたかった」と語る。

チャン監督は1987年生まれの新鋭だ。長編作品は今回が初めてだという。

チャン・チー監督
チャン・チー監督=©Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

映画製作の学校として著名な北京電影学院に2013年から2014年にかけて通ったが、そこでは主に映画製作の技術を学んだという。「常に自由に映画を作ってきた。外国の映画や舞台、演劇などから刺激を受けている」と語る。日本の黒澤明、大島渚、北野武らの作品も大好きだという。

常に自由に作品を作っているというチャン監督にも悩みがある。

「商業的でビジュアルも映える映画」と、『海街奇譚』のように「もっと深い人間像を捉えるような、自分の考えを伝える映画」との間でどうバランスを取るか、常に考えているという。「二つの方向性は真逆だ。一方は商業を重視し、もう一方は芸術を重視する。バランス良く撮影することが理想かもしれないが、悩むときもある」という。

さらに、広大な中国特有の悩みも生まれる。例えば、中国で最も有名なチャン・イーモウ監督作品は、中国北部のイメージが強いという。

中国のチャン・イーモウ監督
中国のチャン・イーモウ監督=2015年2月12日、東京、朝日新聞社

チャン・チー監督は上海に近い浙江省の海辺の街の出身。今回の作品は、芸術的な志向が強いため、あえて「万人受け」を狙わず、自分の出身地の南部を象徴する海や島などをふんだんに取り入れたという。

映画では、中国語の原題「海洋動物」そのままに、カブトガニや鯨、タコなどがふんだんにモチーフとして使われている。

「中国の北部と南部では、嗜好や興味などのポイントが全然違う。中国で今はやっている人気ドラマには上海語版と標準語版があるが、私からみれば、標準語版は翻訳作品を見ているようで味気ない」とまで語る。

「映画人としてどう撮るか。商業映画を作るなら、対象は全国だ。テーマも誰もが理解できるものにする必要がある。地域に関係なく、皆が興味を持つ物語にすることが大切だ。でも、今回の映画は、作者が作りたいもの、深い思想を伝える映画だから、特定の地域のカラーを出しても良いと考えた」

中国には「不自由」「束縛」というイメージがついて回る。権力を批判したり、風刺したりすることにも限界が伴うだろう。最近も、香港警察が、香港国家安全維持法(国安法)違反に問われた香港の民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)氏が留学先のカナダから帰国して出頭しなければ指名手配する方針を明らかにした事件があったばかりだ。

それでも、日本で公開される作品を通じ、チャン・チー監督の考え方に触れることで、よりリアルな中国の人々の姿を発見できるだろう。

チャン監督はこう語った。「この作品の主題は個人が持つ愛情と成長。政治に関係なく、国境もなく、世界中のどの国も人種も受け入れられるテーマだ。人間は、こうした独立した空間のなかで、イデオロギーも政治も考えず、自分の成長や愛に集中すると、お互いが可愛い存在に見えてくるんだ」