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映画『帰れない二人』の中国人監督、「言うべきことは言う」を貫く

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
東京でのインタビューで答えるジャ・ジャンクー監督

ジャ監督は中国社会への批判も込めた作品を中国国内で撮り続け、作品の外でも社会的な発言をいとわない、中国ではきわめて稀な存在だ。

『帰れない二人』より ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

初の長編監督作『一瞬の夢』(1997年)がベルリン国際映画祭で新人監督賞やアジア映画賞を受賞するも、無許可での撮影だったことから、当局から映画製作をしばらく禁じられたという。北野武(72)が立ち上げたオフィス北野の支援で製作を続け、『長江哀歌』(2006年)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞に輝き、国際的な評価をさらに高めた。一方、中国で起きた犯罪をもとにした『罪の手ざわり』(2013年)は中国で公開がかなわず、今も上映されていない。

今回の『帰れない二人』は2001年、炭鉱の街・山西省大同で始まる。チャオ(チャオ・タオ、42)は、雀荘などを取り仕切るやくざ者のビン(リャオ・ファン、45)の恋人として羽振りのいい日々を送る一方、炭鉱作業員の父は、石油に需要を奪われ、仕事を失っていた。そんな中、ビンと暮らしたいと願うチャオはある日、とある事件に巻き込まれ、ビンを守って収監。出所した5年後、チャオは三峡ダムの建設が進む長江を船で進む。故郷・大同から姿を消したビンを追い、やがて水底に沈みゆく古都・奉節に降り立つ――。新疆ウイグル自治区をも舞台にしながら、物語は2人を2017年まで描いてゆく。

『帰れない二人』より ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

2001年の中国は、大量のモノやヒトをますます世界に送り出し、外国企業の進出も盛んになり、市民の所得も増えて、都市部を中心に消費ブームに沸いた。朝日新聞はこの年、「膨張する中国」と題した連載を始め、私も「世界の工場」として台頭した沿海部を取材して回った。そう言うと、ジャ監督は「新聞社の方も私と同じ視点でもって、『2001年はまさに変化の時期だ』と思ったんですねぇ」と笑った。「今は、当時予想しなかったことがいろいろ出てきている。若い人たちは都会に働きに行き、農村の人口構成が非常に偏って、村に残るのは老人と子どもが中心になった。一方でインターネットや高速鉄道が発達し、中国がどんどん小さくなり、国内の距離と時間が縮んだ気がする」

そんな変化を表すひとつとして、ジャ監督は今作に「裏社会の人々」を登場させた。ジャ監督は「社会の底辺を構成する人々の一部である、現在の裏社会の人々について描きたかった」と語る。同時に、「今いる裏社会の人々を描くのは、とりわけ挑戦だった。裏社会は中国でまず、あってはならないものだから」と言った。だとしたら、検閲制度がある中国で、物言いがつくことはなかったのだろうか。そう問うと、ジャ監督は「検閲で特に問題になるようなこともなく通った」と答えた。

中国での映画の検閲について、ジャ監督は「客観的に見て、今年になって厳しくなった」と話す。6月の上海国際映画祭では抗日戦争を戦った国民党を軸に描いた『八佰』のオープニング上映が直前に中止となった。2月のベルリン国際映画祭では、文化大革命を描いた張芸謀(チャン・イーモウ)監督(69)の『一秒鐘(英題: One Second)』の出品が急遽、取り下げられた。「技術的な問題」との説明だが、その後、「中国国内でも上映できなくなっている」(ジャ監督)という。こうしたことが今後も続けば、中国で困難に直面しても、国際的な場で名声を高めてきたジャ監督のような道が、閉ざされかねない懸念がある。

「検閲の担当当局が、共産党宣伝部の直轄に変わったからだと思う」とジャ監督は語る。

ジャ監督は『八佰』上映中止を受けて6月半ば、中国版ツイッター「微博」に「映画産業はこんなことをしてはいけない」と書き込んだ。すると一般の人たちから、ジャ監督に賛同する批判的なリプライコメントが当初相次いだが、その後、第三者からのコメント書き込みができなくなった。

『帰れない二人』より ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

この時の心境について聞くと、ジャ監督は「とても心配し、非常に憂慮する気持ちで書き込んだ」と語った。「張監督の件も含め、芸術の創作でそういうことをしてはいけない、それは芸術に対する軽視だと思った。芸術はもっと自由なものであるべきだ。こういうことがあると、作り手にも出資者にも、負の状況がいろいろ生じてくる」

今回の『帰れない二人』は、昨年4月に検閲が通ったという。「担当が党宣伝部になったのはその後。自分としてはそれ以来まだ1本も検閲を経ていないので、影響がどれぐらいのものかはわからない」

「私は一貫してずっと、自分の思うことについて自由な表現を堅持してきた。ただ、作品がそれぞれ違う運命になったことは確かで、例えば『罪の手ざわり』は中国では公開が不可能になった。映画を撮って公開できないとなると、コストなど犠牲になるものが多くある。私は寡作ではないが、検閲がなければもっと多くの作品を撮っていたと思う。自分の独立性を保つためにも、検閲を通すために多くの精力を注がなければならなかった」

ジャ監督は、「とはいえ検閲は、実はこれまでだんだんとゆるくなっていたのが実情だった」と言う。それが今年に入り厳しくなったわけだが、かと思うと「今まで通らなかった作品が新体制になって通った不思議な逆の事象も起きている」そうだ。「当局の人たちには、映画の作り手の思いをわかってもらうようにならないと困る。映画というものをしっかりと考えてもらいたいと思う」

世界第2の映画市場へと躍進して久しい中国。一連の状況を受け、中国映画人たちの萎縮が起きたりしないだろうか。そう言うと、ジャ監督は「若い監督たちも、微博などネットでいろいろ発言したりしている。上海国際映画祭のフォーラム部門でも、ものすごく激烈な議論が飛び交った。ただ、それがあまり報道されていない」と語った。

『帰れない二人』より ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

中国の映画興行収入はこのところ落ち込んでいると報じられる。「映画市場で優位を占める商業映画は、検閲(への配慮)とはあまり縁がない。だから市場自体の動向に検閲が影響しているとは言えないと思う。ただ、全体的に中国経済が下降状態で、消費も落ち込んでいるため、映画産業も影響を受けるという状況ではないか」

長らく世界で人気を博した香港の映画界は、香港の中国返還後、資金的にも市場的にも伸びる大陸との合作を重ねるうちに検閲制度にからめ取られ、勢いを失っていった。足元では、「逃亡犯条例」改正案の撤回要求に端を発した香港民主化デモが警官隊との激しい衝突を繰り返し、中国政府も強硬な姿勢を取り続けて、出口が見えない。香港のいずれの動きにも共通するのは、自由との相克だ。

「香港映画界の一番大きな問題は恐らく、市場の縮小だ。昔は一定の市場が香港の外にあったが、アジアもそれぞれ自国の映画が受け入れられるようになり、香港映画にとってのアジア市場がごく小さくなってしまった。一方、人口が700万人超しかいない香港だけで作品を公開したら、ものすごく小さな市場しかなくなる。大陸の大きな市場で公開したいからこそ、大陸に頼らざるを得なくなってきたということは言える」。ジャ監督はそう解説したうえで、言った。「香港映画に希望があるとすれば、自分たちの作りたい映画を大陸に売らなくてもいい状況を作る。そうすれば、検閲に関係なく作れるようになるかもしれない」

ジャ監督の映画『プラットホーム』(2000年)では、天安門事件に関連したとおぼしき学生の指名手配のニュースがラジオで流れる。だが大陸で天安門事件は、いまだに大きなタブーだ。香港は天安門事件の議論や追悼の主な拠点となってきたが、今年は香港の追悼集会に参加しようとした天安門事件の元学生リーダーの1人が香港の空港で入境を拒否され、出発地の日本へ送り返された。映画界を見渡しても、大陸、香港それぞれ、この歴史的な惨劇を映画で扱おうという動きは見当たらない。ジャ監督はどう感じているのか。

『帰れない二人』より ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

「あの事件は、大きな変革となった事件だったと思う。我々創作に携わる者にとって、決して避けてはいけない問題だと考えている。みんなそのことは、心の中で思っている。絶対に忘れてはいないと思う」

「私自身はたぶん、天安門事件をテーマに撮ることはないが、他のアーティストが事件に関係するような作品を撮る可能性はある。ただ、それには時間が必要だ」

大陸の表現者や、大陸と仕事をしている人たちには、検閲について質問することはおろか、天安門事件について問うなど相当難しいのが現状だ。そんな中、ジャ監督は自由に映画を撮り、自由に発言もし続けるのはなぜなのだろう。「自分は黙っていられない性格なんですね。そうした習慣があるので発言してしまうところがある。だから、言いたいことをちゃんと言う」

『帰れない二人』より ©2018 Xstream Pictures (Beijing) - MK Productions - ARTE France All rights reserved

ジャ監督も次回作は、厳しくなったという新体制の検閲を経なければならない。「監督としては、まずとにかく自分の撮りたいものをちゃんと撮り、自分を堅持していくことしかない。それ以外に、いい方法はないですね」