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自由な表現を貫く意味 中国の映画監督が語る「避けてはいけない問題」

Global Outlook 世界を読む
ジャ・ジャンクー監督=外山俊樹撮影

――初の長編監督作『一瞬の夢』(1997年)がベルリン国際映画祭で新人監督賞などを受賞するも、無許可撮影だったことで当局から映画製作をしばらく禁じられました。実際の犯罪をもとにした『罪の手ざわり』(2013年)は、中国で今も上映されていません。最新作『帰れない二人』はどうだったのでしょう。

『帰れない二人』は、今存在する裏社会の人々を扱ったために、とりわけ大きな挑戦でした。裏社会は中国でまず、あってはならないものだからです。でも検閲は昨年4月、問題になることもなく通りました。実は検閲はこれまでだんだんゆるくなっていたのが実情でした。それが、客観的に見て、今年になって厳しくなりました。

――何があったのでしょう。

検閲の担当当局が、党宣伝部の直轄に変わったからだと思います。

今年2月のベルリン国際映画祭で、(文化大革命を描いた)チャン・イーモウ監督の『一秒鐘』の出品が急遽、取り下げられました。国内でも上映できません。6月の上海国際映画祭では、(抗日戦争を戦った国民党を軸に描いた)『八佰』のオープニング上映が直前に中止となりました。

――ジャ監督は中国版ツイッター「微博」で6月、「映画産業はこんなことをしてはいけない」と投稿しました。

『八佰』の上映中止についてとても心配し、非常に憂慮する気持ちで書きました。チャン監督の件も含め、芸術の創作でそういうことをしてはいけない、芸術に対する軽視だと思いました。芸術はもっと自由なものであるべきです。こういうことがあると、作り手にも出資者にも、負の状況がいろいろ生じてきます。

――微博での投稿に、当局から何か言われるようなことはなかったのですか。

そうしたことはないし、私の投稿は今も見られます。でもネットユーザーがそれに何か意見を書いたり、論評を発表したりすることができなくなりました。

――ジャ監督は中国で製作が禁じられてもオフィス北野の支援などで活動を続け、国際映画祭などで名声を高めてきました。このままでは後進が同様に道を切り開くのが難しくなるのでは。

国際映画祭の出品取り下げがどういうことだったのかわからず、自分としても新体制になって以来、まだ一本も検閲を経ていないので、影響がどれぐらいかはわかりません。今まで通らなかった作品が新体制になって通った不思議な逆の事象も実は起きています。当局の人たちには映画についてしっかりと考え、作り手の思いを理解してもらわないと困ります。

私は一貫してずっと、自分の思うことについて自由な表現を堅持してきました。自分の独立性を保つためにも、検閲を通すために多くの精力を注がなければなりませんでした。私は寡作ではありませんが、検閲がなければもっと多くの作品を撮っていたと思います。

――検閲強化で、中国の映画人に萎縮が起きたりはしていないでしょうか。

若い監督たちも、微博などネットでいろいろ発言したりしていますし、上海国際映画祭のフォーラム部門でも激烈な議論が飛び交いました。ただ、それがあまり報道されていないのです。

――中国の映画興行収入はこのところ落ち込んでいる、と報じられます。

映画市場で優位を占める商業映画は検閲(への配慮)とはあまり縁がありません。だから市場自体の動向に検閲が影響しているとは言えないと思います。ただ全体的に中国経済が下降状態で、消費も落ち込んでいるため、映画産業も影響を受けるという状況ではないでしょうか。

――香港映画界は、香港の中国返還後、資金的にも市場としても伸びている大陸との合作を重ねるうち、検閲制度にからめ取られ、勢いを失いました。

香港映画界の一番大きな問題は恐らく、市場の縮小です。昔は一定の市場が香港の外にありましたが、アジアもそれぞれ自国の映画が受け入れられるようになり、香港映画にとってのアジア市場がごく小さくなってしまいました。人口700万人超の香港だけで作品を公開したら、市場はものすごく小さくなってしまう。大陸の大きな市場で公開したいからこそ、大陸に頼らざるを得なくなってきたと言えます。香港映画に希望があるとすれば、自分たちの作りたい映画を大陸に売らなくてもいい状況を作ることです。そうすれば検閲に関係なく作れるようになるかもしれません。

――ジャ監督の映画『プラットホーム』(2000年)では、天安門事件に関連したとおぼしき場面が出てきます。でも大陸ではいまだに、この歴史的な惨劇を映画で扱おうという動きは見当たりません。

あの事件は、大きな変革となった事件だったと思います。我々創作に携わる者にとって、決して避けてはいけない問題だと考えています。みんなそのことは、心の中で思っています。絶対に忘れてはいないと思います。私自身はたぶん、天安門事件をテーマに撮ることはありませんが、他のアーティストが、事件に関係するような作品を撮る可能性はあります。ただ、それには時間が必要です。

――大陸の表現者や、大陸と仕事をしている人たちには、検閲はもちろん、天安門事件について質問することすら相当難しいのが現状です。それでもジャ監督が自由に映画を撮り、自由に発言もし続けるのはなぜなのでしょうか。

自分は黙っていられない性格なんですね。そうした習慣があるので、発言してしまうところがあります。だから、言いたいことをちゃんと言うのです。

ジャ・ジャンクー
Jia Zhangke
映画監督
1970年、中国・山西省汾陽生まれ。『長江哀歌』(2006年)でベネチア国際映画祭金獅子賞。2001年以降の中国社会の変化と悲哀を描いた最新作『帰れない二人』(18年)が全国順次公開中。