Chas Freeman 1943年、米国生まれ。エール大卒、ハーバード大院修了。国務省で中国政策を担当後、ブッシュ(父)政権でサウジアラビア大使、クリントン政権で国防次官補を歴任した。現在は米ブラウン大ワトソン研究所の上級研究員。
――「ニクソン・ショック」と呼ばれたキッシンジャー大統領補佐官(当時)の極秘訪中から50周年を迎えたこの夏、中国では記念式典が開かれましたが、米国ではそうした動きはありませんでした。
半世紀前の極秘訪中に始まる米国の「対中関与政策」は、中国封じ込めの終結や、中国の国際社会への正式復帰の始まりを意味します。中国はその後、日本をはじめとする国々との国交回復も果たし、いまや経済大国です。中国にどれだけの利益があったかは明白です。
一方でニクソンがキッシンジャーを北京に派遣した狙いは、中国を味方につけて、「東西冷戦」の敵国である旧ソビエト連邦を封じ込めることでした。ところが現在、旧ソ連はすでに消滅し、米国が軍事的に対立するのは、むしろ中国です。米国側には半世紀前のできごとを祝う理由があまりないのです。
――バイデン政権がトランプ前政権と同様に中国に強硬姿勢をとるのはなぜでしょうか。
バイデン政権は同盟国や友好国との協議も重視しつつ、より洗練された形で、トランプ政権とほぼ同じ対中政策をとっている。米国のエリート層の間で、中国には厳しく敵対的に接するべきだという政治的な合意があるからでしょう。
バイデン氏は内政でとても複雑な課題を抱えており、対中政策で(野党の)共和党とたもとを分かつことは有益ではない。また、バイデン政権のスタッフの多くは、かつてオバマ政権にいた人々で、中国に関与する外交(関与外交)が好きではありません。彼らは、関与外交には中国を政治的に変革するという目的が欠けている、と見ています。
――中国の脅威は、軍事面よりも、経済、技術の分野の方が大きいと指摘していますね。
中国は現在、世界で流通する製品の30%以上を生産しています。米国は16%です。我々が中国と長期的な紛争に入り、消耗戦になったら、優位に立つのは中国でしょう。
中国は製造だけでなく、科学や技術の面でも卓越しています。世界のSTEM(科学、技術、工学、数学)人材の4分の1以上はおそらく中国人です。新卒のSTEM人材は年間200万人を超すとみられ、一部は世界でも最優秀の能力を持っています。米国のAI(人工知能)研究機関の人材の3割は中国人です。一方、米国の新卒STEM人材は年間約72万人で、3分の1は外国人です。
――インフラ投資などを進め、米国の国力を強めるというバイデン政権の方針をどう評価しますか。
中国に対抗するべく、米国の強さを取り戻すという意図は間違っていません。ただし、米国が抱える問題は私たち自身が引き起こしたのであり、原因は中国ではありません。たとえば、米国にとって重要なのは、富の公正な分配を実現することなのに、私たちは中国たたきに努めています。中国がつまずき、倒れるように仕向けるのは、間違っています。
米国は軍事力で中国との競争に勝つことはできないでしょう。経済や技術の競争で中国に勝つために、必要なことをしているとも思えません。
――バイデン政権の政策をチェスに例え「戦略が欠けている」と批判していますね。
中国と向き合うときは、囲碁を打っていると考えるべきです。囲碁は、長期的な利益のために、ときに短期的な利益を犠牲にするゲームではないでしょうか。小さな犠牲を払いながら、敵に囲まれるのを防ぐのです。ところが、米国にはそんな戦略がありません。まるで、10ヤードずつ前進することを目指すアメリカンフットボールをやっているかのようです。
ソ連が崩壊した1991年以降、世界は大変化を遂げました。しかし、米国はその変化に対応できていません。米国は同盟国との関係の再構築を試みていますが、数少ない例外を除いて、うまくいっていない。台湾で起きうる米中の武力衝突で、米国が想定できるのは日本からの支援ですが、それすら不明確です。
世界のほとんどの国は「米国か中国か」という選択はしたくない。にもかかわらず、米国は選択を迫っています。
――ニクソン元大統領は生前、自らの対中政策によって大国化した中国について「フランケンシュタイン(怪物)を生み出した」と嘆いたと伝えられています。同意しますか。
私は竜(ドラゴン)を目覚めさせたと考えています。ニクソンは北京を訪れた際、中国が開放され、一種の資本主義を採用し、世界最大規模の貿易国となり、東アジアの中心国の地位を取り戻すとは、考えていなかったでしょう。米国が覚醒させた竜は、想像よりもはるかに大きいですが、対応するほかありません。
――50年後の米中関係、そして中国はどうなっていると思いますか。
米中が建設的な関係を築くには20年はかかります。そのころまでに、中国は米国との競争ではるか前を走っているでしょう。そうなったとき、米国は「我々は中国になる必要はない」という教訓を得てほしい。私たちは自分自身を再発見し、自国の競争力を向上させるため、より多くのことをする必要があると気づいてほしい。かつて日本は中国の急成長に驚き、やがて「中国とともに生きるしかない」と認識しました。米国も日本のように、中国に適応していってほしいと願っています。(聞き手・アメリカ総局長 望月洋嗣)