――人種差別は法制度の形で社会に組み込まれ、構造的に存在しているとする「批判的人種理論(Critical Race Theory=CRT)」が全米で議論を呼んでいます。理論を公教育に広く取り入れるべきだとの意見に対し、理論自体が逆差別だとの批判もあります。どのように受け止めていますか。
批判的な人たちは、CRTを「反白人」の理論だと定義している。これは「すべての白人は邪悪だ」という理論で、でっち上げだというのだ。CRTの本当の歴史やどのように構築された理論かを知る人は、反人種差別のための理論だと理解している。この理論は人種的不平等がどれほどしぶとく残っているかを、暴き、分析することを長らく目的としてきた。
――2021年秋の米バージニア州知事選では、CRTは学校で教えるべきではないと主張した候補が勝利しました。
保護者も教育者も、子どもにとって人種差別を学ぶことがいかに重要かを、まず認識すべきだ。黒人の子どもが自分の肌の色に何の落ち度もない、ということを学ばなければ、社会に出て誤った考え方に陥る。アジア系の女子が自分の目の特徴に何の問題もない、と認識しなければ、また、白人の子が自分の肌の色によって自分は特別ではないと教えられなければ、社会に出て間違った認識を持つ。
この世の中では、子どもたちは外見によって屈辱的で不正確なことを言われてしまう。私たちはそうした世界に生きていることを認めないといけない。人種差別的な考え方は真実ではないと積極的に教えなければ、彼らは人種差別主義の被害を受けやすくなってしまう。
新型コロナでも、教育でも、環境問題でも、その分野の専門家がエビデンスに基づく意思決定をすべきだ。教育者や専門家ではない政治家や保護者が意思決定をすべきではない。専門家による決定が子どもにとって最良の教育環境をつくると考えている。
――1990年代には差別を克服するためのアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)でさえ、「人種差別主義」との批判を受けたそうですが、いまはそう考える人はほとんどいません。反差別を重要だと考える人は増えるのでは?
人種差別主義の存在を認識する米国人はかつてなく多い。多くは人種差別主義が分断を招き、米国の民主主義を脅かすと認識している。黒人差別に反対することは、ネイティブアメリカン差別、アジア系差別、ヒスパニック差別への反対運動をも強めていく。さらに、それぞれの人種が連携する状況も生まれる。その結果、多くの白人も人種差別は、白人にも、米国にとっても有害であると気づくようになる。今ほど人種差別への自覚が高まっている時期はないと思う。
バイデン政権には、より公平な社会の創造に尽力している人がいる。しかし、多くの州では、黒人や有色人種、ネイティブアメリカンの投票を困難にするような法制度があり、人種差別や非白人についての教育を禁じるような政策の導入も同時に起きている。バイデン政権がこうした動きに対して、立ち上がっていないことには懸念を持っている。
――反差別主義者の意見を聞こうとしない人にどう声を届けますか?
多くの人は事実を知らないだけだ。こうした人々は、情報操作によって「CRTは反白人主義」という誤った主張を信じ込んでいるにすぎない。人種差別的な考え方にどっぷりとつかっているだけなのだ。情報操作の結果、自分たちと見た目の違う人たちと隔絶されてしまった人々には、私たちは接点を持てると考えており、その努力も続けたい。
私自身も無知だったが、周囲の人々の指摘で人生で決定的な変化を遂げ、反人種差別主義者になった。私たち一人一人が、自分の近くにいて、接することのできる人について考えることは、重要だ。そうした人々に敬意をはらい、役立つ情報を提供し、面談を重ねることで反人種差別主義的な場に連れていくのだ。
人の心を変えるには、とても長い時間がかかる。でも、人種に関連する不平等や暴力、不公正を無くすには、政策や慣行を変えればいい。政策の変更であれば、私たちにも手が届く。まずは、地方自治体や州の組織でよい。
――日本でも外国出身でさまざまな人種的背景を持つ人が増えていますが、人種差別の状況は米国とは違います。日本人に伝えたいことはありますか?
たしかに人種をめぐる状況は違うでしょうが、肌の黒い人を危険や醜悪さ、貧困など否定的な要素と結びつけがちな点は、米国と似ているのではないか。私は米国の人たちに、肌が黒いか白いかが問題だと考えるのはやめようと言っている。問題はその人が置かれた環境や政策で、それらこそ変えるべきなんだと。日本でも米国でも、私たちは肌の色の違いで不平等が生じていないかと、よく考えるべきだ。そして、もし不平等があるなら、政策で平等を実現しないとならない。
人種差別的な考え方をしていると、自分と外見が違う人を、人として扱うことが困難になる。ある人の肌の色や髪質、鼻の形が見えたとしても、私たちはその人について何もわかっていない。だから、私たちは外見の違う人に会い、その人について知るべきなのだ。同じ外見の人の場合と同じように接するべきなのだ。それこそが、反人種差別主義者である、ということだ。自分の国にどうやってより平等をもたらすかをだれもが考える必要がある。(聞き手・望月洋嗣)
IBRAM.X.Kendi ボストン大反人種差別研究センター長。1982年、ニューヨーク生まれ。人種差別の歴史研究家、反人種差別活動家。米国の差別の歴史に関する著書で2016年に全米図書賞を受賞。近著『アンチレイシストであるためには』(辰巳出版)は米国で100万部超のベストセラーに。20年には米タイム誌で「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。