――孤独は世界的な課題なのですか。
はい。ここ数十年の間に孤独だと感じる人の数が着実に増えています。英国の年金受給者の5人に2人が一番の友人はテレビだと答え、世界のオフィスワーカーの半数近くが職場では1人も友人がいないと考えています。孤独は日本に限った問題ではありません。
――現状を危機と呼ぶ理由は何ですか。
孤独の悪影響が深刻だからです。孤独は心の健康だけでなく、体の健康にも影響を与えます。心臓病やがん、認知症のリスクを増大させ、1日に15本のたばこを吸うのと同様の害があると言われており、公衆衛生の面で社会に多額の経済的負担を生じさせます。
世界中で分断や過激化をあおり、政治的な危機も引き起こしています。孤独の増大とポピュリズムの興隆には明確なつながりがあります。欧米の調査で友人が少なく、社会的に孤立している人ほど、ポピュリスト政党に投票する傾向があることが分かりました。孤独感は友人や家族との関係だけでなく、政府や雇用主との関係からも生じます。目を向けてもらえない、耳を傾けてもらえないといった感覚です。ポピュリスト政治家はそうした人々に語りかけるのです。
――なぜ孤独が深刻化したのでしょう。
多くの要因があります。まず私たちは、以前より地域の集まりや組織に参加しなくなりました。都市化も要因の一つです。多くの人の中でひとりぼっちのときほど、孤独を感じることはありません。別の主な要因がテクノロジー、特にスマートフォンです。
――どういうことですか。
若者の孤独に大きな影響を与えているのが、スマートフォンとソーシャルメディアです。米スタンフォード大学の調査で、フェイスブックのアカウントを2カ月停止したグループのほうが、使用を続けたグループより著しく幸福感が高く、孤独感が低いという結果が出ました。ソーシャルメディア上の交流の質は、対面での交流に劣ります。対面なら身ぶり手ぶりで伝わることも伝わらず、相手への共感も生まれにくいからです。またソーシャルメディアでは憎悪やいじめが横行し、多くの人が疎外感を抱いています。そして、新型コロナの世界的流行が接触のない生活、対面ではなくて画面越しに顔をつきあわせる生活の普及を後押ししました。これも当然、孤独が深刻化した要因の一つです。
このように要因はさまざまですが、私は孤独危機の起源を1980年代にさかのぼれると考えています。
――何があったのですか。
孤独は新自由主義的な資本主義とともに広がってきました。かなりの数の人が経済的な意味で社会から取り残され、排除されたと感じるようになりました。また個人主義的な考え方が広がり、他の人を協力相手ではなく競争相手だと見なすようになりました。この変化はポップソングの歌詞の中にも見ることができます。
――孤独を減らすために何ができるのですか。
政府、企業、私たち個人のすべてに果たすべき役割があります。まず政府は、英国や日本にあるような孤独担当大臣のポストを作るだけでは不十分です。多額の予算や大きな権限を与えなければ、問題解決を期待することはできません。また英国では孤独対策のお金の大半が慈善団体への助成に使われていますが、公共図書館などのコミュニティーのインフラへの投資も必要です。さらに英国などでは、地域の大通りにお店がないという問題もあります。地域の店は人々のつながりを作るために重要です。もし家賃が高いためにカフェやレストランなどができないというのであれば、自治体は地域向けの事業に特別な税区分をもうけることもできます。またソーシャルメディア企業への規制も政府ができる重要なことです。
――企業にできることは何ですか。
最も安上がりで簡単な方法は、従業員が一緒に食事をするよう促すことです。米シカゴの消防士への調査では、一緒に食事をするグループは互いのつながりをより強く感じるだけでなく、仕事内容も2倍優れていたという結果が出ています。また、他人への親切や助け合い、協力といったことの価値を率直に評価する方法もあります。そうした企業の従業員は、互いのつながりをより強く感じるだけでなく、仕事の成果を改善することもできます。さらに、従業員が子どもや高齢の両親の世話をするための時間を確保することも挙げられます。職場の外で従業員が感じる孤独を小さくすることにつながります。
――私たちが個人としてできることは何ですか。
まず意識的にスマートフォンを置いて、周囲の人たちと対面で向き合う時間を増やすことです。ほかにも地域のカフェやジム、ヨガスタジオなどに実際に顔を出し、地域のコミュニティーを支えることもできます。知り合いに孤独を感じている人がいれば、電話をかけることも大切です。ソーシャルディスタンスを保ちながら実際に会ってもよいし、メッセージを送るだけでも、あなたがその人のことを気にかけていると示すことで、相手の気持ちは大きく変わります。
私たちは「孤独の世紀」に暮らしていますが、幸いなことにそれが続くとは限りません。未来は私たちの手の中にあるのです。私たちは社会全体で親切さや思いやりといったものの良さを再評価し、資本主義のあり方を設定し直す時期に来ています。(聞き手・太田航)
Noreena Hertz 英ケンブリッジ大学で博士号、米ペンシルベニア大学ウォートン校でMBAを取得。ケンブリッジ大学国際ビジネス・経営センター副所長を経て、2014年から現職。エコノミスト。政治家や企業経営者らのアドバイザーも務める。最新刊に『THE LONELY CENTURY なぜ私たちは「孤独」なのか』(ダイヤモンド社)。