――なぜ、この学校を映画の舞台に選んだのでしょうか。
映画を通して伝えたかったことは、パリ市内と郊外の教育格差です。そのためには移民や貧困など、フランスが抱える様々な問題を代表するような中学校を映画の現場にしようと思いました。映画の準備のために、初めてこの学校へ行ったのは2013年。生徒は主にアフリカ系の移民で、マリ共和国、ナイジェリア、ベナン、トーゴ……。少なくとも40カ国から来ていました。パリも「人種のるつぼ」がないわけではないですが、パリ市内より多くの民族が生活している地域なので、ここに決めました。
わたしは映画の公開にあわせて4月に東京に行ったのですが、驚いたのは、地下鉄に乗っている人の99%が、日本人のように見えたことです。日本から戻りパリの地下鉄に乗ると、いかにいろんな民族が混在して暮らしているのかということを再認識しました。
――フランソワはベテラン教師ですが、最初は学校でうまくいきません。なぜですか。
フランスでは、トップの学校にはトップの教師がいるというのが一般的な考え方。エリート校の教師である主人公は、自身の教え方に自信たっぷりで頑固。なので、郊外の中学校へ行っても問題を全て解決することができると思い込んでいましたが、実際はうまくいきません。彼の教育法はトップ学校の教育法で、郊外の学校にふさわしくないのです。
――フランスでは、義務教育を終えずに退学する生徒が多いのですね。
映画をつくるとき、初めは高校を舞台にしようと考えていました。ですが、実際に行ってみると、移民が多く貧困率が高い地域でも、静かで問題のないクラスばかりでした。成績の悪い生徒はすでに中学を卒業せずに退学したからだと聞きました。実際は、13、14歳になってもフランス語が話せず、書けない生徒がいるそうです。
――教育格差は、フランス特有の問題でしょうか。
私は、映画の公開に合わせてペルーやイタリア、メキシコ、カナダなど多くの国に行きました。どの国でも、出会った教師から「私の教師の日常はまさに映画に描かれているとおりです」と言われました。格差はどの社会でもあるものだと実感しました。教育の役割とは、その格差をできる範囲で是正することだと確信しました。
――3歳からの義務教育について、どう考えますか。
早くから物事を学ぶ面白みがあると思うので、私自身はもっと早くから保育学校に行きたかったほどです。娘と息子もそれぞれ、3歳から公立の保育学校に行かせました。言葉には人間の考え方が反映されます。自分の考え方を正確に伝える言葉を探そうとする努力は美しいものですし、幼いころから読み書きや計算を覚えることは、その後に起こりうる格差との戦いに打ち勝つ根源ともなり得ます。保育学校で一番に学んでほしいのは他人と共に生きる力、そして自由に人生を選択するための力です。
平等と成功を両立させるのは難しいことだと思います。生徒を評価するには、成績だけでなくて他の方法もある。クラスや地域、生徒にあった最適な教え方を考えるべきですし、国はそういったことに予算を使うべきです。これからの社会で教育は特に重要です。学校は、知識を詰め込むのではなく、子どもたちの生まれ持った個性を開花させる場であって欲しいです。
――教育格差をなくしていくためには、どうすべきだと考えますか。
まずは、クラスの生徒数を10~12人くらいにすることです。生徒数が減れば、教師が生徒一人ひとりと過ごせる時間が増えます。何より大切なのは、教師が生徒に勉強の面白さを伝えることです。映画では、このことを最も伝えたかったのです。学ぶことに関心を抱くようになれば、自ら勉強する意欲が生まれます。さらに、教師は生徒の成功を信じるべきです。人は期待されれば、それに応えようと全力を尽くします。「失敗する」と繰り返し言われれば、自分が成功できるという気持ちを失ってしまうからです。
オリヴィエ・アヤシュ=ヴィダル 1969年、パリ生まれ。広告代理店に勤務後、フォトジャーナリストに転身。ユネスコのミッションに参加するなどして世界中を取材。2002年に短編映画『Undercover』で監督デビュー。モントリオール映画祭で最優秀賞にノミネートされる。本作品は初めての長編作。10月2日にDVDが発売予定。
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