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アメリカでLGBTQや人種の本が続々禁書に 表現の自由はどこへ 違憲訴訟や対抗措置も

World Now 更新日: 公開日:
禁書に抗議する運動の読書イベントで、フロリダ州内の複数の郡で「禁書」になり、第4学年(おおむね9歳)以上しか読めなくなった書物を手に取る女性
禁書に抗議する運動の読書イベントで、フロリダ州内の複数の郡で「禁書」になり、第4学年(おおむね9歳)以上しか読めなくなった書物を手に取る女性=2023年3月21日、アメリカ南部フロリダ州、ロイター

ここ数年、アメリカでは学校や公立図書館での禁書が急激な勢いで進んでいる。対象となる書籍は主にLGBTQ+と黒人に関するもので、絵本から成人向けの小説までを含む。

そもそもは子供への有害図書の駆逐という名目で始まった現象だが、実際には保守派による政治的なムーブメントであり、これに対してリベラル派は表現の自由を保障するアメリカ合衆国憲法修正第1条に反すると反発。

また、当初は各地の学区などローカル・レベルで行われた禁書だが、今や禁書法、禁書の禁止法を制定する州も出現し、まさに右派と左派の戦いとなっている。

事態が拡大するに連れて大手出版社もいや応なく関わらざるを得ず、2023年11月末にはアメリカ最大の出版社であるペンギンランダムハウスが訴訟を起こしている。さらには人気シンガーのピンクが、禁書の"本場"とも言える南部フロリダ州で2000冊の禁書の無料配布を行っている。

アメリカ南部フロリダ州で開いたコンサートでパフォーマンスする歌手ピンク(中央)
アメリカ南部フロリダ州で開いたコンサートでパフォーマンスする歌手ピンク(中央)=2023年11月15日、ロイター

始まりはコロナ禍で広がった学校閉鎖と自宅学習

禁書ブームの出発点はコロナ禍にある。アメリカ最初のロックダウンはカリフォルニア州で2020年3月に始まり、全米に広がった。

保守派の親たちは、まずは長引くリモート・スタディー、学校再開後はマスク着用ルールに強く反発し、子供の教育方針の決定権は州や学校でなく親にあるとする「親の権利 (parental right)」を訴え出した。

コロナ禍の直前に、黒人問題の長大な記事が大きな話題となったことも禁書ブームの背景にある。2019年の夏にニューヨークタイムズが「The 1619 Project」と題された、奴隷制から始まり、現代に至るまでのアメリカ黒人の歴史と現状を描いた複数の記事の集合体であるジャーナリズム・プロジェクトを発表。

編纂者のニコール・アナ=ジョーンズは2020年にピュリツァー賞を受賞し、リベラル派が多いカリフォルニア州は「The 1619 Project」を学校のカリキュラムに取り入れた。後に書籍版、絵本版も出版されている。

「The 1619 Project」に強く反発したのが保守派の保護者と政治家だった。

白人の親が「学校で奴隷史を習った我が子が『私は悪い人間なの?』と悲しそうに聞いてきた」などと言い、「The 1619 Project」や他の黒人史に関する書籍の排除を要望。その際、こうした内容の書籍は「CRT(Critical Race Theory、批判的人種理論)」であり、CRTは生徒に有害、かつ国民を分断させると主張した。

CRTとは「人種は科学的なものではないが社会的に構築され、制度的なマイノリティーに不利を招いている」といった意味合いの学術用語だが、保守派はこれを「人種問題を教える=白人は差別主義者という刷り込み」と誤解釈して禁書推進のスローガンとして使った。

こうして黒人関連の書籍から始まった禁書だが、瞬く間にLGBTQ+関連書籍にも飛び火し、さらに低学年児童に身体の部位を教えるといった絵本にも波及している。こちらはキリスト教に基づく価値観による。

保守派が望む「白人異性愛者が基準」の社会

禁書問題で特に注目を集めたのがフロリダ州だ。

同州の知事で現在、2024大統領選に立候補している共和党のロン・デサンティスは学校教育の急激な保守化を進めている。同州の通称「ゲイと言うな法」は幼稚園から小学3年生までに性的指向や性自認に関する授業を禁止する法律だったが、今年4月に高校生までの全学年に拡張された。

共和党主催の夕食会で演説をするフロリダ州のデサンティス知事
共和党主催の夕食会で演説をするフロリダ州のデサンティス知事=2023年7月28日、アイオワ州デモイン、朝日新聞社

LGBTQ+当事者の生徒や児童も含め、フロリダ州の全生徒がLGBTQ+関連の絵本や書籍を学校で読むことも借りることもできず、教員はLGBTQ+の話題を教室で出すこともできない状態となっている。

禁書派の主張として「書店やオンラインで買うことまでは禁じられていない」があるが、学校教育はLGBTQ+当事者の生徒に自己肯定感を与える場を持てず、非LGBTQ+の生徒は理解を深めることができないまま卒業し、社会に出ることとなる。黒人やその他のマイノリティーに関する書籍も禁書とされ、人種問題についても同じ事態となっている。

つまり保守派の求めるアメリカ社会とは、白人の異性愛者を基準とし、性的マイノリティーも人種民族マイノリティーも一切の主張をせず、同化する社会だ。

禁書に対抗する動きも続々

この流れに大きな危機感を抱き、禁書の流れをせき止めようとする努力があちこちでなされている。

バイデン米大統領の就任式で自作の詩を朗読するアマンダ・ゴーマンさん
バイデン米大統領の就任式で自作の詩を朗読するアマンダ・ゴーマンさん=2021年1月20日、アメリカ首都ワシントン、ランハム裕子撮影

他にもアメリカ図書館協会(A.L.A.)は禁書となった本のリストを作成し、ニューヨーク公立図書館(NYPL)も「禁書を読む」キャンペーンを展開するなどしている。

ニューヨーク市はリベラルな風土であり禁書は起こっていないが、ドラァグ・クイーンによる絵本の朗読会に反対派が押し掛ける騒動が起きている。

権利制限や差別是正措置の廃止…ディストピア小説のよう

アメリカは今、禁書問題にとどまらず、中絶合法化やアファーマティブ・アクション(大学の入学選考などで人種を考慮する積極的差別是正措置)の覆しなど、保守化の道を進んでいる。

禁書になった本が読めるMoveOnによるバスツアーの立ち寄り先で、孫のために本を探す女性
禁書になった本が読めるMoveOnによるバスツアーの立ち寄り先で、孫のために本を探す女性=2023年7月13日、イリノイ州シカゴ、ロイター

イスラエル・ハマス戦争が続く中、共に次期大統領選の共和党候補者レースに名乗りを上げているフロリダ州知事デサンティスやトランプ政権下の元国連大使ニッキー・ヘイリーはパレスチナ支援運動を行う大学生へのペナルティーを打ち出し、前大統領ドナルド・トランプに至っては、再選されればパレスチナからの留学生を強制送還すると訴えている。

読書の自由(=表現の自由)はアメリカをアメリカたらしめる重要な要素であり、禁書はそれを抑圧する検閲と言える。フロリダ州などでは、子供たちはすでにLGBTQ+、性自認、黒人、ラティーノ、アジア系、ネイティブ・アメリカンなどマイノリティーについての情報を制限されてしまっている。

どことなく大ヒット・ドラマ「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」に描かれているディストピアの世界を彷彿させる。マーガレット・アトウッドによるドラマの原作小説も、当然のようにあちこちですでに禁書となっている。