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パキスタンのプラごみがアクセサリーに!? 暮らしの中の気付きで社会を変える

アジアで働く 更新日: 公開日:
廃棄される予定だったプラスチック製のシートを集め、買い物バッグを作った高垣絵里さん=2019年6月11日、イスラマバード、乗京真知撮影

環境問題への取り組みが遅れているパキスタン。そのごみ問題の元凶となっているポリ袋を集めて加工し、イヤリングや座布団に作りかえる。そんな新しい発想で環境対策の事業を生み出しているのが、首都イスラマバードを拠点に活動する開発援助コンサルタント、高垣絵里さん(45)だ。

高垣さんがポリ袋に注目したきっかけは、風に乗って漂ってくる小川の悪臭だった。パキスタンは水が不足している一方で、希少な水源となるはずの川の汚れが深刻化している。

イスラマバードの自宅まで漂ってくる悪臭に悩んでいた高垣さん。臭いを放つ小川を観察していた時、あることに気がついた。おびただしい数のポリ袋が、小川の水をよどませていた。汚れの原因は、水そのものというよりも、水をせき止めるプラスチックごみにもあるように見えた。

パキスタンの首都イスラマバードを流れる小川。ポリ袋が散乱している=イスラマバード、乗京真知撮影

ごみはどこから流れてくるのか。人口2億人を超えたパキスタンでは、ゴミの収集や焼却が追いついていない。集積場は放置され、ゴミは飛散し、雨に流され、やがて川に流れ込む。泳ぐ魚が見えるのは、ごく限られた上流域だけで、下流に行くほど水質は落ちる。治安問題や電力不足ばかりが問題視されてきたが、実は不衛生な水やごみが感染症や乳児死亡につながっていることは、あまり注目されてこなかった。

「自分が暮らす国を汚しているのが、実は自分だったのかもしれないという疑いから、目を背けられなくなりました」。高垣さんは自分が使っているポリ袋の数を数えてみた。買い物をするたびに集まるポリ袋は、1週間に少なくとも10枚あった。1年で520枚以上使っている計算になる。

高垣さんは文献やニュースを読みあさり、パキスタンのプラスチックごみの現状を調べた。パキスタン政府によると、国内で生産されているポリ袋は、少なくとも年550億枚に上っていた。全国民が2日に1枚ずつ消費しても、使い切れない量だ。またドイツの研究チームの調査では、パキスタンのインダス川が、プラスチックを海に排出する川の世界ワースト10に入っていた。

「紙のリサイクルはよく話題に上がるのに、プラスチックのリサイクルは全く話し合ってこなかった。何か出来ることがあるのではないか」。高垣さんは、ちまたにあふれるプラスチック製品を再利用することを考えた。再利用を促せば、プラスチック製品の流通量を抑えることができる。

道路脇に散乱したポリ袋。人口増加が著しいパキスタンでは、ごみ処理が追いついていない=2018年6月6日、ペシャワル、乗京真知撮影

目を付けたのは、パキスタンで使い捨てにされてきたプラスチック製のシートだった。宗教行事が多い現地では、催しのたびに横断幕やポスターが大量生産されるのだが、その材料は紙ではなく、雨風に強いシートであることが多い。地元自治体も選挙の投票を呼びかけたり、新規事業を宣伝したりするたびに、大きなシートを町に掲示する。

高垣さんは手始めに、シートを集めて加工し、買い物バッグを試作することにした。サイズはタテヨコ60センチほど。トラックの防水布でバッグや財布を作るスイスのフライターグ社の製品を参考にした。

知り合いの国連職員や大使館員に呼びかけると、みるみるシートが集まった。もう使うことのないイベントの横断幕が多かった。組織のロゴが買い物バッグの表に来るようにすれば、環境問題に取り組む組織の姿勢をアピールすることにもなる。

プラスチック製のシートを裁断した後、縫い付けて買い物バッグを作る=2019年6月11日、イスラマバード、乗京真知撮影

シートを提供した国連食糧農業機関(FAO)は、高垣さんが加工した買い物バッグを買い取って、セミナーの教材を運ぶバッグとして使い始めた。地元高級ホテル「マリオットホテル」は社員向けに買い物バッグ800枚を配った。

メッセンジャーバッグやショルダーバッグなど様々なデザインも試作した。今年4月にはイスラマバードのホテルでファッションショーを企画した。国際機関の職員や各国外交官がモデルとなって試作品を身につけ、ランウェーを歩いた。高垣さんの活動に賛同した地元バンドが、ライブ演奏でショーを盛り上げた。

防寒具も作ってみた。治安の不安定なパキスタンでは官庁街や商業ビルなどを守る警備員が退役軍人や元警官の重要な働き口になっているのだが、冬はみぞれが降ったり嵐が来たりすることもあり、命を落とす警備員が後を絶たない。そんな事態を防ぐため、在パキスタンのハンガリー大使館は高垣さんが作った防寒具を警備員に配ることにした。

プラスチック製のシートを使って作った防寒着=2019年6月11日、イスラマバード、乗京真知撮影

ポリ袋を原料にした作品もある。ポリ袋を細長く裁断し、その一つ一つをこよりのようにねじってひも状にすると、毛糸を編む要領であらゆる形の製品を作ることができる。イヤリングのパーツに使ったり、網カゴや座布団、弁当入れを作ったりした。この手法にパキスタン政府が注目し、普段は硬いいすに座っている小学生の座布団として使えないかという構想が持ち上がっている。

高垣さんは、もともとは米IT企業の社員だった。商社マンだった父に連れられて、幼少期をニューヨークで過ごしたのが最初の海外生活だった。思春期は日本で暮らしたが、大学時代に再び米国に渡り、1997年にカリフォルニア州のIT機器会社に就職した。

まだ日本でもインターネットが普及する前の時代だったが、同社は、先進国だけでなく途上国に先行投資し、コンピューターやインターネットが使える人材を育てる教育事業に取り組んでいた。高垣さんは教育事業のメンバーとして、ケニアやルワンダ、パキスタン、ペルー、ルーマニアなどで事業を展開。「ITと教育は、格差をなくす二つの原動力になる」との信念で、学校教育とコンピューター技術をつないでいった。そこで培った企画力や人脈を生かして、2006年には開発コンサルタントとして独立。バングラデシュでの教育事業を皮切りに、パキスタンにも進出した。

パキスタンでは、思いがけない出会いが待っていた。パキスタン北東部で2005年に7万人以上の死者を出した大地震の被災者が、いまだに生活に苦しんでいると聞き、知人の紹介で福祉施設を訪ねたときのことだった。施設では地震で重い障害を負った女性たちが暮らしていた。被災時に18歳だったサフィアさんは、がれきの下敷きになって下半身不随になった後、親から捨てられたため施設で暮らしていると打ち明けた。サフィアさんは高垣さんの目を見つめ、「何でもいいので、自分の手で何かがしたい。自分の力で生きたい」と訴えた。

高垣絵里さんの支援を受け、古紙を使ったビーズ作りに取り組んだサフィアさん=高垣さん提供

その夜、高垣さんは、なかなか眠りにつけなかった。サフィアさんのような若い力を生かす方法はないものかと、うなされるように考えた。かつてウガンダでみたペーパークラフトが頭をよぎった。古紙を使えば元手がかからないうえ、手作業で出来るのでサフィアさんに向いているかもしれない。

知り合いの企業に頼むなどして古いカレンダーや新聞紙を集めた。数ミリの幅に切り、その1本1本をつまようじに巻き付けると、小さな紙製のビーズが出来た。ビーズを糸に通すと、カラフルなネックレスやブレスレットになった。大ぶりな宝飾品が好まれるパキスタンには、ちょうどいいデザインだった。

紙のビーズで作った首飾り=2019年6月11日、イスラマバード、乗京真知撮影

2012年末、サフィアさんら施設の14人がビーズ作りを始めた。ビーズ一つあたり2~3ルピー(1~2円)を手間賃として払う約束で、好きな時間に取り組んでもらった。1人あたり月数千円のお小遣いになった。最初は1人で壁に向かっていた入居者もいたが、他の入居者とテーブルを囲んだり、「できた!」と喜びの声を上げたりするのを見て、高垣さんは活動をやめられなくなった。「ペーパーミラクルズ」と名付けた活動は、今ではアンティークの家具屋さんなどの店頭にも並び、デザインも増えて地元の女性を中心に計200人がかかわる事業に育った。この古紙を再利用するペーパーミラクルズの経験が、シートを再利用する買い物バッグ作りの土台になっている。

障害を抱えた被災者たちと、古紙を使ったビーズ作りに取り組んだ高垣絵里さん(左から2人目)=高垣さん提供

最近ではパキスタン政府も環境問題に注意を払い始めた。政府は8月中旬、イスラマバードでのポリ袋の製造や配布を禁止すると発表した。「ポリ袋はありません。入れ物はご自分で。パキスタンを美しく。パキスタン万歳」。市内の商店街には注意書きが張り出されていて、破れば罰金を科されることになった。店では自前のバッグや段ボールを持ち込む客が増えている。イスラマバード中心部の外交地区では、日本大使館などがごみ拾い運動を展開するなどして、プラスチックごみ削減の機運をもり立てている。

パキスタンの首都イスラマバードではポリ袋の配布が禁止され、注意書き(左下)を貼り出す店が増えた。来客は段ボールを持参して買い物を運んでいた=2019年9月2日、乗京真知撮影

高垣さんはプラスチック問題と並行して、フードロスの解消にも取り組もうとしている。果物が多い中部パンジャブ州では、ドイツの援助機関と組んで、安く買いたたかれたり在庫過剰で売れなくなったりしたマンゴーやメロンなどの果物をドライフルーツとして商品化した。貧しい農民の副収入につなげる狙いもある。また、ドライフルーツを学校に配布して児童の栄養改善につなげる構想も練っている。

フードロスを減らす活動にも取り組む高垣絵里さんは、日光と風を使った乾燥装置で、売れ残った果物をドライフルーツにする試みを始めている=2019年6月11日、イスラマバード、乗京真知撮影

本人は「たぶん私は『もったいない症』なんだと思います」と笑うが、共通しているのは、ごみ扱いされている物に光をあて、ひと手間加えることで価値を生み出す発想だ。「着眼点を変えるだけで、付加価値が生まれる物があります。まずは小さな活動から始めて、それがモデルとして広がり、エコの循環が作り出していけたらうれしいなと思っています」