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パキスタンの山に眠る宝石を個性あふれるジュエリーに

アジアで働く
パキスタン北西部スワートに宝石工房をつくった小幡星子さん(中央)は、宝石の売り上げの一部を現地児童の教育支援にあてている=2016年8月、小幡さん提供

子どものころから好きだった宝石。そして、ジュエリーデザイナーへの道を選んだ小幡星子(しょうこ)さん(36)がたどりついたのは、パキスタン北西部の山岳地帯にあるスワート渓谷だった。冷たい雪解け水が畑を潤す標高約1千メートルの渓谷は、良質なエメラルドが採れる宝石の産地としても知られる。宝石は現地で買いたたかれることが多いが、日本で適正な価格で買ってもらうことで、現地にもっと利益を還元できるのではないか。そんな思いで2016年夏、小幡さんはスワートに宝石工房をつくった。

スワートで選んだ原石を、現地の職人とともに工房で磨く。それを東京のアトリエ「EARTHRISE(アースライズ)」に持ち帰り、自らデザインした形に加工する。スワートの清流のような深緑色のエメラルドの指輪や、ふっくらとした桃の実を思わせるローズクォーツのピアス……。個性あふれるジュエリーが並ぶアトリエは、まるで小さな博物館のようだ。

パキスタンの宝石に魅せられて 小幡星子さん

小幡さんがジュエリーにのめり込んだきっかけは、中学1年生のころ、東京の実家で母親の高子さんから譲られた一つの指輪だった。祖母が生前、身につけて離さなかった婚約指輪で、ダイヤモンドの粒がプラチナのリングに一列に並ぶデザイン。横からのぞくと、リングは円形ではなく、指をかたどったような楕円形に変わっていた。リングには年輪のように幾重もの傷がついていた。「ジュエリーには持ち主の人生が刻まれているのだと知りました」。宝石に魅せられた小幡さんは、折り込み広告や雑誌の写真を切り抜いてはノートに貼っていった。

パキスタン北西部スワートに宝石工房をつくった小幡星子さん

ジュエリーデザイナーになる夢をかなえたのは29歳のとき。それまで一般企業で働いて資金をため、通信教育や専門学校で建築や内装、色彩、起業など興味がある分野をかたっぱしから勉強した。宝飾店でも2年働いた。独自のブランドは11年に立ち上げた。

同じころ、池袋の宝石展示会に来ていたスワート出身の宝石商ザリン・グルさん(63)と知り合った。日本に30年以上通って、パキスタンの宝石を紹介してきたザリンさんは、スワートの情景とともに現地の事情を語ってくれた。

パキスタン北西部スワート。山肌に貼り付くように並ぶ民家=2017年3月、乗京真知撮影

見えてきたのは、原石を扱っている現地の宝石商たちの、じり貧の生活だった。ザリンさんの家は停電が絶えず、家財を売って病床にある妻の治療費を捻出していた。現地で石を加工して付加価値をつける発想は乏しく、ほとんどの宝石商は掘った原石を、ドバイやインドの仲介業者に付け値で卸していた。

15年に現地を視察すると、地域経済の足かせになっている治安の問題もみえてきた。スワートは07年から数年間、反政府武装勢力パキスタン・タリバーン運動(TTP)の影響下にあった。軍や警察などの公共施設の爆破が相次いだほか、極端な宗教解釈で女児の通学が制限された。12年に、女児教育の重要性を訴えていたマララ・ユスフザイさん(当時14、後にノーベル平和賞受賞)が銃撃されたのもスワートだ。

パキスタン北西部スワートには2千年以上前の仏教遺跡が残る=2017年5月、乗京真知撮影

TTPは宝石鉱山も支配下に置き、住民の身分証を取り上げて穴を掘らせた。近年は政府軍の掃討作戦でTTPが撤退し、治安は回復したが、自爆テロや誘拐は年に数回程度起きている。小幡さんは現地の治安情勢を見ながら、東京とパキスタンを行き来している。

幸いエメラルドの産出量は安定している。スワート郊外にあるワットケ鉱山。山の斜面にはいくつもの穴が掘られている。穴は地中に100㍍以上伸びていて、マスクをつけた作業員がドリルで少しずつ掘り進む。飛び散る破片に緑がかった石が混ざりだしたらエメラルドの鉱脈が近いサインだ。数カ月掘っても何も見つからない時もあれば、たった一日で1年分のエメラルドが出ることもあるという。

パキスタン北西部スワートのエメラルド鉱山では、作業員が小さなドリルで穴を掘り進めていた=2017年5月、乗京真知撮影

掘ったばかりのエメラルドは、抹茶のヨウカンのような、くすんだ色をしている。その原石に透明感のある輝きを持たせられるかは、研磨職人の腕にかかっている。小幡さんの工房で働く研磨職人のイスラールさん(33)は「小指の頭ほどの大きさの原石をやすりに押し当てて、根気よく磨き上げるんだ」と言って、円盤状のやすりを回してみせた。磨き残しがないように、ルーペでのぞいたり光を反射させたりして確認する。「ショウコは絶対、妥協しない。こちらもプロだからね。彼女が納得するまで何時間でも磨くよ」

パキスタン北西部スワート産のエメラルド。原石はくすんだ緑色をしている=2017年5月、乗京真知撮影

工房に集まるのはエメラルドだけではない。親指大の黒い水晶や隣国アフガニスタンから来た青色のラピスラズリに加えて、白や黒の結晶が混ざり合った「ジャスパー」と呼ばれる石も特徴的だ。河原から採れるスワートの特産品の一つで、ペンダントトップなどにすると、白黒のコントラストが肌に引き立つ。

小幡さんは珍しい石に出会うたびに、「石の魅力を日本に届けたい」という衝動に駆られる。たびたび見舞われる謎の腹痛や高熱の記憶も吹き飛んでいくという。

パキスタン北西部スワートは停電が多い。発電機を回して明かりをつけ、石を観察する小幡星子さん=2017年5月、乗京真知撮影

次の目標は、研磨機の数を増やして女性が働ける工房をつくることだ。保守的な風習が根強い現地では、女性が外出をしたり、働きに出たりすることが難しいが、屋内の宝石磨きのような作業なら抵抗感が少ないうえ、貧しい家庭の副収入にもなる。すでに数人の女性が、子育ての合間に研磨機の使い方を習い始めている。研磨5カ月目だという女性(24)は「ショウコは私たちに、生活の糧だけでなく、暮らしが変わる実感をもたらしてくれた」と感謝する。日本に届く宝石には、そんな土地の人たちの思いも詰まっている。

研磨機の使い方を伝え、女性が働ける工房をつくるのも、小幡星子さんの目標だ=2017年5月、乗京真知撮影

昨年からは、日本での宝石の売り上げの一部を使って、現地の小学生の奨学金制度を新設したり、女性の職業訓練に取り組むNGOと連携したりと、新しい試みも始めている。小幡さんは言う。「地元の人たちが自ら働いて生活を向上させられるような循環をつくっていきたい。宝石の事業がそのきっかけになればと願っています」