10月中旬の午後9時、昼間は市民の憩いの場となっているニューヨークのセントラルパークはひっそりしていた。公園の東側に広がる高級住宅街も人通りは少ない。その住宅街の一角、営業を終えた健康食品店の前の暗がりに、数人の男女が立っていた。お互い、最初は探るように距離を取っていたが、やがて近づき、会話を始めた。「このツアーは初めて?どこから?」「ここで間違ってないよね?」
ほどなくキャスター付きのバッグを引いた女性がやって来た。「お待たせしてごめんなさい。お会いできてうれしいです。今日は初めての人が多いですね」。笑顔の女性、ジャネット・ケーリッシュさん(62)を囲み、それぞれが自己紹介していく。学生、コンピュータープログラマーなど、多くがニューヨーク在住の20~40代、総勢8人がこの日のツアー参加者だ。
ツアーと言っても、巡るのは夜の観光スポットではなく、ゴミ箱。「Dumpster Diving(ゴミあさり)」とも呼ばれる、ゴミ箱をあさってまだ食べられるものを「救出」するのが目的だ。
ケーリッシュさんは「フリー(自由)」と「ビーガン(完全菜食主義)」を合わせた「フリーガン」を名乗るグループの中核メンバー。フリーガンはヒッピー文化などにも影響を受けた運動で、従来の経済活動のあり方に反対し、消費を最小限に抑える、つまり可能な限り何も買わず、資源を共有し、物質的な幸せ以外を追い求める、ことをポリシーとしている。定期的に開くツアーは年約5400万トン、食料供給の40%に相当する食べ物を捨てている国、アメリカで、大量消費・大量廃棄の現実を見てもらうのが目的だ。
ゴミ袋は裂かず、去る前に元通りに
ケーリッシュさんが注意事項を告げる。ゴミ袋は裂かずに結び目をほどく▽食べ物を見つけたら、他の参加者に内容を伝え、誰が欲しいか話し合う▽食べ物を取った後は袋をきちんと結び直し、元通りにする……。この道20年のケーリッシュさんの説明はよどみない。「手袋が欲しい人は? 拾ったものだから左右そろってないけど、十分使える。バッグもたくさん持ってきてますからね」。ハキハキした口調は、いかにも元高校教師らしい。
まず健康食品店の前のゴミ箱から。腰の高さほどのゴミ箱のふたを開け、黒い袋を取り出し、開く。臭いは全くない。片手に余るほどの大きさのプラスチックケースに入ったルッコラやレタスが10箱ほど出てきた。すべてオーガニック。見たところ問題なさそうだが、「期限切れね」とケーリッシュさん。ルッコラには約7ドル(約1050円)の値札が貼ってあった。
「あ、これ好き。結構高いんだよ」。別の袋から見つけたケールのスナック菓子を手に、誰かが声をあげた。10袋ほどある。当初遠慮がちだった参加者たちも緊張がほぐれたのか、多彩な食品に興奮したのか、積極的にゴミ袋に手を突っ込むようになってきた。
私も撮影の手を止め、加わった。葉がしおれ、皮がくすんだパイナップルがあった。手を伸ばすと、指先がヌルッとした。「あ、やっぱりゴミなんだ」。台所の生ゴミに手が触れた気分。当たり前のことを、改めて感じた。ただ、尻込みせず、手にとってみる。臭いは悪くない。水分は袋の内側のものがついただけで、果皮の中はしっかりしているかも。「どう思います?」。ケーリッシュさんは「おいしいスムージーができる」ときっぱり。
着飾った年配の女性が通りかかり、「何をしているんですか?」と尋ねてきた。ケーリッシュさんが答える。「お店がまだ食べられるものをたくさん捨てているから、拾ってるんです」。女性は少し首をかしげながら、うなずいた。納得はしていないようだ。
1カ所目で持ちきれないほどの食品……
野菜が入ったプラスチックケースがかさばるので、各自の一つ目の袋はかなり膨らんだ。「誰もいらないなら、戻しましょう」。ケーリッシュさんの合図で、いくつかの野菜やパイナップルがゴミ袋に戻された。ある程度の食べ物が見つかることは予想していたが、まさか一箇所目で捨てることになるとは。いや、もとから捨ててあるものか。
次のスポットはスーパー前のゴミ箱。大量のパンがあった。触ると冷たいが、トーストすれば問題なさそう。歴史的な物価高で「ブレッドフレーション」なる新語までできたというのに皮肉なものだ。誰かが状態の良いバジルを見つけ、歓声をあげる。ツアーはさらに続き、スープ専門店でオーガニックスープのもと、ナッツ専門店でデーツやカカオパウダーを拾った。
ナッツ専門店には清掃中のスタッフがいた。ゴミ袋を広げる一団に明らかに気づいているが、何の関心もないのだろうか。ケーリッシュさんによれば、「きれいに片付けている限り、面倒は起きない。私たちが活動しやすいようにゴミ出しの時間を教えてくれる人もいる」。袋を裂かないようにしたり、元通りにしたりする「ルール」は、トラブルを避け、活動を長く続けるためのカギでもあるようだ。
最後に向かったのは、大手チェーンのスーパー。10メートルほどゴミ箱が並んでいる。カリフラワー、カボチャ、ズッキーニ、パプリカ、レモン、バナナ、どんどん食べ物が出てくる。さらに生花も。「パーティーができるよ」と声があがり、みなが笑う。
コンピュータープログラマーの男性(35)は丁寧にイチゴをより分けていた。「近所に中南米からの移民が住んでいるんだけど、お金を持っていない人が多い。洗ってからあげたら喜ぶんじゃないかと思って」
午後11時過ぎ、ツアー終了。それぞれの手や背中にパンパンに膨らんだ袋やリュックがあった。ケーリッシュさんは言う。「ある程度の食品ロスは仕方ない、流通の過程でも出るのだから。でも、私たちの社会ではあまりに多すぎる。それは社会が、あらかじめ大量のロスを組み込んでいるから。スーパーに行けば何でもあり、何でも買える。そして大量廃棄されている」
Dumpster Divingを実践する人は世界中に広がっている。食べ物ではなく、家具や衣服を拾う人もいる。近年はTikTokなどで、活動や拾ったものを紹介する人も増えており、人気のコンテンツになっている。その行為自体の珍しさに加え、発見する「お宝」の状態の良さも驚きを呼んでいるようだ。
買うのは「飼い猫のえさくらい」
ケーリッシュさんは友人に誘われてフリーガンに加わった。経済的に困窮していたわけではなく、「もともと、物を大切にしたいという素朴な思いを持っていた」。初めて、恐る恐るゴミに手を突っ込んだ時のことを今でも覚えているという。「皮付きのものだったら大丈夫だろうと思っていましたね」。だがすぐに慣れ、食べられるかどうかの判断もつくようになった。以来、ツアー以外でもゴミ箱から食べ物を「救出」しており、自分で食べるものはほぼ拾ったものだという。「一度だけ体調が悪くなったことがあったけど、食品のせいではなくて、保存の仕方がまずかったから」。友達づきあいのため時折外食はするが、買っているのは飼い猫のためのキャットフードくらいだという。
2日後、クイーンズにあるケーリッシュさんの自宅で「フリーガンの宴会」が開かれた。拾ってきた食品を使い、参加者が協力して料理をつくる趣向だ。献立はサラダ、野菜スープ、野菜カレー、ご飯、デザート。参加者が包丁やピーラーを手に料理に取りかかると、ケーリッシュさんが、見るからに年代物のミキサーから、スムージーをついでくれた。
あのパイナップルに、バナナやキウイ、オーツミルク、水などを加えたという。水以外は全て、ゴミだったものだ。口にすると、甘い香りが広がり、さわやかな酸味とうまみがギュッと詰まった味。「おかわり?」と聞かれ、グラスを差し出した。
他のメニューも、味付けは素人のものではあったが、ピザやベーグル続きでもたれた胃袋に野菜の素朴なうまみが染み渡った。