世界中の飢餓に苦しむ人々を救うのに十分な量の食料が棄てられている。食品ロスに歯止めをかけようと、フランスはこの問題にいち早く斬り込んだ。
世界の年間食料廃棄量月のある土曜日、パリ近郊のヌイイ・プレザンス市の街角で、30人余りの住民が列をつくっていた。
NPO「ソリダリテ・エスポワール(連帯と希望)」が運営する会員制の食料雑貨店の開店を待つ人びとだ。生野菜、果物、肉、パン、冷凍ピザなど食品類から小皿や紙おむつなど雑貨類に至るまで、店に並ぶ商品の単価は日本円でせいぜい10円や20円のものばかり。手提げ袋いっぱいに詰めても10ユーロ(約1300円)に届かないだろう。会員になれるのは低所得者。所得水準によっては無料になる。開店から1時間足らず、昼前にはあらかたの商品がなくなった。
この店に並ぶ食品のほとんどが消費期限が迫ったものだ。毎日、慈善団体のスタッフが冷凍車で近隣のスーパーを回り、売れ残った商品を受け取っている。これまでも、食品を慈善団体に寄付するとその分の消費税が還付される制度があったが、昨年2月、この制度に代えて食品廃棄を禁止する法律ができた。売り場面積400平方メートル以上のスーパーは、売れ残った食品を寄付するために一つ以上の慈善団体と契約を結ぶことを義務づけられた。まだ食べられる食品を廃棄した場合は3750ユーロ(約49万円)の罰金だ。
世界屈指の「食料廃棄国」への危機感がきっかけ
フランスが食品ロスの解決に乗り出したのは、国連食糧農業機関(FAO)が11年に発表した報告書がきっかけだという。世界で廃棄されている食料は年約13億トン。これは全世界の生産量の約3分の1、世界中の飢餓に苦しむ人々を救うのに十分な量にあたる。試算では、33億トンの温室効果ガスが無駄に排出されたことにもなる。特に先進国の食品ロスは、1人当たり年間280~300キロで開発途上国の約2倍だ。352キロという試算があるフランスは世界屈指の廃棄国で、政府はこの事実を衝撃をもって受け止めた。4年前、食料廃棄を25年までに50%削減する目標を掲げた。食料廃棄禁止法は、賞味期限の表示をやめ消費期限の表示に一本化したことに続く、食品ロスの関連立法だ。
法制定に向けた全国運動に尽力した地方議員で貧困者支援に取り組むアラシュ・デランバーシュ(38)は廃棄禁止法の効果について「国民の関心が高まり、貧困者支援のネットワークが広がったことだ」と語る。彼によると、法成立後、売れ残り食品を受け取る慈善団体が新たに5000以上誕生し、昨年寄付された食品は約1000万食分に達した。スーパーと慈善団体を結ぶ社会的企業があり、広がるネットワークを支えている。
ヨーグルト、300種類も要りますか?
廃棄量が減る兆しも出てきた。ソリダリテ・エスポワールの食品運搬担当のナディア・アダドゥ(50)は「スーパー1店舗あたりの寄付量は実感として減っている」という。大手スーパー、アンテルマルシェのクルブボア店店長グザヴィエ・ボバン(41)は「毎朝寄付する食品リストを作り、その分の遺失利益などを出す。ますます無駄をなくす経営努力を払うようになった」と話す。
とはいえ、法規制の対象は大型店舗に限られ、生産から消費の様々な場面でさらに努力が必要だ。フランスの政府機関、環境エネルギー管理庁(ADEME)の昨年の調査によると、食品ロスのうち重量ベースで33%、CO2ベースでは44%が消費者によって廃棄されたものだ。
ADEMEの食料廃棄担当官、ロランス・グティエールは「大量生産される安価な食品は便利な一方で、食べ物のありがたさに関する感覚を奪ってきました。スーパーに300種類のヨーグルトを並べる必要がありますか? 消費者がそれを望む限り、目標達成は難しいかも知れません」と話している。
トップランナーのスウェーデン、高炉よさらば
SDGsの到達度(独ベルテルスマン財団の国別ランキング)で2年連続で世界のトップとなったのは北欧のスウェーデン。なぜ、どのように一歩先んじているのか。
喫緊の地球的課題である気候変動。スウェーデン政府が2045年までに温室効果ガスの差し引き排出量をゼロにするとの方針を打ち出したのは今年2月のことだった。これに呼応するように、製鉄会社のスウェーデンスチール(SSAB)は鉱山会社LKAB、電力会社バッテンフォールという二つの国営企業と組んでその45年までに温室効果ガスを一切出さずに鉄をつくるプロジェクトを開始した。日本の製鉄業界の目標が、50年までにCO2排出3割削減であることを考えると、いかにも野心的だ。
「さらば高炉ですよ」とほほ笑むのはSSABの最高技術責任者、マーティン・ペイだ。風力、水力などの再生可能エネルギーだけで水素発生装置を動かし、コークスの代わりに水素で鉄鉱石を還元する。予備研究の結果は良好で、数年内に実験用の還元炉を完成させる予定だという。それに先立って、製鉄所内の大型フォークリフトを来年までに水素を燃料とする燃料電池で動かす計画だ。
持続可能な社会を目指す取り組みを企業経営そのものに組み込むことに関して、欧州は世界の先頭をゆく。余業としての社会貢献活動ではなく、ビジネスを通じて社会や環境の課題を解決することを目指すCSR(企業の社会的責任)という概念が育まれたのも欧州だ。特にスウェーデンは、経済的手法を使って気候変動問題に取り組み、成果をあげていることで知られている。1991年にいち早く二酸化炭素税を導入し、温室効果ガスの排出量を減らしながら国内総生産(GDP)を大幅に増やした。官民あげてCSRを推し進める戦略が実った好例だ。
「自国優先」に潜むリスク
持続可能な社会への取り組みを外交戦略にしている点でもスウェーデンは目を引く。外務省にはCSR担当大使とアジェンダ2030担当大使がいる。国内外のCSR政策の司令塔となっているCSR担当大使ディアーナ・マドゥニックは「CSR戦略の普及は、人口が日本の10分の1もなく、マーケットを海外に求めざるを得ないスウェーデンの企業の支援になるからだ」と説明した。
例えば在中国大使館では07年からの10年間で、累計約1万人の中国人公務員にCSR研修を実施してきた。海外勤務の経済担当職員にもCSR研修を受けさせる。「持続可能性に配慮できる企業を増やし、外交官がCSRのプロとして海外進出企業を支援できるようになるためだ」とマドゥニック。こうした努力が経済成長率が3%を超え、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で6位(日本は32位)と好調なことと無縁ではないとスウェーデン政府は考えている。
アジェンダ2030担当大使のカイサ・オーロフスゴードは今後の展望についてこう語る。「SDGsの169のターゲットのうち、実現していると評価できるのはまだ2割。しかし、私たちにはやり遂げる意志がある。懸念材料は不安定な国際情勢です。目標を達成しなければ、いま世界が直面しているリスクが現実になるのだということをみなが肝に銘じる必要がある」。自国の繁栄を最優先するナショナリズムの台頭に懸念を示した。
遅れる「ジェンダー平等」、日本の現在地は
SDGsの達成期限は2030年。日本はジェンダー平等の実現(目標5)や再生可能エネルギーの拡大(目標7)、食品ロスの半減を含む「つくる責任 つかう責任」(目標12)などの達成が難しそうだと指摘されている。
なかでもジェンダーの平等は、世界経済フォーラムによる男女格差指数の最新のランキングで114位。前年よりも順位を下げている。女性の国会議員や企業の管理職が少なく、男女の所得格差の解消も進まないことなどから、世界のなかで後れをとっている。
日本政府は首相を本部長とする「SDGs推進本部」を16年5月に設置。12月には実施指針をまとめたが、各省庁の施策を並べ替えるのにとどまった。縦割りで動く霞が関は、SDGsで求められる課題横断的な対応がしきれない。それを補い、後押しする政治の動きもなく、政策の優先課題になっていない。
「民」が「官」の先をゆく新展開も
最初は様子見をしていた企業は、欧米の企業がビジネスの好機としてSDGsを事業に採り入れるのを横目に、動きが出てきた。経団連は近く発表する企業行動憲章の改定で、SDGsを盛り込む。ESG投資の流れとあいまって、民が官に先行し、脱・霞が関、脱・中央で物事が進むというこれまでにない展開を見せる可能性がある。
変革を促す存在として注目されるのは、1980年代以降に生まれた、米国では「ミレニアル世代」と呼ばれる若者たちだ。将来への不安から、持続可能な社会に対する期待が強い。消費者として環境保護や人権に配慮したモノやサービスにこだわれば、大きな推進力になる。
将来を担う世代への働きかけも始まっている。SDGsは地球規模の課題を日常生活と結びつけて考えるのに格好のテーマ。小中学校の新しい学習指導要領に「持続可能な社会の創り手」の養成が盛り込まれた。
これまで接点のなかった人たちを引き合わせる「接着剤」の効果もSDGsにはある。途上国支援をするNGOと国内で貧困対策をするNPOが結びつく。企業が市民社会との協働を考える。見たことのない動きも始まっている。(敬称略)
<SDGsとは>
SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)は、環境や人権、開発、平和など国連がこれまでそれぞれ取り組んできた課題をすべて合流させて作られた。
2015年9月、加盟193カ国が全会一致で「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択。そこにSDGsの17分野の目標と、具体的な行動の目安となる169のターゲットが書き込まれた。
基本となる理念は「誰も置き去りにしない」。目標策定には各国政府の代表だけでなく、専門家や市民社会も加わった。SDGsの新しさは、さまざまな課題が実は根っこで互いにつながっているととらえる点だ。解決に向け、多様なアイデアやアプローチが可能だ。
ただ、大きな目標はあるものの、達成への方策が決まっているわけではない。資金の確保も進まなければ「絵に描いた餅」で終わる懸念はある。