英マンチェスターでクラフトビールの醸造会社を営むキース・マカボイは、「ココポップス」なんてプロとして気にとめたことがなかった。
チョコ風味がする子供たちの朝食のシリアルだ。
ところが、それを何度かボウルで1、2杯、試してみるはめになった(誰も見ていないときに)。そんな後ろめたさを拭い去ることができるようになったのは、つい最近のことだ。
7カ月前から、自社のセブン・ブラザーズ(Seven Bros.〈訳注=正式名Seven Bro7hers Brewery〉)は、朝食のシリアルを使ってビールを造っている。いささか冒険的に思えるかもしれないが、そこには崇高な目的がある。地球の温暖化にもつながる食品ロスを、少しでも減らそうというのだ。
セブン・ブラザーズは2018年、米食品大手ケロッグと提携。「Throw Away IPA(飲み捨てIPA)〈訳注=IPAはエールビールの一種〉」の醸造を始めた。ケロッグの袋詰めの段階ではじかれた規格外のコーンフレークを原料に利用しており、口当たりのよさと、まろやかさが特徴だ。
そこに19年6月、ケロッグのシリアルを活用した二つの銘柄が新たに加わった。一つは、「ライスクリスピー」を使ったペールエール。もう一つが、先のココポップスを生かしたダークスタウトで、こちらはチョコの風味を受け継いでいる。
それまで英国にあるケロッグの工場では、年間5千トン以上もの規格外フレークを地元の農家に家畜のエサとして引き取ってもらっていた。企業の社会的責任を英ケロッグで担当するケイト・プリンスによると、そのごく一部がセブン・ブラザーズに回されるようになった。それだけではない。地元のパン屋から出る食品廃棄物についても、ビール造りに利用できないか、協議し始めている。
「少し火が通り過ぎていたり、サイズが大小どちらかに偏ったりするだけで、食べるには何の差しさわりもないフレークをどうすればよいのか」。プリンスは、こう問題点をあげた上で、「本来、コーンフレークは、実にさまざまな用途に使うことができる。チキンの衣にもなるし、チーズケーキのベースにしてもよい」と指摘する。
そもそも、世界では毎年生産される食品の3分の1が、売れ残りや食べ残しとなって捨てられている(国連調べ)。ほとんどは、ごみの廃棄場に消え、腐敗する際にメタンを発生させる。食品廃棄物は温室効果ガス排出原因の8%を占めている。このため、米環境保護庁は、廃棄されそうな食品の用途を変えてでも、消費できるようにすることをメーカー側に強く求めている。
「食品が安全である限り、消費者の手元に届くようにすべきだ」とハーバード大学の食品法の専門家エミリー・ブロードリーブはいう。
では、セブン・ブラザーズでは、シリアルをどうビールに変えているのか。詰まるところは、醸造の初期の過程で穀物類にどれだけシリアルを加えるかという比率の問題に帰する。これを温水に浸した後の工程は、「どんなビールを造るときも同じようなもの」とマカボイは説明する。
で、実際にうまい味に仕上がるのだろうか。
米国では、セブン・ブラザーズの製品はまだ売られておらず、試すことはできない(販路拡大は目指している)。しかし、シリアルを使ったビールをいくつも扱っているマンチェスターのパブチェーン、ドックヤードで、飲み捨てIPAはちょっとしたヒットになった。
「この銘柄を買う動きは、ずっと増え続けている」とドックヤードのマネジャー、トミー・ローランドは話す。「在庫はあるか。他ではどこで手に入るのか。そんな問い合わせが、しょっちゅうある」
廃棄されてしまう食品をビール造りに使うのは、セブン・ブラザーズが初めてではない。元のものより付加価値が高いものに作り替える究極の再利用「アップサイクリング」は、古代メソポタミア(訳注=紀元前3500年ごろから今のイラクを中心に栄えた)にまでさかのぼる。世界最古の醸造所の中にはパンくずを原料にビールを造るところもあった。
英国では、パンをリサイクルして醸造したビールを専門とする「トースト・エール」が2016年に設立され、翌年にはニューヨークにも進出している。
「古きものが、時代のよき最先端となって復活した」とニューヨークでトースト・エールの販売と業務部門を担当するジャネット・ビアンダーは例える。「何もしなければ、捨てられてしまう焼いたパンを利用するという当社の着想は、ビール造りの原点と、もともとの醸造レシピに立ち返っているのだから」
もっとも、メソポタミアの古代人には、ココポップスはなかった。だから、甘いシリアルでクラフトビールを造るのは、純粋に現代の産物ということになる。
米コロラド州のブラック・ボトル・ブルワリーは、13年から「シナモントーストクランチ」「ラッキーチャームズ」(訳注=ともに米食品大手ゼネラルミルズのシリアル)などを使ってきた。ただし、どれも廃棄されるものの活用ではなかった。ニューヨーク州オーバーンにある「ザ・プリズン・シティー・パブ&ブルワリー」も、シリアルをベースにしたビールを開発した。使っている(訳注=ゼネラルミルズの)「ココアパフス」をボウルに1杯食べた後に残るミルクの風味そのものの味がする――そんな評が報じられている。
そこに、食品ロスの減少という新たな要素が加わった。ケロッグは、セブン・ブラザーズとの提携を、持続可能な企業活動の幅を広げる重要な先行事業に格上げした。それが、18年の食品ロスを12.5%も減らすという英ケロッグの実績につながった。
米の非営利団体「天然資源保護評議会」で関連部門を担当するエリザベス・バルカンは、ケロッグが製造過程で食品ロスを大幅に削減したことは称賛に値すると率直に評価する。「まだ食品ロスという問題そのものを解決できたわけではないが、食品メーカーが可能な限り原材料を有効利用することは、環境保護と資金活用の両面からとても重要なことだ」
それでも、食品ロスに反対する活動家は、大手の食品メーカーがすべきことはまだ多いと批判する。先進国でこの問題が生じる大きな原因は、ケロッグがマンチェスターで取り組んでいる製造工程でのロスよりも、消費者の食べ残しなどで生じる流通過程のロスにあるからだ。
米国の活動家が食品メーカーに長く求めてきたのは、これまでのような賞味期限の表示をやめることだ。食品の安全にかかわる国の規則で表示の仕方が定められているわけではない。しかも、まだ食べられるのに捨ててしまうよう、消費者を督励しているに等しい結果をもたらしている。
米国では、17年に(ケロッグなどの)食品製造業と食品流通業の二つの業界団体が表示の標準化に乗り出し、食べ物の廃棄などの混乱を生じさせないように動き始めた。その一歩として、表示については「なるべく~までに賞味すること」「~までに賞味」とするよう、メーカー側に呼びかけている。
それでも、世界的な食品ロスに対応するにはまだ不十分だと先のバルカンは語る。「求められているのは、もっと真剣で包括的な取り組みだ。この問題についての消費者の啓蒙(けいもう)運動といったことにまで活動を広げてほしい」
英ケロッグのプリンスによると、同社は食品ロスに反対する英団体「ラップ(Wrap)」とともに消費者教育に力を入れ、1人分の適切な量や食品の安全について学んでもらうようにしている。
さらに、賞味期限についても、「1年以内」と表示を改めた。「購入されたシリアルの箱が、12カ月も棚に置かれたままになり、捨てられるなんて、まずありえないから」とプリンスは話す。
セブン・ブラザーズの製造工程自体についても、材料のロスをなくす一連の措置をとっているとマカボイは語る。すでに、ケロッグと提携する何年も前から、醸造の最後に残る穀物については地元の農場に提供するようにしていた。
マカボイは、「アップサイクリング」という言葉がもてはやされるようになる前から醸造に関わっている。子供のときには、父親がマンチェスターの自宅の地下室でビール造りをするのを、他の6人の兄弟とともに手伝っていた。
今では30代から50代になった7人の兄弟みんなで、会社の経営に携わっている。もっとも、日々の関与の度合いについては、濃淡があるのも確かだ。
「年をとるにつれて、造るより飲む方に関心が移ったのも何人かいるけどね」といってマカボイは笑った。(抄訳)
(David Yaffe-Bellany)©2019 The New York Times
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