■内政で苦しむバイデン政権、外交に活路はあるか
中川: 前編では、11月のアメリカ中間選挙に向けて、バイデン政権が内政上非常に厳しい1年になりそうだという話が中心でした。
その中で活路は見いだせないでしょうか。
内政が苦しいときは外交で勝負する手もあると思います。
今年も、国民受けのいい「民主主義サミット」などをてこにしたいところでしょう。
まずは一般教書演説でバイデン大統領が昨年の成果を振り返ると思います。
その内容に注目です。
今年は3月1日の予定です。
下院によると、一般教書演説が1月か2月に実施されるようになった1934年以降、最も遅い日程だと報道されています。
パックン:一般教書演説では、バイデン大統領はいろいろな訴えを国民にすると思いますが、投票行動を変えるのは簡単ではありません。
そのためにはやはり、目に見える成果を出していかなければなりません。
大型経済政策を可決させる時間がほしくて、日程を3月まで遅らせたと思われます。
また、国民の生活面では中間選挙までにインフレ、コロナがどうなるかがポイントです。
中川:コロナ対策では、バイデン政権がブースター接種(追加接種)の決断をためらったこと、遅れたことが「失策」だと共和党から批判されていますね。
パックン:それは何とも言えないです。
その共和党は、最初からコロナの脅威を軽視しているし、今や各州の議会で、学校でのマスク義務付けを禁じる法案を提出しています。
学校を訪れる人はマスクの着用が義務ですとなると、共和党関係者が教育委員会に殴り込みをかけるほどなんです。
実際、9か10の州では、学区がマスクを義務付けできない法案がすでに通っています。
また、職場における「ワクチン接種かマスクと検査」の義務化に関しては、連邦政府のレベルでも各企業のレベルでも反対している。
つまり、コロナ感染予防策を阻止しているのは共和党なんです。
それでは感染率が上がって当然です。
火事現場で火にガソリンを注いでいる人が、「鎮火していないじゃないか」と消防士を批判しているような、皮肉な展開です。
しかし、政治は結果がすべてです。
バイデン政権としては、道徳としては勝っていても、政治では負けていると思います。
中川:加えて内政では、教育現場におけるCRT(Critical Race Theory=批判的人種理論。差別は個人の心の問題だけでなく、法律や制度を通じて社会に組み込まれ、構造的に存在し続けているという考え方)への批判や、不法移民といった問題がありますね。
共和党内ではトランプ前大統領の支持率が依然高いようです。
バイデン政権としてはなんとか勝機、ブレークスルーの機会を見つけ出し、活(い)かしたいですね。
パックン:繰り返しますが、今年の中間選挙では、上院、下院とも共和党が勝利すると思います。
確率はほぼ100%と言ってもいいです。
中川:民主党支持者のパックンにそう言われると、議論としては苦しいんですけど(笑)。
あえて為(ため)にする議論かもしれませんが、外交に活路を見出すことは難しいですか。
パックン:ご指摘の「民主主義サミット」は、やり方は工夫する必要がありますけど、アイデアはすばらしいと思います。
また、バイデン政権発足後、ただちに着手したWHO(世界保健機関)からの脱退方針撤回や、気候変動に関するパリ協定への復帰もすごく評価すべきです。
TPPへの復帰、イランの核合意への復帰はまだできていませんが。
日本のみなさんが大変気にしているところでは、クアッド(QUAD)やオーカス(AUKUS)といった関係国との枠組みを通して、対中国包囲網の強化に力を入れていくことでしょう。
ヨーロッパとの連携も強めるでしょう。
ウクライナをめぐるロシアとの交渉も、まだ続いています(編集部注:対談は1月14日に行いました)。
それらについては、すぐに成果は出せないと思います。
ですが、評価はされると思います。
内政では、オミクロン株の拡大が収まり、インフレが落ち着くことを期待せざるを得ません。
実は今、コロナ禍で低所得者層の賃金が結構上がっているんです。
失業率も4%台と、コロナ前の水準に戻っています。
こういう要素も含めて、アメリカ国民が普通の生活を取り戻したら、風向きは変わるかもしれません。
■対テロ、原油高、イラン核合意……中東は課題山積
中川:活路を見出したい外交ですが、「ロシア」「アジア」「中東」という今年の3大リスクにバイデン政権がどう向き合うか、注目したいと思います。
直近では、ロシアとウクライナ両国の間で緊張が高まっています。
北朝鮮も今年に入り、超高速ミサイルを発射するなど、活動が活発化しています。
そして、前編で申し上げた私のオリジナリティである中東への対応を詳しく見ていきます。
アメリカにとって、中東では外交課題が山積しています。
昨年はイスラエルとパレスチナとの衝突が激化し、また、アメリカ軍がアフガニスタンから撤退するという出来事がありました。
今後、テロとの戦いはどうなるのでしょうか。
エネルギーをめぐっては、原油高が続いています。
2021年末にかけていったん落ち着きましたが、最近また1バレル=80ドルを超えています。
前回(第7回後編)でも紹介しましたが、1月4日にロシアなどを加えたOPECプラス会合が開かれ、原油供給を継続して増加させることで合意しました。
今のところ、石油の消費国と生産国の対立は回避できている状況ですが、今年の大きな注目点になると思います。
この問題は、アメリカの内政にも影響が及びます。
ここで、日本からの視点に移して見てみます。
最新の統計では、中東への日本の原油輸入依存度は89.6%です。
中東地域の安定は日本の国益にもつながります。
パレスチナやアフガニスタンでの昨年の動きに象徴されるように、中東は日本人にとって、どうしても危険でネガティブなイメージが先行しがちです。
実際のところ、中東では今、経済を中心に大きな転換点を迎えています。
2020年9月には、イスラエルとUAE(アラブ首長国連邦)、バーレーンが国交正常化しました。
今年1月18日には、日本貿易振興機構(ジェトロ)主催で「UAE-日本-イスラエル イノベーション・フォーラム」が開かれ、日本政府からは萩生田経済産業大臣が登壇しました。
私は日本企業を代表してモデレーターを務めました。
アメリカ外交にとって、政治的には不安があるのも事実です。
先ほどのパレスチナ問題は何の進展もありません。
またいつ暴発してもおかしくない状況です。
イランにも懸念材料があります。
バイデン政権は、トランプ政権時に離脱したイラン核合意への復帰を公約の1つに掲げています。
ただし、これはイランが核合意を順守すれば、との条件付きなのが要注意です。
先述した、気候変動のパリ協定やWHOへの復帰とは種類が異なります。
核合意の交渉はウィーンで行われていますが、イランでは対アメリカ強硬派の政権が2021年8月に登場して、まったくまとまる見込みはありません。
このような中、バイデン政権は、中東諸国にはおとなしくしていただいて、中国にシフトしたいのが本音です。
トランプ前大統領のようにイランと事を構えるとか、ポーズをとるようなことは望んでいません。
一方で中東諸国の側は、良くも悪くもまだまだアメリカを必要としています。
イスラエルはアメリカの最大の同盟国でもあります。
イラン、イスラエルの独自の動きには要注意です。
アフガニスタンでは幸い、米軍撤退後のこの5カ月間で大きなテロが頻発したということはありませんでした。
今のところ、アメリカは、イラク、シリアでのイスラム国(IS)対策には万全を期す考えのようですが、引き続きうまくやらないと、エネルギー問題への対応や、対中国シフトの遅れにつながりかねません。
先ほど述べたように、中東は「経済新時代」を迎えています。
政治、経済両面のバランス感覚を、日本のビジネスパーソンには持ってもらいたいですね。
■アメリカが中東を無視できない事情。中国けん制へ仲間づくり
パックン:アメリカ政治の観点から見れば、中東に関わって得することはあまりないです。
「触らぬ神にたたりなし」。
向こうが落ち着いているなら、放っておこうと。
ただ、民主主義を重視するアメリカとして、中東を無視するわけには、やはりいかないんです。
2021年12月の民主主義サミットでは、同盟国イスラエルを招待しました。
一方で、パレスチナの人権問題は棚上げしたままです。
パレスチナ問題の解決なくして、イスラエルだけ招待していいのかという議論は絶えずあります。
同盟国のサウジアラビアも人権問題を抱えています。
UAE、カタール、クウェートもどうなんでしょうか。
民主主義が進まない国が多い中東との付き合い方は、バイデン政権にとって頭の痛い問題です。
石油があるから彼らの体制を黙認していい、とはならないと思います。
哲学的な矛盾を抱えているんですけど、それでも中東諸国と付き合わなければならない理由は、エネルギー問題以外にもあります。
それは中国へのけん制のためです。
そこでも協力してくれる仲間づくりという観点で、中東諸国は重要なんです。
広い意味では、インドのイスラム教徒のほか、パキスタンやアフガニスタンといったイスラム諸国をどちらの側につかせるか、という問題にもなってきます。
なので、価値観が違う国や政権とも手を結ぶ必要が出てきます。
中東においては、イスラム過激派の台頭が心配です。
アフガニスタンから軍事撤退した分だけ、抑止力に少しゆるみが出てきているはずです。
このあたり、中川さんはどう見ていますか。
中川:中東における過激派の台頭は、最も恐れるべきことで、何としても防がなければなりません。
昨年のアフガニスタンからの撤退はバイデン大統領の強い決意によるもので、その強引さは否めせん。
中東に「力の空白」が生じるのではないかという懸念もあります。
ただ、バイデン大統領が中東から関心を失っているかというと、決してそうではないようです。
ISのかつての拠点だったイラクでは、2021年10月に総選挙が行われ、新政権が発足の準備を進めています。
イラク戦争で荒廃しましたが、少しずつ民主主義が根付いてきていると思います。
バイデン大統領は、自身が上院外交委員長時代、イラク戦争に賛成したことを後悔しています。
バイデン政権の関係者と話していると、なんとしてもきれいに清算したい、2015年ごろから跋扈(ばっこ)したイスラム過激派を復活させない、という決意を感じます。
アフガニスタンとは異なり、イラクには2500人程度のアメリカ軍が残っていて、イラク治安部隊を後方支援しています。
イラク国内には、アフガニスタンのタリバンのような反政府勢力が存在しないということも大きいですね。
一方で、脱炭素社会の実現という観点では、エネルギー転換時代に直面する湾岸産油国と、人権重視の立場をとるアメリカとの間で軋轢(あつれき)が生じています。
また、中東域内では、国交を断絶しているイランとサウジアラビアが、アメリカなき後を見据えたパワーバランス争いもしています。
バイデン政権が、中東の「安定」と「民主主義」の両立というジレンマ、対中国けん制という課題をいかに克服していくのか。
今後、目が離せませんね。
※対談は1月14日に実施しました。
(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)