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「平和」と「武力」が戦う時代に ウクライナ侵攻、世界の構図はどう変わる?【前編】

これだけは知っておこう世界のニュース

■問われるリーダーの発進力 バイデン大統領は?

中川:2021年6月に始まった「これだけは知っておこう世界のニュース」シリーズ、10回目の今回で最終回となります。パックンとパートナーとして一緒にできて大変光栄でした。

このシリーズの一貫したテーマは「民主主義」でした。2021年12月にはパックンの母国、アメリカのバイデン大統領が「民主主義サミット」を開催、世界が民主主義陣営とそうでない陣営に二極化していく懸念も伝えてきました。

それが、2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻で世界が大きく揺れる中、ビジネスパーソンだけでなく、ちまたの会話でも、ロシア、ウクライナの話が普通に出てくるようになりました。

コロナ禍で2年以上が過ぎ、日本人の孤独感や内向き志向が言われますけど、今回のロシアによるウクライナ侵攻は、民主主義を信じ、平和を享受してきた日本人をして、今のままで本当に大丈夫なのか、世界で起きていることをもっと良く知らないといけない、そう思うきっかけになったのではないでしょうか。日本人の価値観を揺るがす事件とも言えます。

パックン:おっしゃるとおりですね。

パックン

中川:今日は、ロシアのウクライナ侵攻を、前半はパックンの母国「アメリカ」、後半は私の専門の「中東」の視点から見ていきます。

このシリーズでは、「アジア」「ロシア」「中東」を3大リスクとして話してきましたが、くしくも今年、まずは「ロシア」が想像を越えた形で出てきました。

3月1日(米国時間)に行われたバイデン大統領の一般教書演説の中で、バイデン氏は、民主主義の本場の大統領らしく「自由は専制に打ち勝つ」と強調しました。ウクライナのゼレンスキー大統領の「光は闇を打ち負かす」という発言も引用していました。

今、世界ではリーダーの発信力も問われています。今日(3月16日)、ゼンレンスキー大統領はアメリカの議会でオンライン演説をします。このような一連の動きの中で、バイデン大統領の対応をどう見ていますか。

ホワイトハウスで演説するバイデン米大統領
ホワイトハウスで演説するバイデン米大統領=2021年11月23日、ワシントン、朝日新聞社

パックン:一般教書演説については、特に前半のウクライナ部分は非常に良かったなと思います。この演説を行ったタイミングが、ずるいぐらい、バイデン大統領にとっては良かったです。ちょうどウクライナで戦争が起き、今、アメリカはある意味で団結しています。

特にアメリカが対立するロシアが侵略しているので、それは野党も反対できません。さすがにロシアの侵略を支持するわけにはいかないです。

駐米ウクライナ大使も招待されましたし、今回の一般教書演説では、めずらしく両院(上院・下院)とも両党(民主党・共和党)の議員が立ち上がって、バイデン大統領の言葉に拍手することが多かったです。

トランプ前大統領が演説した時、ペローシ議長(民主党)がトランプ氏の演説文を破り捨てるというシーンがあったように、残念ながら、最近のアメリカは、野党が与党の大統領を“ディスる”という雰囲気になっています。それに比べて、今回のセッティングは良かったと思います。

トランプ大統領(当時)の一般教書演説終了後、原稿を破るペロシ下院議長
トランプ大統領(当時)の一般教書演説終了後、原稿を破るペロシ下院議長=2020年2月4日、ワシントン、朝日新聞社

パックン:バイデン大統領の発言自体も大変良かったし、今こそ民主主義国家が団結して、台頭している権威主義、専制主義の波を打ち留めなければならない、そういう強さはすばらしいと思いました。後半はアメリカ内政に話題が移り、失速した感があるので、歴史に残るとまでは言えないですけど、総じて安定した内容だったと思います。

ただバイデン大統領は、バイデン氏のことを好きなアメリカ国民に選ばれたというより、トランプ前大統領が嫌いだから選ばれたようなものですから、魅力やカリスマ性に欠けているという印象も否めないです。

特に今、世界が注目しているウクライナのゼレンスキー大統領のパフォーマンスと比較されると、彼はもはやヒ-ローですから、バイデン大統領が見劣りしてしまうのは仕様がないですね。

■アメリカが放棄した「武力」というカード

中川:前回の対談は、ロシアのウクライナ侵攻が始まる10日前ぐらいでしたが、今回、バイデン大統領は最初から、米軍をウクライナには直接派遣しないと明言しました。

民主主義の限界かなと思うのは、私も戦地の中東に長くいたから思うんですけど、「力」が勝つというケースは世界にまだまだたくさんあります。たとえば2021年夏のアフガニスタン撤退で言えば、無条件に米軍撤退する期日を発表したことが、結果的にタリバンという「力」の台頭を招いたのは間違いないです。

この20年間の中東での「テロとの戦い」の後で、今回もバイデン大統領は最初に「力」というカードを放棄してしまった。そこでプーチン大統領に足元を見られたというのは、十分ありえます。「平和」というソフトパワーと、「武力」というハードパワーの戦いという時代が再び訪れたのではないかと思います。

中東カタールで、アフガニスタン駐留米軍の撤退に向けた合意を米国と結んだタリバーン幹部ら
中東カタールで、アフガニスタン駐留米軍の撤退に向けた合意を米国と結んだタリバーン幹部ら=2020年2月29日、カタール、朝日新聞社

パックン:私が東工大で教えている「国際関係論」の一部を紹介すると、まず「現実主義」があって、その次に「力」に集中して考える学派がある。そして「リベラリズム」があります。「リベラリズム」は経済的な関係、もしくは国際社会の規範(国際機関、国際法)に従って武力以外で国の行動を抑止するものです。最後に「コンストラクティビズム」、これはわかりやすく言うと「アイデア」が世界を変えるというものです。

これらの学派には、「経済」の力を忘れないでねとか、「民主主義」の働きを忘れないでねとか、国際法の意義もあるよとか、それぞれの主張があるんですけど、どの学派も最終的には「武力」が勝つと思っているんです。

たとえるなら、すごくインテリで、権力を持っている方で、いろんなところで顔が利いて、企業も政府も動かせる人も、帰り道で銃を突き付けられたら、命を守るために現金を渡しますよね。残念ながら、最終的に武力に勝るものはないです。

戦死したウクライナ将校の葬儀に参列する人たち
戦死したウクライナ将校の葬儀に参列する人たち=2022年3月15日、ウクライナ西部リビウ、朝日新聞社

パックン:ただ、やっぱり、相手の反撃による実際の物質的な被害、攻撃側の人が死ぬとか、攻撃側のインフラが破壊されるとかのほかに、経済制裁、評判、移動の制限といったソフトパワーもてんびんにかけると、国際社会から制裁を課すことで、ロシアにとってウクライナを支配する利益よりも、ウクライナに侵略したせいで被る損失が大きくなるという事態になれば、その時に戦争を停止するという判断はありえるかなと思います。

つまり、「力」で反撃しなくても抑止できる、それが総合的な国際関係理論の見方です。

中川:たしかにアメリカは米軍を直接ウクライナに派遣しないにしても、バイデン大統領が3月24日にはNATO首脳会議に対面で参加し(トランプ前大統領とは違い)同盟重視をアピールすることになっていますし、ロシア産原油の輸入を禁止するなど、攻めの姿勢を見せているのが印象的です。

■脱ロシア産エネルギー EUによるパワーバランスの変化

パックン:長期的に大きいと思うのが、EUが2030年までに、ロシアからの天然ガスの輸入をゼロにする、その3分の2が今年中に実現できると発表したことです。ロシアに対するエネルギー依存度を下げることで、ロシアに取られているエネルギーという「人質」を解放することができます。

今後のウクライナ情勢は短期的にも、中長期的にもなかなか見通せないですけど、8年後にEUがロシアに依存しなくなるということはすごいこと、大きなパワーバランスのシフトだと思います。

欧州連合(EU)の行政機能を担う欧州委員会
欧州連合(EU)の行政機能を担う欧州委員会=2018年7月、ブリュッセル、朝日新聞社

中川:このコラムでも、パワーバランス、いわゆる地政学の問題と、エネルギー安全保障、あとDX(デジタルトランスフォーメーション)が、ビジネスパーソンにとっての三種の神器だと言ってきました。

ロシアのウクライナ侵攻で、エネルギーが地政学にも影響を及ぼす、相互に密接に関連しているということが明確になったと思います。EUがロシアを恐れることは、かなり減りますか。

パックン:今回はプ―チン大統領が核のカードで脅してきていますし、核以外の実力、サイバーや宇宙といった領域でも、依然ロシアの優位性があります。ただ、ロシアへのエネルギー依存がなくなれば、今回を超える規模で経済制裁を課すことも今後、可能になると思います。

中川:アメリカ内政の観点では、今回、バイデン大統領が思い切った禁輸措置に踏み込めたのは、やっぱり、ヨーロッパとはロシアとの地政学的な位置づけが異なることが大きいのでしょうか。

中川浩一さん

パックン:それもありますし、アメリカにとってロシアから輸入している原油や天然ガスは、輸入量全体の7~8%ですし、アメリカは今やエネルギー自給率100%にも簡単になることができます。またロシアと地理的に遠いという地政学的要素もたしかにあります。

中川:この秋のアメリカの中間選挙で、バイデン大統領率いる民主党が勝利できる要素はないと、このシリーズでパックンは何度も話していました。

今回のロシアによるウクライナ侵攻で、バイデン大統領がトランプ氏のお株を奪うように戦時の大統領としての「力強さ」を見せたら、今までの「温厚な」、悪い言い方をすれば(アフガニスタンもそうでしたが)「弱腰な」イメージと違う顔を見せられたら、逆風を順風に変えるきっかけになりはしないでしょうか。決して望ましいきっかけではありませんが。

パックン:私は、それでもまだまだ悲観的です。まず、アメリカは外交で票が動くことはないことで有名です。国内問題、日常生活が一番の要素です。インフレがこのまま続いて、ガソリン価格の高騰も秋まで続くでしょう。

たしかに、私は、バイデン大統領のリーダーシップは評価していますし、中立層の浮動票が、もしかしたら1~2%、バイデン大統領の民主党に動くかもしれませんが、だからと言って選挙の結果が変わるとまでは考えていません。

ペンシルベニア州議会の建物前に集まったバイデン支持者たち
ペンシルベニア州議会の建物前に集まったバイデン支持者たち=2020年11月7日、ハリスバーグ、朝日新聞社

■「敵の敵は味方」? 中国の思惑は

中川:今回のロシアによるウクライナ侵攻で、中国も難しい立場に立たせられていますね。中国がロシアに武器支援をするとか、いろいろな情報戦が展開されてますが、中国が単純にこの二極化に乗ってくるのか、中国もしたたかにふるまうのではないかと思います。

パックン:おっしゃるとおり、中国にとっては、大変難しい状況です。米中対立の中で、今はアメリカがロシアと対立しているから、敵とは言わないまでも、「対立国の対立国は味方」と考えて、中国がロシアを支援したいのが本音でしょう。

ただ、今は国際社会全体が、ロシアの蛮行に反対の意思で団結しています。先日の、ロシアのウクライナ侵攻を非難する国連総会決議で、反対票はロシアを入れて5カ国だけでした。そこで中国が「棄権」したことはけっこう大きいかなと思います。「敵の敵は味方」という考えを採用しなかったわけです。

プーチン大統領は当然、中国には反対票を期待していたはずです。なので、ロシアとの経済の連携は切れないと思いますが、中国が武器までロシアに供与するかは微妙なところですね。それをしたら、世界の反ロシア感情が、反中国感情にそのまま代わる可能性も出てきます。

中国の習近平国家主席
中国の習近平国家主席=2019年6月29日、大阪市住之江区、朝日新聞社

パックン:今回のウクライナ戦争は、私は、第3次世界大戦には発展しないと思います。ロシアがウクライナを長く占領してロシア占領軍に対するウクライナ国民のゲリラ戦が始まるか、それとも交渉が成立するか、あるいはロシア軍が撤退するか、この3つの結末のどれになるかは、この半年以内に決着がつくと思います。

その意味で、中国はしばらく様子見をすることが賢明かもしれません。しかし、もし、中国がロシアに「力」を貸してしまったら、それこそ世界大戦になりかねないと思います。

中国がこの先、台湾の統一だけではなく南シナ海への進出も図ろうとするときに、世界が一枚岩になって止めに入れるかは、ウクライナで発揮した世界の結束力が試されます。ドイツはじめNATOのメンバーは国防費を引き上げることになりましたが、みんながより「力」を身に着けることが、中国への抑止力になるかもしれません。

その意味で、中国からすれば、今回のロシアの行動は「余計なこと」に映ると思います。もし、ロシアがウクライナにあっさり勝利して、大国が小国を乗っ取っても良い、ということになれば、中国にとっては好都合だったかもしれません。台湾だけでなく、南太平洋の島国や、ASEAN諸国まで大変心配になってしまいます。ただ、もはや中国がロシアに武器供与しても「あっさり勝つ」という可能性が低くなりました。

漁をするフィリピン人漁師の奥には中国の船が監視するように停泊していた
漁をするフィリピン人漁師の奥には中国の船が監視するように停泊していた=2016年12月13日、スカボロー礁付近、朝日新聞社

中川:ウクライナが(ソ連時代に侵攻して失敗した)アフガン化していく可能性もありますね。ウクライナ国民や国際社会が一致団結して、長期戦になればロシアは敗北する、ウクライナが「帝国の墓場」となる可能性もあります。昨日(3月15日)、米中の外交トップが7時間会談して、アメリカ・サリバン大統領補佐官は、中国とロシアの連携に深い懸念を表明しました。今年は米中対立が主戦場かなと思いましたが、いきなり世界の構図が変わりつつあります。

パックン:中国はこれからさらに成長していく国、一方、ロシアの国力は下がる一方です。中国が沈没船にわざわざ乗るよりも、ロシアを見限って世界2位の経済大国として、自らの力で世界各国と交渉した方が中国にとってはいいのではないでしょうか。中国の動向にも注目ですね。

(対談は3月16日に実施しました。【後編】はこちらからお読みいただけます)

(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)