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中国ゼロコロナ抗議デモを世界に拡散 匿名ツイッター「李老師」が発信を続ける理由

World Now 更新日: 公開日:
李老师不是你老师(@whyyoutouzhele)のツイッターアカウントのトップ画面。プロフィール欄には「客観的に、正確に、即時に、いま発生しており報道されないニュースを流します」とある

速さと量で圧倒、中国国内の動画をリアルタイムで発信

2022年10月、中国共産党大会の直前、北京市の陸橋に「封鎖はいらない、自由が欲しい」などとゼロコロナ政策を続ける習近平政権を批判する横断幕が掲げられた事件以来、筆者はツイッター上で中国国内の動きを追っていた。

中国国内では「グレート・ファイアウォール(ネットの万里の長城)」と呼ばれる厳しい情報統制があるため、中国の市民らが現地で撮った動画や写真は、国内のSNS上ではすぐに削除されてしまう。

そうした情報をすくい上げ、ツイッターなどで海外に伝える在外中国人は多く、中国国内外のジャーナリストをはじめとする「中国ウォッチャー」が、こうした投稿を情報源にしていた。

そんな中で、速さと量で他を圧倒していたのが、「李老師」だった。

白紙を掲げた人々が街頭で抗議をしたいわゆる「白紙革命」「白紙運動」が中国全土、そして世界で広がりを見せた11月下旬は、CNNなど多くの海外メディアでも、李老師が発信した動画を現場からの映像として報じていた。

世界的にも注目された、中国国内での現場の映像をいち早く集めたツイート数は多い時で1日40件を超え、フォロワー数もうなぎ登りに増加。

確認できただけでも11月上旬には20万足らずだったフォロワー数は、1212日に86万を超えた。CNNは「李老師」のツイッターのネコのアイコンに触れ「中国のインターネット上最も有名で危険なネコ」と自嘲する本人のコメントを報じた

「李老師」の素顔はイタリア在住の中国人アーティスト?

この「危険なネコ」の正体は一体どんな人なのか――。

中国語で「李老师」にツイッターのDM(ダイレクトメッセージ)で連絡を取って取材を打診してみると、拍子抜けするほど簡単に「いいよ」と返信がきた。

インタビューは12月上旬。最初は無料通話アプリでのビデオ電話で顔を隠していたが、次にオンラインで追加取材を申し込んだら、顔を見せてくれた。「1992年生まれの30歳」という彼は、黒色タートルネック姿で画面上に現れた。彼との一問一答は以下の通り。

筆者(写真左)のオンラインインタビューに応じる「李老師」(同右)=筆者提供(画像の一部を加工しています)

――いま、どちらにいて、普段は何をしているのですか

芸術を学ぶために2015年からイタリアに住んでいる。アーティストとして活動したり、現地にいる中国人に美術を教えたりしている。

――だから「李先生(李老師)」?

そう。19歳で地元の美術学校で教え始めたから、こう呼ばれてきた。いまは友人も含めて周りはみんな僕を「李先生(李老師)」と呼ぶけどね。

――どんな子ども時代を送ったのですか。

中国東部の出身。家庭は経済的には恵まれていたけど、周りには貧困地域も多く、困窮した生活を送る人々の生活を間近に感じて育った。だから子どもの頃から、社会的に不合理な出来事について怒りを感じたり、不合理が起きる理由を考えたりしてきた。

祖父がビルマ(現ミャンマー)での戦いに派遣された国民党の軍医だった影響で、文化大革命の時に迫害を受け、いまの実家のある東部の省に逃げた。親は美術の道に進み、政治にはタッチするな、という雰囲気はあった。

「李老師」のツイッターのアナリティクス画面。11月22日時点で過去28日間でフォロワー数が62万人増え、77.2万人になったことが分かる=本人のツイッターより

ある事件をきっかけにSNS微博アカウント凍結「52回」

――今、中国に関心のあるツイッターユーザーが、中国での出来事を知るのにあなたの発信を見ています。

僕がこうして情報を発信できるようになったのは、そんなに複雑な話ではない。なぜみんなが僕のもとに情報を送りたがるのか。それは僕がいろいろな人から寄せられる情報を発信する、ということを昔からやってきただけにすぎない。 

ツイッターを始める前、僕はずっと微博(中国版ツイッター)のユーザーだった。その頃から、中国国内で起きた事件や、ユーザーが発信する生活上の困ったことを集めては、発信してきた。

でも「あること」がきっかけで微博を続けられなくなってしまい、それで今年5月頃からツイッターに引っ越ししてきた。

――「あること」とは?

今年1月に発覚した、江蘇省徐州市で鎖につながれて小屋に閉じ込められた女性の事件だよ。

僕は、中国国内でもあの事件についてかなり早くから注目し、情報を発信し続けていた一人だった。当時、僕には10万人足らずのフォロワーがいて、それは微博の中ではたいしたことがない数だけど、一人の女性が情報を寄せてくれた。

「お姉ちゃんが行方不明で、事件と関係があるかもしれない。助けてほしい」と言われ、僕は彼女のために情報発信を続けた。

事件が発展して大きな社会問題になっていくにつれ、僕の微博のアカウントは凍結された。作っても作っても、すぐに凍結された。わずか2、3カ月の間に僕は52個のアカウントを凍結されて、もう微博では発信できないと思った。

微博とツイッター「何もかも正反対」、SNSの違いに衝撃

――それでツイッターを始めたんですね。

ツイッターのアカウント自体は2020年に開設していた。だけど、投稿できる文字数は140字以内、動画も140秒までという制限があり、微博と違って使いづらいと思っていた。

だけど、微博に見切りをつけてツイッターの世界に飛び込んだら、驚くほどの違いがあった。

微博では、人種差別や誹謗中傷、性的マイノリティーへの攻撃や個人情報の暴露など、どんなにひどいことを投稿しても、社会的な問題や政府についての議論さえしなければ大丈夫なんだ。

ところがツイッターは正反対。

個人攻撃や人種差別的な内容など、道徳的ではない内容はだめだけど、政府や自国のリーダー、社会問題についての議論は何の問題もない。

それぞれ、NGなこととOKなことがあるのに、まったく逆。

SNSにおける中国国内のプラットフォームと、世界で主流となっているプラットフォームの違いに触れ、衝撃を受けた。

――中国の人々はどうやってあなたに連絡を取っているのですか

僕の情報受け付けルートはツイッターのDMしかない。だから、みんな直接メッセージを送ってくる。

――彼らもツイッターユーザーということでしょうか 

みんなが想像するよりずっと、中国国内の市民は「VPN(海外サーバー経由でネットに接続できる仮想プライベートネットワーク)」を使ってツイッターやYouTubeを見ている。投稿するかは別だけど。僕のアカウントのDMはオープンにしてあるから、相互フォローしていなくてもメッセージが送れるんだ。

多いときは1秒間に「40件」のメッセージ

――1日にどのくらいのメッセージが届くのですか。

中国国内の抗議活動が一番激しく展開していた112627日の週末は1秒間で40件もの情報提供があった。あのときはまったく追いつかなかった。いま(=121日時点)も、あなたと話をする少し前から見ていないから、未読メッセージが「1761件」になっている。

「李老師」のアイコンにもなっているネコのイラスト=「李老師」提供

――どうやって投稿内容の真偽を見定めて、投稿するのですか。

方法は二つある。一つは画素数だ。画像の圧縮率が高すぎると、微博でアップされたり、友人から直接送られたりしたものをダウンロードしてきた場合が多い。その場合はどこでそれをもらったのか、場所や時間、どんな人が撮ったかを分かる範囲でDMで尋ね、信頼できると思えば発信する。

もう一つは、現地から撮影者本人が送ってくる場合。大きな事件が起きている場合は、一人ではなく複数人から同じ場所の違う角度のものが送られてくる。衝撃的な映像や写真でも、一人しか送ってこなければフェイクニュースの可能性が高い。

――真偽の判断を間違えることはありませんか。

一番大変だったのは、送られてきた動画や写真が本物かという見定めだ。そこで、ツイッター上で「情報を送るときは、まず自分自身でその情報の正確な、撮影場所、時間、状況を書いて」と頼んだ。

僕にすべての事実関係のチェックをさせないで、と。そうすると、DMで送られてくる情報の質がグッと上がったんだ。投稿者自身が情報を精査、整理した上で送ってくれるようになり、僕の発信するものも間違いが少なくなった。

それでも、間違うこともある。1日に4回間違えたこともあった。

その場合は、間違いが分かった時点ですぐに訂正する。大事なのは、間違えることを恐れるのではなく、いかに早く、現地からの情報をたくさん発信するかだと思う。僕は論評を加えないので、とにかく「速さと量」を出し続け、あとはフォロワーの皆さんが判断することだと思う。

――中国における一連の抗議活動の発信の中で、特に印象に残ったのはどのツイートですか。

3つあります。

1つ目は、フォックスコン工場(=中部・河南省鄭州市のiPhone製造工場)での中継映像。

従業員が警察と対峙しているときに、工場内部にいる人が突然、中継を始めた。そんなものが流れてくるとは思わなかった。スマホのライブ中継という、普段であれば娯楽にしか使わないような手法が、社会問題にもなっている現場の中継で使われた。最初に映像を見たときは衝撃で、新鮮だった。

2つ目は上海市のウルムチ路で、人々が横断幕のスローガン「不要核酸(PCR検査はいらない)」を唱えたとき。

中国ではネットの検索画面に入力するだけで警察から「お茶に呼ばれる」(尋問を受けるという意味の隠語)こともあるというのに、中国人が中国国内でこのスローガンを街頭で唱えていたんだ。あの映像が送られてきた時は、一瞬本物かどうか分からず、実際に起きていると知って身が震えた。

3つ目は南西部・四川省成都市であった抗議集会。

やはり「PCR検査はいらない」のスローガンを唱える市民に対して、警察が突然なだれ込んで人を捕まえだした。現場が大混乱したとき、「みんな、助け合って!」「足元に気をつけて!」と中国人が互いに注意しあう声が入っていたんだ。あれには感動した。

――「ゼロコロナ」政策は中国各地で急速に緩和されています。自身の発信を含め、SNSが果たした役割をどう評価しますか。

ゼロコロナ政策の緩和は、当然、SNSを中心とした市民の訴えの影響があったと考える。でもこの先のことについて僕は慎重派だ。もともとワクチンの問題についてSNSで提起していた。ゼロコロナから突然、規制緩和をしていっているけど、中国ではまだまだたくさんの問題を解決しないとならず、楽観的なことは言えない。

――中国国内の大学生ら、若者の声がSNSで拡散したことについては。

いろいろな人が、今回と33年前の出来事(1989年の天安門事件)を比較したがり、「新しい時代への幕開け」なんてことをいう人もいる。

でも僕自身はそうは思わない。当時、北京に集まった大学生たちはもっと強烈な渇望を持っていた。中国という国が良くなるための訴えだった。理想主義で、壮大。

でも今回の彼らの要求は「解封」(ロックダウンの規制緩和)だよね。理想の国づくりを求めるのではなく、単に普通の生活を送らせろ、ってこと。

北京や上海など、主要都市で確かに一部の人が「言論の自由を!」「報道の自由を!」、あるいはあのときと同じ(民主を!という)スローガンを訴えたけど、大部分の人が言いたかったのは「普段の生活に戻してくれ」という単純なものなんだ。

ただ、SNSのおかげで、中国国内の出来事は発生とともにほぼ瞬時にネット上に出回る。だから、(天安門事件の時のような)本格的な流血事件には結びついていない。けが人が出たり、抗議者が捕まったり、催涙ガスが飛び交う激しい衝突もあったけど、最後の一歩(軍による武力制圧)は出てこなかった。そういう意味では、市民が発した声、つまりSNSが勝利したと思う。

「記録者」でありたい ジャーナリストでも活動家でもなく

――あなたの活動は、伝統メディアとは何が違うと思いますか。

僕のような「自媒体」(個人メディア)は、コンテンツに対する事実関係のチェックや校閲を、伝統メディアほど手間をかけてやらない。そもそもこのアカウントは僕一人で運用しているからそんなことやっていられない。テレビや新聞は間違いを報道してはならないので、コンテンツの発信については慎重になるため、私が出すようなスピードで世の中に出すことはできないと思う。

――投稿者からの期待も感じる?

僕は、情報提供者からある程度話を聞き取り、信頼できると思ったら、その人たちの思いをくみ取ってできるだけ早く発信したいと考えている。SNSでは投稿者もユーザーも、そのスピードを期待しているからね。

――自身の考えをツイッターで投稿・発信することはしていませんね。

僕はアーティストで、政治的な論評をするのは得意分野ではない。微博を使っていたころは自分の考えを述べることもあった。でも、いまこうしてたくさんのフォロワーを持つ人間としては、客観的な立場を保ち続けることが大事だと考えている。だから、ツイッター上では自分の考えを述べない。

――あなたは自分をジャーナリスト、活動家のどちらだと思いますか。

どちらでもない。僕は「記録者」であり、「監督者」でありたい。僕のアカウントを通じてユーザーが、中国でいま起きている変化を見ることができるような、そんな役割を果たしたい。

 ――誰を監督するのですか。政府?

・・・それしかないですよね。彼ら(政府)が、今回のようなSNSの大きなうねりに直面して、言論は完全に封鎖することはできないこと、市民の訴えには耳を貸さないといけないということを感じたのではないかと思う。

僕は苦しんでいる人々の力になったことをうれしく思うし、彼らが言いたくても言えないことを代わりに表現し、かき消されそうな訴えを保護する者でありたい。

あ、でも僕はアーティストだけどね。

「李老師」のツイッターのトップ画面の自画像=「李老師」提供

――身元が明かされる心配はないですか。

常にありますね。いまこの瞬間も、中国のSNS空間では僕の個人情報を暴こうとする人が大勢いて、実際にいろいろな情報が流れてしまっている。みんな僕がどこの誰かを必死で探している。完全匿名を貫くというのはとても苦しく、常に危険と隣り合わせだと感じている。

――実際にリスクを感じたり、脅迫されたりしたことはありますか。

何度もあります。DMで「会ったら殺す」と言われたり、「なんのためにこんな投稿をするんだ?」と聞かれたりする。

今日もあなたと話をする少し前に親から連絡があった。実家に警察が来たんだ。

「危険だから投稿をやめてくれ。警察官からも『息子を教育しろ』と言われている」と。

「アカウントが凍結されるかもしれない。みんなにお願い。投稿する時、自分以外の信頼できる他のツイーターにも送ったほうが良い」と書かれた「李老師」のツイート=2022年11月28日の投稿から

――それでも投稿を続けるのでしょうか。

僕はやめない。今回のことでツイッターが果たした役割、みんなが勇気を持って立ち上がってくれたことの拡散に役立てたことに感動しているから。

――怖くないですか。

怖い。当然、怖い。

でも、いま僕にとっては、プラットフォームであるこのアカウントを守るほうが大事なんだ。みんな、僕がなぜツイッターを続けているのか理解できないみたいだけど、一人の記録者、監督者として客観的に社会の動きを発信している者としては、そうした「無理解」はつきもので、それも含めて発信を続けないといけないと思う。

――攻撃を受けやすいのは匿名だからというのもあるのでは。アーティストとして名乗り出る考えはありますか。

匿名にしようと実名にしようと僕の自由だよ。

そもそも中国人がインターネット上で発言するなら、身を守るために当然、匿名を選ぶだろう。

仮に名乗り出ようと思っても、一連の事件はあまりに急に展開して、あっという間に有名になって、実名に変えるタイミングもなかった。いまこのタイミングで名乗り出たら、それはそれで「売名行為」と批判されるだろうしね。

それに、いま本当に大事なのは僕の名前ではなく、中国で実際に声をあげた人々だということを忘れないでほしい。 

リスクも顧みずに抗議活動に参加し、演説し、白紙を持ち、捕らえられた人々。彼らこそが本当に勇敢な人たちで、英雄なんだ。僕はたまたま彼らのやっていることを伝えたに過ぎない。いま注目を浴びているからといって、ここで名乗り出て、まるで僕がすごく良いことをしたと英雄ぶるなんておこがましい。

僕のアカウントを通じて「本当にすごいことを成し遂げたのは誰なのか」…それだけは伝えたい。

日本の識者の評価は

李老師の活動はどのような意義を持つのか。中国の内政や人権問題に詳しい2人の専門家に聞いた。