ガラパゴス諸島の周辺は豊かな海域で生態学的にも多様性に富み、何世紀にもわたって地元漁師たちを引き付けてきた。しかし、この海域はいま、非常に巨大で強欲なハンターと向き合っている。中国だ。
ガラパゴスはエクアドルに属する。ところが、中国漁船は本国から数千海里(訳注=1海里は約1.852キロ)も離れた場所で、時にはエクアドルの排他的経済水域(EEZ)の端で漁をし、その数は年々増え続けている。
中国漁船は2016年以来、南米沖でほぼ連日、毎年操業しており、季節に合わせてエクアドル沿岸からペルー、そして最終的にはアルゼンチン沖へ移動し、今年はすでに延べ1万6千日分以上を水揚げしている。
この漁獲規模は、地元の経済や環境だけでなく、マグロやイカ、その他の種の漁業の持続可能性に警鐘を鳴らす。
中国はここ20年で、世界最大の遠洋漁業船団をつくりあげた。船団は間違いなく3千隻近くの船舶を擁している。中国は自国の沿岸海域の資源が著しく枯渇していることから、今や世界中の海で漁をしており、その規模は一部の国々にとって自国海域で操業する漁船をしのぐほどになっている。
影響はインド洋から南太平洋、アフリカ大陸沿岸から南米沖の海域にまで拡大し、中国の地球規模の経済力を公海に示している。
中国の活動は外交的および法的な抗議を招いてきた。漁船団は違法行為にも関与している。他国の領海への侵入、労働虐待の容認、絶滅危惧種の捕獲などだ。エクアドルは2017年、冷蔵設備を持つ貨物船「フー・ユワン・ユイ・ロン(福遠漁冷)999」号を拿捕(だほ)した。同船は違法貨物のサメ(フカ)6620匹を積んでいたのだ。中国でフカヒレはごちそうだ。
しかしながら、中国の活動の多くは合法である。あるいは、少なくとも公海ではほとんど規制されていない。中国で増え続けている豊かな消費者たちの需要の高まりを考えれば、そうした漁業がすぐには終わりそうにない。しかし、それは持続可能であることを意味しない。
2020年の夏、海洋保護団体「Oceana(オセアナ)」がガラパゴス諸島周辺で操業する中国漁船を数えると、300隻近くいた。エクアドルのEEZのすぐ外側、つまり国連海洋法条約で当該国に自然資源の権利が認められている200海里(約370キロ)の海域外に位置する場所だ。衛星で追跡すると、中国漁船はEEZの境界ギリギリの位置で操業しているため、船をなぞっていくと境界線を描けるほどだった。
300隻の総水揚げは、ガラパゴス諸島周辺の漁獲の99%近くを占めた。他のどの国(の漁獲)もこれには及ばなかった。
「私たちの海は、もはやこのプレッシャーに耐えられない」とガラパゴスの漁民アルベルト・アンドラーデは言う。非常に多くの中国漁船の存在が、エクアドルの領海内の地元漁民を厳しい状態に追いやっていると彼は付け加えた。そこは、チャールズ・ダーウィンの進化論にひらめきを与えた海域で、ユネスコの世界遺産に登録されている。
アンドラーデは、諸島周辺の漁業保護の拡充を呼びかける漁民団体「ガラパゴス海洋保護区のためのアイランドフロント(諸島戦線)」を組織した。
「大規模船団は資源を破壊しており、私たちは将来、漁業ができなくなるのではないかと心配している」と彼は言い、「パンデミック(感染症の世界的大流行)でさえ中国漁船の操業を止められなかった」と話した。
中国は1996年に日本で造られた冷蔵貨物船「ハイフォン(海風)718」号のような船舶を持っており、それが産業規模の漁業を可能にしている。同船はパナマ船籍で、北京にある「チョンユイ・グローバル・シーフード・コーポレーション」という企業が運用している。国有企業で、オーナーは「中国水産総公司」だ。
海風718号は運搬船あるいは母船として知られている。大量の水揚げを保存する冷蔵保管庫を備えている。海上で貨物を降ろしたり乗組員を補充したりするための小型船舶用の燃料やその他の物資も積んでいる。従って、他の船は港に戻る時間を割く必要がなくなり、ほぼ継続的に操業できる。
船舶の自動識別装置から位置情報を収集している調査機関「グローバル・フィッシング・ウォッチ(GFW)」によると、海風718号は2021年6月から1年間、さまざまな海域で中国国旗を掲げた小型船舶少なくとも70隻と接触した。「瀬取り」として知られる接触によって、小型の船が何百マイルも離れた港まで行って降ろすはずの漁獲物を積み替えるのだ。
南米大陸の沿岸で操業する漁船団は、一体となって1年を通して魚を追うことができる。中国山東省の港町・威海を出航した海風718号は2021年8月、ガラパゴスに到着し、エクアドルのEEZ外の海域で1カ月近くを過ごした。そこで、「ホーペイ(河北)8588」号のような多くの船にサービスを提供した。
こうした船は船団の獲物の一つであるイカの捕獲用に設計されている。夜間、海面を照らしてイカをおびき寄せる照明が非常に明るいため、宇宙空間から衛星で追跡できる。
1カ月後、中国の漁船団はペルー沖に移動し、そこで海風718号は20隻以上の小型船舶ににじり寄った。なかには、河北8588号のように複数回にわたって接触した船もあった。
漁獲物を積んだ母船は中国に戻った。昨年暮れまでに再び海に出た。この時はインド洋を通って西へと舵をとった。1月に始まるイカ漁に向けてアルゼンチン沖に着いた。5月には再びガラパゴス諸島の海岸沖にいた。
こうした操業がイカの漁獲ブームをもたらした。1990年から2019年までの間、深海用のイカ漁船の数は6隻から528隻に急増し、報告された年間水揚げ量は5千トンから27万8千トンに膨れ上がった。これは今年のGFWリポートによる数字だ。2019年に南太平洋で操業したイカ漁船のほぼすべてが中国の船だった。
漁獲物を他の船に積み替える瀬取りは違法ではないが、専門家によると、母船を使うことで水揚げ量を過小報告したり、漁獲場所を偽装したりするのが容易になる。他の海域には日本や韓国、台湾なども深海漁の船団を送り込んでいるが、いずれも中国ほどの規模ではない。
海風718号だけでも50万立方フィート(約1万4158キロリットル)以上の貨物スペースがある。数千トンの魚を運ぶのに十分なスペースだ。
GFWは説明がつかない「徘徊事象」を数多く追跡してきた。大型船が1カ所に長く留まり、母船と小型船舶との接触が記録されないまま、うろうろしていることを指す。専門家は、小型船舶が探知されるのを避けて違法あるいは無規制の漁獲を偽装するために船舶の自動識別装置をオフにしている可能性があると警告する。
南米大陸沖のイカのような特定の種に及ぼす影響を正確に測るのは難しい。南太平洋など一部の地域には、国際協定で水揚げ量を当該国に報告する義務があるが、過少報告が一般化しているとみられている。南大西洋には、そうした協定はない。
資源は減少しているという懸念すべき兆候が、すでに出ている。それは、広範な生態系の崩壊を予見させる。
「懸念は膨大な数の船と、水揚げ量や漁獲場所を知るための説明責任が欠如していることだ」とOceanaの海洋学者マーラ・バレンタインは指摘する。「それに、現在すでに生じている影響が今後に波及する可能性を心配している」と彼女は言う。
「影響を受けるのはイカだけではないからだ」とし、「イカを餌にするモノすべてに影響が及ぶ」と付け加えた。
ガラパゴス諸島の端に2020年、中国の漁船団が出現し、その規模の巨大さに国際的な注目が集まった。エクアドルは北京で抗議した。当時の大統領レニン・モレノは海洋保護区を守ることをツイッターで誓約し、そこを「地球全体の生命の苗床」と呼んだ。
中国は譲歩を申し出た。中国は特定の地域での漁業を一時停止すると発表したのだが、評論家たちは漁業の一時停止が豊漁ではない季節に適用される点を指摘した。中国は深海漁の船団規模にも規制をかけると約束したが、船の数は減らさず、漁業会社に供与する政府補助金を削減するのだという。しかし、そうした漁業会社の多くは国有か国家の支配下に置かれている。
ガラパゴス諸島をめぐる騒動の翌年、中国漁船団の大半はエクアドルのEEZから遠ざかった。それ以外の点では、以前と同様に漁を続けた。
アルゼンチンでは、海洋保護団体「Gallifrey Foundation(ガリフレイ財団)」に支援された環境保護活動家のグループが昨年、最高裁判所に(中国漁船の操業の)差し止め命令を求める訴えを起こした。環境保護の憲法上の義務を順守するよう、同国政府に働きかけるためだ。活動家たちはエクアドルでも今後数カ月以内に同じように提訴する予定だ。
米国もまた、小国が中国漁船の違法操業あるいは無規制操業に対処するための支援を約束している。米沿岸警備隊(USCG)は、中国漁船の操業を海洋における安全保障上の最大の脅威の一つと見なし、南太平洋に複数の巡回警備船を派遣した。
米大統領ジョー・バイデンは7月、業界の監視強化を約束する国家安全保障覚書を発表した。同月、米副大統領のカマラ・ハリスは太平洋諸国のフォーラムでリモート演説し、米国は各国海域でのパトロール支援を3倍に増やし、今後10年間に毎年6千万ドルを提供することを明らかにした。
そうした取り組みは各国の領海内では役立つかもしれないが、中国船団の公海上での活動はほとんど制限できない。世界の魚の消費量は増え続けており、19年には記録的な量に達した。同時に、国連食糧農業機関(FAO)の最新報告によると、判明しているほとんどの魚種の資源は減少し続けている。
「難題は、中国にも海洋資源の長期的な視野に立った持続可能性確保の必要があると説得することだ」と国際的な環境保護弁護士ダンカン・カリーは指摘し、こう続けた。「資源は、永遠にあるわけではない」(抄訳)
(Steven Lee Myers、Agnes Chang、Derek Watkins、Claire Fu)©2022 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから