新型コロナウイルスの感染が拡大する前の2019年、148万人の観光客が石垣島を訪れた。美しい海が広がる島の南端にある岸壁に、白い船体が美しい海上保安庁の巡視船4隻が係留されていた。総トン数1千トンの「はてるま」、「ざんぱ」、「よなくに」。もう1隻の「みずき」は同180トン。「みずき」は01年12月に奄美沖で起きた北朝鮮工作船事件で現場で対応にあたったほか、10年9月に尖閣諸島沖で日本領海に侵入した中国漁船と衝突したことで知られる。
尖閣警備には現在、石垣海上保安部の1千トン級の大型巡視船10隻と、那覇海上保安部所属のヘリ搭載可能な3100トン級の大型巡視船2隻が専従している。11月12日には、山口県下関市で、石垣海上保安部に配備されるヘリコプター搭載型大型巡視船「あさづき」(総トン数約6500トン)の引き渡し式が行われた。
だが、これで十分というわけではない。島の住民は「時々、この地方とは縁のない名前の巡視船が停泊している。巡視船の数が足りないから、応援に来ているのがわかる」と話す。
海上保安庁によれば、1千トン以上の船舶でみた場合、尖閣国有化当時に中国海警局の公船は40隻で、海保の51隻を下回っていた。ところが、19年末には海警の公船は130隻にも達した。同年度末の海保巡視船は66隻に過ぎない。海警は数年前から5千トン級のヘリコプター搭載船を尖閣周辺に投入しているほか、機関砲を搭載した1万トン級の公船も保有している。
中国が1千トン級に満たない小型船舶を投入していた時代、尖閣周辺で活動する期間は数日間に過ぎなかった。小型船の場合、食糧補給が十分でないほか、荒れることが多い尖閣諸島の海域で、乗組員が長期間の乗船に耐えられなかったからだ。公船の大型化に伴い、中国海警は昨年4月14日から8月2日にかけて連続111日間、日本の接続水域内にとどまった。
自衛隊の元幹部はこうした行動について「警察権を行使し、パトロールを行うという法執行機関の発想ではない。プレゼンスを示して制海権を握るという軍の動きそのものだ」と語る。
中国海警局の公船4隻が二手に分かれて、海上保安庁の巡視船の動きを攪乱したこともあった。同幹部は「これも軍の発想。陽動作戦だ」と説明する。防衛白書によれば、中国海警局は2018年7月、国務院(中央政府)の指揮下を離れ、中央軍事委員会が指揮する武装警察の隷下に入っている。
石垣島の仲間均市議は今年8月、9・1トンの漁船で尖閣諸島に2泊3日で出漁した。尖閣に近づくと、海保の巡視船4隻が漁船の前後左右を守るように取り囲んだ。その左右、漁船から約2500メートル離れた位置を海警の公船2隻が仲間さんの漁船を挟み撃ちにするように併走した。日本の海保と中国の海警はお互いに電光掲示板を使い、領海外への退去要求をぶつけ合っていた。海警の併走は、仲間さんが大正島と魚釣島の近くでアカマチ(ハマダイ)110キロを捕る間続いた。
仲間さんは1995年以降、何度も尖閣沖で漁をしてきた。尖閣諸島への上陸も計16回を数える。中国側は当初、仲間さんの漁船を遠くから監視するだけだったという。海警局が武装警察の隷下に入ってから、領海や接続水域に入ることをためらわなくなった。仲間さんは「現場に行くと、尖閣が中国に乗っ取られたように見える」と憤る。
そして、自衛隊関係者によれば、海上自衛隊と中国海軍の艦艇がそれぞれ、海保と海警の衝突に備えて、後方の海域に控えている。中国の場合、更に後方にミサイル搭載艦が待機しているという。
海保巡視船が係留された港から、車で北西に30分ほど離れた開南地区。道路脇に「住民無視して基地作るな!」という立て看板があった。はるか後方で、2019年3月から始まった陸上自衛隊石垣駐屯地の造成工事が進んでいた。22年には陸自の警備隊、対艦・対空ミサイル両部隊が駐屯する見通しだ。
自衛隊関係者によれば、今年8月までは、反対派の人々が工事現場の入り口に小屋を設置し、トラックや積載した資材を監視する活動を続けていたという。この日は反対派の姿は見当たらなかった。立て看板を見る限り、環境破壊を配備反対の理由に挙げているようだが、中国や尖閣諸島問題を巡る主張は見当たらない。
定数22の石垣市議会は現在、おおむね自衛隊配備に賛成する保守系与党が13、反対する革新系野党が8(欠員1)という構成になっている。10月31日投開票された衆院選で石垣市の得票は、配備賛成の西銘恒三郎氏(自民)が「住民合意のない配備に反対」した金城徹氏(立憲民主)を上回った。
2018年の市長選で自衛隊配備を認める姿勢を打ち出した中山義隆市長は「中国の台湾への領空侵犯行為などが、保守の目には特に脅威に映っている」と語る。中山市長によれば、革新系の人々は「中国は日本を攻めることはあり得ない」「経済のつながりが深いので、日本を攻撃することは中国の利益にもならない」「駐屯地をつくると攻撃対象になる」などと説明しているという。
中山市長は「南西諸島の防衛計画の説明を聞いて、陸自の駐屯に賛成したが、必ずしも陸自の誘致にこだわっていたわけではない」とも語る。「海上自衛隊が石垣を母港に出入りすることで、尖閣諸島を巡る中国への抑止力になると考えていた。尖閣周辺で安心して漁業ができる状態にしたい」
石垣市は、中国が尖閣諸島への影響力を強める事態に、困惑した視線を投げかけてきた。中山市長は「海警の公船がどんどん大型化し、練度も上がっている。昔は海がしけると中国に戻っていたのに、今はずっと尖閣周辺にいる」と話す。
市議会は2020年6月、尖閣諸島の字(あざ)名を「登野城(とのしろ)」から「登野城尖閣」に変更する議案を賛成多数で可決した。中国外務省は当時、「中国の領土や主権への重大な挑発行為だ。断固反対する」と批判し、外交ルートを通じて日本に抗議した。石垣市にも中国の在外公館から抗議の電話があったという。
中山市長は「尖閣は石垣の行政区域であり、日本の領土として主張したかった」と語る。
石垣市は市議会の議決を受けて昨年10月、尖閣諸島の字名を変更。新たな字名が記された5本の標柱を製作した。そのうえで、今年9月3日付で、1969年に建てられた5本の標柱がある尖閣諸島の五つの島への上陸申請を総務省に提出した。
政府内には、こうした石垣市の動きに困惑する声もある。政府関係者の一人は「上陸すれば、中国が尖閣諸島に更に介入する口実を与えかねない」と語る。中山市長は「灯台の改修、無線中継局や気象観測装置の設置など何でもよい。世界に、尖閣は日本の領土だとしっかり示してほしい。5年、10年経っても、中国の体制が続いている限り、事態は改善しないではないか」と反論する。
仲間市議は「これからも1カ月に2度は尖閣へ漁に出たい。尖閣での漁業が商売になると証明できれば、他の漁師も尖閣の海に戻ってくるはずだ」と語った。