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対馬から与那国島まで、陸自が築こうとした「南西の壁」 「沖縄の自衛隊」のいまを見た

揺れる世界 日本の針路
監視飛行を続ける海上自衛隊第5航空群のP3C哨戒機=同航空群提供

■「空白地帯」に部隊次々と

防衛省・自衛隊が南西諸島の防衛を強く意識したのは2004年の防衛大綱(16大綱)からだった。沖縄本島では、陸自第1混成団を第15旅団に格上げ。空自那覇基地のF4戦闘機をF15戦闘機と入れ替える方針も決めた。

中国海軍の艦艇4隻が08年11月に沖縄本島と宮古島の間を通過し、活動範囲が東シナ海から太平洋へ広がった。12年9月、尖閣諸島の国有化に伴い、中国の尖閣周辺での活動が激化した。

13年の防衛大綱(25大綱)は、空白地帯の南西地域への部隊配置を明記した。16年に与那国島に陸自沿岸監視部隊が、19年には陸自警備隊と地対艦・地対空ミサイル部隊などが奄美、宮古両島にそれぞれ配備された。石垣島にも22年、陸自警備隊と地対艦・地対空ミサイル部隊などが配備される予定だ。

陸上自衛隊第15旅団による新型コロナウイルス患者の緊急搬送作業=同旅団提供

■スクランブルの現場

陸自が以前掲げた「南西の壁」構想は、順調に進んでいるように見えるが、実態はどうだろうか。

陸上自衛隊は今年9月から11月にかけ、「陸演(陸上自衛隊演習)」と呼ばれる大規模な演習を28年ぶりに実施した。全国に駐屯する自衛隊を南西方面に展開する訓練。参加人員は約10万人、車両約2万両、航空機約120機が参加している。だが、目的地は日出生台演習場(大分県)とされた。

この演習は、中国の脅威を意識したものだ。自衛隊では演習の際、一部の部隊が南西諸島に移動する案も浮上したが、実現しなかった。関係者は「沖縄に大規模な演習場がない事情が大きかった。沖縄県民の感情への配慮もあった」と語る。

2021年9月から11月までの予定で行われている陸上自衛隊演習の様子=防衛省陸上幕僚監部提供

実際、沖縄本島の自衛隊をみると、不十分な点も目立つ。

航空自衛隊は日本の空を北・中・西・南西という4つのエリアに分割。南西諸島方面を管轄するのは南西航空方面隊になる。領空侵犯のおそれがある外国軍機に対応する航空自衛隊の緊急発進(スクランブル)を担当する基地が、南西空エリアには那覇基地1つしかない。他の3エリアには各2つの基地がある。空自は各基地に、約20機を定数とする飛行隊を二つずつ置いている。他の3エリアが約80機ずつで対応しているのに対し、南西空だけは約40機で対応している計算になる。

一方、防衛省統合幕僚監部によれば、2019年度のスクランブル回数は計947回。うち、約61%にあたる581回が南西空エリアで起きた。かつて、旧ソ連軍によるスクランブルが多発した北空エリアは約21%にあたる198回だった。配備された航空機の数は北空が南西空の約2倍になると推定されるため、南西空の隊員には北空の6倍の負担がかかっていることになる。

南西航空方面隊によれば、平均で1日2回弱、多い時は1日8回もスクランブルの対応を迫られる。2017年5月には、中国の無人機も初めて確認した。無人機の場合でも、所属国が識別できない場合はスクランブルをかける必要がある。中国空軍の近代化のペースは速く、「雑誌で紹介されたばかりの航空機がすぐに配備されるような感覚」(方面隊関係者)だという。

南西航空方面隊の尾崎義典司令官(空将)は「私が1991年から96年まで那覇基地のF4戦闘機の飛行隊にいたとき、スクランブルを経験した回数は5回だけでした。相手はロシア軍機で、中国軍機とは遭遇しませんでした」と語る。

尾崎氏によれば、中国軍機の操縦は2015年ごろまで乱暴だったが、最近は技量が急速に上がってきているという。活動範囲も確実に広がっている。10年ほど前までは中国沿岸部を飛行するだけだったが、少しずつ東シナ海に進出。今は、艦隊訓練への参加などで、南西諸島を越えて太平洋に進出する事例も増えている。尾崎氏は「最近の中国軍機の台湾の防空識別圏への侵入騒ぎは気になるニュースだ」と語る。
現在、南西方面航空隊の飛行隊を増設するという動きは見られない。

陸上自衛隊第15旅団や在日米軍などが参加して行われた離島統合防災訓練=陸自第15旅団提供

次に16大綱に基づき、2010年に編成された陸自第15旅団だが、12年の尖閣国有化騒ぎのころ、「師団以上に強化する」(自衛隊関係者)という話が持ち上がったが、立ち消えになった。第15旅団には、戦車も機動戦闘車も榴弾砲も配備されていない。旅団には通常、普通科(歩兵)3個連隊が配備されるが、第15旅団は1個連隊しか保有していない。

第15旅団のホームページには、まず「緊急患者空輸」の数と、「不発弾処理」の数が紹介されている。今でも1日平均2発の不発弾を処理している。第15旅団は、「抑止力」について、「民生支援」「対応能力の向上」「米軍との連携」の3本柱からなると力説する。佐藤真旅団長は「地域の人々による協力は不可欠です。協力が得られることで、我々は戦力を最大に発揮し、抑止力を高めることができます」と語る。

佐藤真・陸上自衛隊第15旅団長=同旅団提供

また、主に東シナ海を担当する海上自衛隊第5航空群(那覇)には、1990年以降、P3C哨戒機が配備されている。第1航空群(鹿屋)と第4航空群(厚木)には、最新鋭のP1哨戒機が配備された。第5航空群にも将来的にP1哨戒機が配備される予定だという。

自衛隊関係者の1人は「南西諸島に部隊配備が進んでいるが、当時の『南西の壁』構想とは依然、隔たりがある」と語る。自衛隊は2018年、島嶼防衛・奪還の切り札として、「日本版海兵隊」と呼ばれる水陸機動団を発足させたが、長崎県佐世保市の相浦駐屯地などに配備されている。専門家の1人は「尖閣諸島や台湾での有事を考えた場合、沖縄に統合司令部をつくって駐屯させた方が合理的だと言える」とも語る。

2020年9月、沖縄市の沖縄募集案内所で県内の高校生を対象に行われた自衛隊説明会=自衛隊沖縄地方協力本部提供

自衛隊がここまで慎重になるのは、沖縄戦の歴史と、日本の約7割の米軍専用施設が沖縄に集中する現実がある。自衛隊沖縄地方協力本部によれば、庁舎に自衛隊員募集の懸垂幕設置を行っている沖縄県の自治体は41のうち13にとどまる。坂田裕樹本部長(陸将補)は「沖縄県の人々の自衛隊に対する感情は随分良くなっていますが、今でも隊員募集の訪問を拒む県立高校も多いのが現状です」と語る。自治体の防災担当職員に退職自衛官を採用している沖縄県の自治体は6月1日現在で4・7パーセントにとどまる。30~50パーセントに達する他県に比べて格段に低い。都道府県庁で採用していないのは沖縄県だけという。

坂田裕樹・自衛隊沖縄地方協力本部長=同本部提供

佐藤旅団長ら第15旅団関係者は毎年、沖縄戦の戦没者らを悼む慰霊の日にあたる6月23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園にある、沖縄戦を戦った日本陸軍第32軍の司令官・牛島満中将らをまつった黎明之塔などほとんどの慰霊碑を自主参拝している。メディアで批判的に報じられることが多い。

参拝した経験がある自衛隊関係者は「牛島司令官には県民を多数死なせた責任があります。ただ、県民のために働いた点は無視されがちです。私たちは意見できません。(不発弾処理や患者輸送などの)行動を見てもらうしかないのです」と語った。

陸上自衛隊第15旅団による不発弾処理作業。手動で信管を取り除いている=同旅団提供

■山本章子・琉球大准教授(日米関係史)の話

沖縄の世論は「反戦」「基地反対」で一致していると考える人も多いが、まとまったものはないのが現実だ。沖縄戦や米軍占領の記憶のある世代とない世代では随分違う。若い世代には自衛隊への負の感情はない。就職難のなか、高校を卒業した後の有望な就職先の一つになっている。

また、離島の場合、石垣島で戦争当時、軍が疎開を命じた場所で大勢の島民がマラリアにかかって亡くなった記憶があるが、戦闘はなかったため、自衛隊への反発はほとんどない。

確かに、離島では現在、自衛隊配備に対して世論の対立が起きている。それはなぜか。

石垣島や宮古島では、農業や観光業の人が自衛隊配備に反対している。「自衛隊の訓練があると観光業が成り立たない」と考えているからだ。新型コロナウイルスの感染が拡大するまでは、中国のクルーズ船による離島観光が人気だったという事情もある。騒音による畜産業への被害を懸念する人もいる。

逆に、不動産業や漁業の人は自衛隊を歓迎している。最近は、離島周辺での漁獲高が激減している。「自衛隊配備による補助金を得た方が良い」と考える人が多い。与那国島では、自衛隊が配備されたことで、「島の久部良地区にある自衛隊の官舎1戸当たりの値段は1億円になった」といううわさが流れるほど、不動産バブルが起きた。

米軍については、復帰後の沖縄しか知らない40代以下の世代は、生まれてからずっと米軍基地と共存してきたため、拒否感がない。離島では、自衛隊は受け入れても、米軍には強い拒否反応がある。与那国島からは台湾が見える。「中国は台湾に侵攻するための第一歩として尖閣諸島を奪いに来るだろう」と考える専門家も多い。琉球大学では台湾に留学する学生が多いが、彼らの間では「留学中に中国から攻められたらどうしよう」という会話が真面目に飛び交っている。米軍が離島に駐留したり、訓練したりすれば、台湾有事に巻き込まれるという意識がある。