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中国海警法、適用されると何が起きる? 米海軍が警戒を強める理由

ミリタリーリポート@アメリカ 更新日: 公開日:
オンライン形式で記者会見に臨む中国の王毅国務委員兼外相。日本で警戒が強まる海警法について「国内法に過ぎず、特定の国を対象としたものではない。国際法にも合致している」と主張した=2021年3月7日、北京、高田正幸撮影

「中華人民共和国海警法」(以下「海警法」)が本年2月1日から施行された。海警法は、国際的には海洋における法執行機関である沿岸警備隊として位置づけられている「中国海警局」(以下「海警局」)の役割や権利義務を明確に規定したものである。日本政府と同様に、米国当局とりわけ中国海警局巡視船と直接対峙(たいじ)する機会の多いアメリカ海軍当局も、海警法には大いなる危惧の念を抱いている。

海警局は2018年に人民武装警察部隊に組み込まれて以来、実質的に第2海軍とみなされてきた。今回の海警法施行によって、海警局が名実ともに中国の第2海軍であることが内外に明確に宣言されたのである。すなわち、海警法の第3章において海警局は海上安全保障の任務を遂行することが明示されているからだ。

中国と海洋領域を巡って対立中の日本やフィリピン、ベトナムをはじめとする国々にとって直接的な影響が考えられるのは、その海警法第3章とりわけ第20条、第21条、そして第22条の内容だ。

海警法第20条によると、中国当局の許可を得ないで、外国の組織や個人が中国の管轄海域内の島嶼(とうしょ)環礁に建造物や構造物を建設したり、それら海域に固定装置や浮動装置を敷設した場合には、海警局はそれらの違法行為を停止または除去する命令ができ、従わなかった場合には強制的に解体したり除去したりすることができるとしている。

海警法第21条には、外国軍艦や外国公船(巡視船など)が中国の管轄海域で中国国内法に違反する場合には、海警局が取り締まり、海警局の取り締まりに従わずに当該海域から離れようとしなかった場合には、強制的に排除したり、拿捕(だほ)したりすることができると規定している。

海警法第22条では、軍艦、公船、民間船を問わず外国船によって中国の主権や管轄権が侵害されている場合には、海警局はそれらの不法行為を排除し、危険を除去するために必要な武器使用を含む全ての措置を執ることができる、と規定してある。そして、携行武器や艦載兵器の使用規定に関しては第6章(第46条~第51条)に具体的に列挙されている。

■米海軍艦艇や海自艦艇に対する取り締まり

さらに海警法21条には、外国軍艦や外国公船が中国国内法に違反した場合とあるが、ここでいう国内法とは、軍艦や巡視船が想定されているため何も刑事法や漁業関係法などではなく、「中国領海及び接続水域法」(1992年に制定された。以下「中国領海法」)に違反した場合を念頭に置いているものと考えられる。

中国領海法第2条では、中国が領有権を主張する沖縄県の尖閣諸島や南沙諸島なども中国の領土であり、それらの周辺海域は中国の領海である旨を宣言している。そして中国領海法第6条によると軍艦以外の外国船舶は中国の領海を無害通航する権利を有しているが、外国軍艦が中国の領海を通航するには中国政府の承認が必要とされている。

2019年8月、日本漁船を追って領海侵入した海警「1305」。船の前方部分に砲のようなものを搭載している=海上保安庁提供

したがって海警法によると、海上保安庁の巡視船が尖閣諸島周辺12カイリ(約22キロ)内海域(日本の領海だが、中国領海法によると中国の領海ということになる)を航行する場合には、国連海洋法条約で認められる「無害通航」に基づき直線的かつ速やかに12カイリ内海域を通過しなければならないことになる。日本の主権行使である海上保安庁の職務遂行をなした海保巡視船は、中国側からは無害通航の原則を踏みにじったことになり、海警局巡視船による取り締まりの対象になるというわけだ。

同様に、海上自衛隊艦艇が尖閣諸島周辺12カイリ内海域を航行するには、あるいは米海軍艦艇が南沙諸島や西沙諸島周辺12カイリ内海域を航行するには、中国政府に事前に通告して承認を得なければならないことになる。このような手続きをしないで12カイリ内海域を航行した海自艦艇や米海軍艦艇は、中国の主権を侵害したことになり、海警局巡視船の取り締まり対象となるのだ。

■厄介な体当たり戦法

海警局の巡視船は外国の軍艦や巡視船まで相手にして取り締まりを実施するのであるから、当然のことながら武器の使用が必要となる場合を想定している。海警法第22条ならびに海警法第6章では中国の国家主権が踏みにじられている場合には、外国船舶(ただし、軍艦、巡視船などの公船、漁船や商船などの民間船を問わず)に対して「携行武器や艦載兵器の使用を含めてあらゆる手段を用いて」取り締まりを実施する旨が規定されている。

ただし、海警局の巡視船がベトナムやフィリピンや日本の漁船に対して武器を使用する可能性はほとんど存在しない。なぜならば、小型の漁船に海警局の巡視船が接近するだけで、漁船側は極めて大きな脅威をうけることになるので、海警局巡視船が漁船に発砲する必要性はほぼ生じないからだ。

そのため武器使用の規定は、米海軍艦艇や海自艦艇、それに海上保安庁巡視船などを念頭に規定されたものと考えるべきであろう。ただし「あらゆる手段」を用いると宣言しているように、機関砲や機銃などの武器の使用よりは、これまでも海警局巡視船や中国海軍艦艇が多用してきた「体当たり戦法」を外国の軍艦や巡視船に敢行するとの宣言をなしていると読み取れる。

アメリカ海軍の艦艇構造の専門家によると、中国海警局の大型巡視船には、明らかに「体当たり」を前提とした形状が認められるという。実際に、海警局の超大型巡視船(海警2901:東シナ海配備、海警3901:南シナ海配備)が誕生した際に、中国では2万トン級の船舶への体当たりにも耐え、9千トン級の船舶との衝突では自艦は何のダメージも受けないように設計されている、と報道された。

もし尖閣周辺海域で中国海警局の巡視船が海保巡視船を“実力を持って取り締まる”事態が発生し、海警2901が海保巡視船に「体当たり」を実施したならば、海保巡視船最大級の「しきしま」や「れいめい」でも大破させられてしまい、それ以外の海保巡視船ならばほぼ間違いなく沈没してしまうであろう。

海上保安庁で最大級の巡視船「れいめい」(総トン数6500トン)。ヘリコプターの発着が可能で、尖閣諸島の警備などにもあたっている=海上保安庁提供

巡視船同士の衝突以上に厄介な状況が生じてしまうのは、海警局巡視船が米海軍艦艇や海自艦艇に「体当たり」をしてきた場合である。

いくら海警局巡視船が衝突に強靱(きょうじん)な構造をしていて、また巡視船としては強力な武装を施されていても、軍艦には大口径機関砲、対艦ミサイルそして魚雷などの強力な武器が備わっている。その軍艦が、例えばミサイルを発射すれば、海警局の巡視船といえども海の藻くずとなってしまう。

しかしながら、アメリカや日本の軍艦に対して「体当たり」を敢行するために接近して来る海警局の巡視船を軍艦側が攻撃して撃破した場合、「法執行船である巡視船を戦闘艦艇である軍艦が先制攻撃した」という構図が出来上がってしまう可能性が極めて高い。

いくら中国海警局が第2海軍として位置づけられていても、海警局の巡視船は基本的には軍艦ではなく法執行船ということになる。軍艦が法執行船を攻撃した場合には、軍艦側から軍事力を行使したものとみなされてしまい、アメリカ側または日本側、あるいは日米同盟側が事実上中国に対して先制攻撃をなしたということになりかねないのだ。

このような事態をアメリカ海軍関係者たちは大いに危惧しており、第2海軍としての中国海警局は、中国海軍よりもむしろ厄介な相手であると警戒を強めているのである。