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中国は孫子の兵法で南沙の島を手に入れる

ミリタリーリポート@アメリカ
フィリピンが実効支配するパグアサ島にある建物(2017年撮影)=ロイター

フィリピンが実効支配する最大の島

中国は南沙諸島に七つの人工島を建設し、それらを軍事拠点化している。七つの人工島のうち三つには、あらゆる軍用機の発着が可能な3000メートル級の滑走路が設置され、実際に戦闘機や爆撃機が展開し始めている。そのほか各種レーダー施設や地対空ミサイルシステム、地対艦ミサイルシステムなどが設置されている模様で、中国による南沙諸島の軍事的コントロールは決定的となってきた。

南沙諸島の現況(筆者作成)

とはいえ、南沙諸島の領有権を主張する中国以外の国・地域(フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、台湾)も、いくつかの島嶼(とうしょ)環礁の実効支配を続けている。例えば、フィリピンは南沙諸島の島嶼環礁のうち九つを実効支配している。その中で最大の島がパグアサ島である。

パグアサ島には100人以上の島民が居住し、市役所や公民館、学校、浄水所、船着き場といった民生施設が整っている。島民に加えてフィリピン軍守備隊が駐屯し、駐留将兵のための兵舎や通信タワーのほか1300メートルの滑走路を有する航空施設も設置されている。

島民たちの生活必需品は、月1回定期的に寄港する海軍艦船によって補給される。しかし、パグアサ島には大型船が横付けできる桟橋などの港湾施設が整っていないため、大型船で運搬されてきた補給物資は、島を取り囲むサンゴ礁沖で小型ボートに積み替えてから島に運ばれる。

そうした物資搬入の効率を上げるため、そして何よりも大型の軍艦が直接、パグアサ島の軍事施設に接岸できるようにするため、周辺サンゴ礁に水路を掘削する水路建設計画がスタートした。2018年末から作業が始まり、今年に入ると並行して埋め立て地も誕生しつつある状況が明らかになってきた。

フィリピン当局によると、埋め立て地には漁業施設や太陽光発電施設、海洋研究施設などが建設されるという。このようにして島の軍事施設と民生施設をさらに充実させ、実効支配を守り抜く努力を強化し始めたのだ。 

中国による軍事的圧力

フィリピンのこのような動きに対抗して、中国が軍事的に牽制を開始した。

 すでに中国は、パグアサ島から12海里ほど南西に位置するスービ礁を埋め立てて人工島にしている。灯台をはじめとする交通管制施設や、各種レーダーなどの軍事施設、3000メートル級滑走路や格納施設からなる航空基地、大型艦艇も使用できる港湾施設を設置し、充実した軍事拠点に変貌させている。

パグアサ島とスービ礁(筆者作成)

こうした状況からパグアサ島のフィリピン軍守備隊は常に、中国海洋戦力の脅威に直面していると言える。そのような中国側の軍事的圧力に少しでも対抗するため、フィリピン側は航空施設の補修や水路掘削作業などを開始したのである。それに対して中国側はさらにステップアップした軍事的圧力をかけ始めたのだ。

昨年末から今年にかけて、パグアサ島周辺海域には、数隻のミサイル・フリゲートを含む中国海軍艦艇や中国海警局巡視船とともに数十隻の漁船が展開し始めた。なかには70メートル級の大型漁船もあり、ほとんどが第3の海軍といわれる海上民兵の漁船と考えられている。ちなみに第1の海軍は中国人民解放軍海軍、第2の海軍は中国海警局である。

1月下旬までの米軍情報によると、最大で95隻の中国艦船が確認されており、2月から3月にかけては4050隻ほどの漁船がこの海域に展開した。3月にはパグアサ島を取り囲む漁船の数はますます増え、フィリピン政府の中国政府への公式抗議によると、その数は13月までの累計で275隻に上っているという。

しかし米海軍関係者たちは、中国漁船群は次から次へと入れ替わっていることから、おそらく500隻以上の漁船が出動していると見ている。また、そうした漁船の大半は海上民兵が操船していることも疑いの余地はないようだ。海上民兵は定期的に軍事訓練を受けていて、少なくとも自動小銃(AK47)と対戦車榴弾発射機(RPG7)だけでなく、中には携帯式防空ミサイルシステムや携帯式対戦車ミサイルシステムまで保有しているものもあるという。ちなみに対戦車兵器は船舶への攻撃に用いられる。

そうした海上民兵漁船の周辺には、中国海警局巡視船が警戒監視している。海警局巡視船の多くは機関砲や対空砲で武装していて、なかには海軍軍艦を改装したものまである。大型の海警局巡視船は、相手が軍艦であっても衝突して沈めてしまう「体当たり戦法」を取ると公言していて、実際にアメリカ海軍駆逐艦に体当たりしようとした巡視船もある。さらにその海警局巡視船の後方には、中国海軍軍艦が遊弋(ゆうよく)しているのである。

「戦わずして勝つ」戦略

このように中国側は、パグアサ島に隣接したスービ礁を海洋軍事基地化して暗黙の軍事的圧力をフィリピン側にかけるのに加え、パグアサ島を数百隻の海上民兵漁船で取り囲み、さらにそれを巡視船と海軍艦艇で補強するという、二重三重の軍事的脅威を与え続けているのだ。

もちろん、中国側からパグアサ島に海上民兵や海軍陸戦隊を上陸させたり、パグアサ島のフィリピン軍施設にミサイルを撃ち込んだり、フィリピン側艦船に攻撃を加えたり、といった先制攻撃を加えることは考えられない。

おそらくは島周辺を取り囲む状況を続けることで「パグアサ島周辺海域を実効支配しているのは中国であり、その中国が実効支配している海域に位置するパグアサ島にフィリピンが居座り続けている」という見かけの事実を創り上げてしまうのだ。

このような状態が数年間続けば、パグアサ島は中国の領有という認識が国際社会に浸透していき、既成事実化しかねない。これこそが「戦わずして勝つ」という『孫子』の伝統を受け継ぐ中国の軍事力の用い方なのである。