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南太平洋と中国の海洋進出/黒崎岳大・太平洋諸島センター副所長に聞く

World Now 更新日: 公開日:
北マリアナ諸島連邦のテニアン島

中国の海洋進出が南太平洋にも及んでいる。マーシャル諸島で研究するなど、南太平洋の情勢に詳しく、『太平洋島嶼地域における国際秩序の変容と再構築』(今泉慎也氏との共編著)で2017年、第13回中曽根康弘賞奨励賞を受賞した国際機関太平洋諸島センターの黒崎岳大副所長に、現状や中国の狙いを聞いた。(構成・梶原みずほ)

一般に中国の南太平洋地域への進出の傾向として、①外交関係締結やODA支援などを目的とした政治リーダーを通じた関係の構築、②経済支援などを通じて進出してきた民間事業者の現地ビジネス界での台頭、③官民を挙げた現地の社会への影響力の強化、という動きが見られます。

①について、他の地域と比べても特徴的なのは、中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)による外交関係締結をめぐる激しい争いです。1970年代に、国連での代表権が台湾から中国に移ったのと同時期に独立した国々が多い太平洋島嶼国では、その後両国による激しい外交関係締結を求める争いが行われました。現在は中国と外交権を締結していく国が8カ国で、台湾との国が6カ国です。これは中米カリブ海地域と並び、台湾と締結している割合が多い地域と言えます。

マーシャル諸島

また、一つの国が中国から台湾へ、また台湾から中国へと外交関係を変更するケースが多い地域でもあります。マーシャル諸島の場合、建国当初は台湾と国交を締結していましたが、国連加盟を目指した1990年に突然中国と国交を締結(台湾とは断交)し、翌年国連に加盟しました。ところが1999年に、経済支援の政策などをめぐる中国から台湾にメリットを感じた当時の政権が再び台湾と外交関係を締結します。このように一つの国が台湾から中国、そしてまた台湾などのように外交関係を変えるケースもあります。

なかでも、中台による外交関係締結をめぐる争いが激しかった時期として、台湾で陳水扁総統の下での民進党政権時代があげられます。当時は台湾が積極的に中国と外交を結んでいる国に働きかけ、キリバス(2004年)ならびにナウル(2006年)と外交権を結びました。一方、その後の馬英久総統の下での国民党政権においては中国との間で経済面での交流強化を進める中で、互いの国交を結んでいる国々に干渉しない「紳士協定」が不文律に成り立っていたため、国交をめぐる争いは低調でした。むしろこの間に、中国は国交を結んでいる国々への支援を拡大し、影響力を強めていきます。

2006年のクーデター以降、豪州をはじめとした先進国から経済制裁を受けていたフィジーには、それにとって代わるかたちで経済支援を拡大させます。またLNGの生産を開始したパプアニューギニアにも経済面はもちろん、軍事面などの交流を強化していきました。さらにトンガやサモアなどのポリネシアの国々では、政府庁舎や競技場などの象徴的な施設への支援を通じて、国王や首脳たちとの親密な関係を結び、同地域での影響力を強めていきました。

中台勢力図のターニングポイントだった2017

こうした意味で、2017年は中台問題をめぐるターニングポイントになった年ともいえます。台湾では蔡英文総統率いる民進党政権となり、これまでの紳士協定が白紙になったと見ることができます。むしろこの機会に積極的な働きかけを強めているのは中国側のようです。直行チャーター便などの就航を機に観光客数を急激に増加させているパラオや、ニッケルなどのレアメタルの存在を受けて、貿易面での交流を図るソロモン諸島などは次のターゲット国の一つに位置付けられているように思われます。

これに対して、台湾側も本年1011月、蔡総統がマーシャル諸島やツバルに続き、ソロモン諸島を訪問した。ソロモン諸島では国会演説を行い、同国のソガワレ首相も国連などへの台湾の参加を求めるなど友好関係を確認しています。アフリカなどでは中国が徐々に台湾との国交締結国を奪い返していますが、同様の動きが南太平洋でも起きるかもしれません。
②の民間事業者の進出に関しては、現在南太平洋諸国で進行中です。太平洋島嶼国(南太平洋)は、アジアやアフリカと比べて、現地の進出している華僑の人数がそれほど多くないのが特徴です。地域別にみた場合、メラネシア地域はパプアニューギニアやフィジーなどには戦前から東南アジア経由で入ってきた華僑もいます。また、木材業などではマレーシア系の華僑が積極的に進出し、現地の商工会議所のリーダーの中にも華僑出身者が就任するなどビジネスの世界でも一定の影響力を持っています。

これに比べ、ポリネシアやミクロネシア地域では、華僑が本格的に進出するようになってきたのは1980年代以降です。それぞれの地域には中国や台湾のODA関係で進出した建設関係や小売業者が現地に移住して、他国のODAを請け負ったり、本国との間で取引を行い、現地のビジネスに進出したりしてきています。ただし、現地の業者とは利害関係が対立するため、商工会議所などには加盟していないケースが多く、現地のビジネス関係者からはあまり良い評判を受けていません。もっとも、中国から商品がもたらされ品揃いが良いという点から、一般の消費者には受け入れられています(品質というよりは値段の安さなどを評価している点ではありますが)。

③に関しては、中国が今後南太平洋に進出していく上で、地域機関などのグループという枠組みで取り組んでいく姿勢が見えてきます。従来、中国は、豪州やニュージーランド、あるいはEU諸国などがドナー国間で援助協調を求めてきたのに対して、2国間ベースで支援する姿勢を明確に示していました。しかしながら、近年、援助協調に関する姿勢に変わりはありませんが、国ベースでの支援に加え、地域グループへの支援も強化しはじめました。とりわけ、「一帯一路構想」の中に南太平洋を位置づけていく場合に、太平洋島嶼地域の地域協力機構である太平洋諸島フォーラム(PIF)との関係強化を進めています。国土面積・人口ともに極めて小さい島嶼国にとって、貿易や地域安全保障などの協力体制を図る上でPIF、とりわけPIF事務局の存在は極めて大きく、官僚組織がしっかりしているという上でも島嶼国に対する影響力もかなり強いです(もっとも、一部の島国では、PIF事務局の影響力が強すぎることに反発を示しているという点では、EUに対する英国などの関係と似ています)

中国としては、半分近くの国々とは国交を有していないので、地域全体への進出という面ではPIFとの関係強化を進めています。中国政府からはPIF事務局への協力資金として1億円規模の支援を拠出しています。PIF側も中国との関係の重要性について、20179月にサモアで開催された年次会合の際に「21世紀の海のシルクロード構想」を推進するためのビジネス界も含めた官民挙げての協力する旨の発言が行われています。

2国間ベースで見た場合も、官民挙げた進出を図る動きは盛んです。上述のクーデター以降、フィジーに対しては、経済支援と同時に中国南部地域からの民間業者で構成される貿易ミッションが頻繁に派遣され、国際空港のあるナンディ地区周辺を中心に観光関係の投資などを積極的に実施しています。フィジー側もこの動きに呼応する形で、2010年からはナショナル・フラッグであるエア・パシフィック(現フィジー・エアウェイズ)が香港・ナンディ間に直行定期便を就航するなど民間レベルでの交流も強めています。また、ニュージーランドの避寒地リゾートとして有名なクック諸島に対しても、経済協力を積極的に行う一方で、観光客を増加させています。クック諸島のプナ首相も中国の官民双方での積極的な進出を歓迎しています。

このように段階的にではあるものの、中国は南太平洋地域への進出を強めていることは事実です。その動きをこれまでの旧宗主国的存在である豪州・ニュージーランド・米国、そして経済・社会インフラ支援で大きな存在を示していた日本は、相対的なプレゼンスの低下を懸念しているという状況だと思います。

日本にとってフィジーとパプアニューギニアがカギ

安全保障という視点から考えた場合、キーとなる国としては、フィジーとパプアニューギニアがあげられます。

フィジーは「南太平洋の十字路」と呼ばれ、太平洋島嶼地域のハブ的存在です。国際機関や地域機関なども設置されているため、南太平洋の外交上の要と言えます。一方で、2006年のクーデター以後、豪州・ニュージーランドを中心とした南太平洋地域体制に批判的です。すなわち、先進国である両国の支配的な状況に対して反発しています。地域国際機構であるPIFのあり方についても、豪州とニュージーランドがリーダーとなり、よりいっそう地域統合を進めようと考えている両国に対して、そもそもPIFへの両国の参加を批判したり、あるいは米国や日本、中国などの周辺諸国の参加によりPIFを拡大し、豪州やニュージーランドの影響力を低下させたいという意識があったりするようです。日豪関係は極めて重要ではありますが、南太平洋地域の連帯という視点からは日本はフィジーと両国との懸け橋という立場を構築していくことは有益と言えるでしょう。

パプアニューギニアはLNGや銅、木材、水産資源など日本の食や資源の安全保障を考える上で極めて重要です。とりわけ、2014年から輸出を開始したLNGは、現在日本の輸入量の5%を占めるまでに拡大しています。日本にとって他のLNG輸入相手国は中東地域をはじめとしてカントリーリスクが高いこともあり、また今後も新たなLNGの採油プロジェクトが進んでいることからも極めて重要な輸入相手国となるでしょう。また、太平洋島嶼国の中では唯一東南アジア(インドネシア)と国境を接している国です。豪州はインドネシアからフィジーにかけてのメラネシア地域を「不安定な弧」と位置付けており、テロの温床となることを懸念しています。首都ポートモレスビーなど都市部では治安の問題も指摘されています。同国の健全な発展に寄与することは、日本の資源の確保においても国際安全保障においても極めて重要となっていくことでしょう。

トランプ政権誕生で揺れ動く米中覇権争いの最前線・ミクロネシア3カ国

北マリアナ諸島連邦のテニアン島

ミクロネシア3国は、サイパンを含む北マリアナ諸島とともに、第2次世界大戦までは日本の委任統治領として施政下に置かれていました。この時期日本から多くの移民が同地域に移住しました(パラオなどは最盛期には現地の島民の10倍の日本人が暮らしていました)。現地には日本語や日本の文化が今日も残されており、また多くの日系人が政治・経済部門でリーダーとして活躍しています。その一方で、第二次世界大戦後は米国の施政下に置かれました。また1980年代以降、3つの国は独立する際に、米国との間で自由連合協定を締結し、軍事権を米国に委ねる代わりに、多額の経済支援を受けています。この間、米国から大量の物質文化が持ち込まれ、同地域の人々の生活はアメリカナイズされていきました。また自由連合協定に伴い、ミクロネシア人は米国へ自由に行き来する権利を得た結果、多くの人々が移住しています。

ただし、ミクロネシア3カ国にとって、米国との関係を考える上で大きな曲がり角を迎えようとしています。2024年までには米国から3カ国にもたらされている自由連合協定に伴う経済支援は終了を迎えることになります。米国側としては、それ以降の経済支援を延長には否定的です。また、トランプ政権誕生に伴い、ハワイや米国本土に住むミクロネシア出身者が自由連合協定の終了によって自国に帰されるのではないかと懸念を表明しています。こうした不透明な米・ミクロネシア関係をにらみ、周辺諸国が関与を強めようとしております。

とりわけ、中国にとっては第2列島線上に位置するミクロネシア地域への接触は、太平洋地域への進出にとって極めて重要な布石となります。こうした動きに対して、米国もマーシャル諸島のクワジェリンに米軍基地をおいており、また昨今の北朝鮮の動きを受けてパラオにレーザー施設を設置する動きを見せるなど、北太平洋地域の安全保障体制を維持することは極めて重要な課題であり、米国にとって東アジアの重要な友好国である日本にとってもミクロネシア地域の外交関係は安全保障上無視できるものではありません。ミクロネシア地域は米中両国の軍事・外交上の最前線として注目していく必要があるでしょう。

5月に日本で開催される太平洋・島サミットを相互協力強めるチャンスに

南太平洋の島々は21世紀以降、確かに国際社会の中で発言権を高めてきました。また、これまでは人口や国土が小さい、「小島嶼国」として認識されていました。しかし、近年はその背景に広がる広大な海洋の存在がクローズアップされ、そこで確保される水産資源あるいは貿易や軍事上のシーレーンとしての重要性を意識しはじめました。2017年にサモアで開催されたPIF年次会合でも、自分たちを「海洋大国」と主張する動きを示しています。

その反面、これだけの広大な海洋を管理運営していくだけの政治制度上の仕組みや財政的な裏付けを有しているとは言えません。一つには、独立して50年に満たない国々が多く、十分に成熟した国民国家となり得ていないため、官僚組織や制度が整備されていないということがあげられます。また、民間分野の発達が不十分で自主財源を十分に有しないため、周辺先進国からの経済支援に依存した体制は維持されたままです。

島嶼国側もこうした現状を変えていこうという意思を強めています。中でも島嶼国が重視しているのは人材の育成と先進技術やシステムの導入です。どの国にとっても国家を成り立たせる人材の育成は急務の課題です。初等教育の普及率は世界的に見ても高い方ですが、国家を運営していく官僚やビジネス界を引っ張っていく企業家などは十分に育っていません。日本をはじめとした先進国でこうした島国のリーダーの予備軍たちを育成し、帰国後、国の中枢として活躍していけるような仕組みを作っていくことが極めて重要だとどの国も認識しています(その点で言うと、2015年に日本で開催された第7回太平洋・島サミットで提言されJICAの下で実施されている、島嶼国の中央官庁のリーダーたちを日本の大学院で学び、日本の企業等でインターンとして活動をする『パシフィック・リーズ(Pacific-LEADS)』というプログラムは有意義な支援であると思われます)

また、島嶼国には国際市場から遠く、多くの島々が国土に散在するという地理的なハンディキャップがあることから、重厚長大型の産業の育成は困難な地域でした。しかしながら、インターネット通信網などの整備が進むことで、ソフト面を重視した産業の育成は十分可能性があります。そのためにも先進的な社会インフラの整備や科学技術の導入は島嶼国の将来にとって極めて重要です。国際価格の変動の影響を受けやすい化石燃料による発電から、太陽光や地熱、あるいは風力などの再生可能なエネルギーを導入することは、国家としても住民にとって極めて大きなメリットをもたらします。島嶼国はこうした日本からの先進技術の導入を国を挙げて要望していることからも、日本側にとっても自分たちの先進技術を実用化に向けてチャレンジする機会を得られるわけです。

さらに、これまで日本と太平洋島嶼国の間に存在してきた大きな課題のひとつが、限られた航空網に伴う両地域間の「遠い距離」の問題です。近年この問題は急激に改善が進んできています。すなわち、太平洋島嶼国地域のナショナル・フラッグによる日本・太平洋島嶼地域間の直行便の拡大という動きです。

パプアニューギニアのナショナル・フラッグであるニューギニア航空は、近年、成田・ポートモレスビー間の直行便を週2便に拡大させました。これはビジネス関係者にとって、資源などの可能性に満ちた同国へスムーズに出張できるようになるという意味で、ビジネスチャンスを拡大させることにつながります。また、ポートモレスビーを経由して、ソロモン諸島やバヌアツへのアクセスをより円滑化させることにもつながりました。さらに、ニューギニア航空を利用してミクロネシア連邦と日本を直接結ぶ航空ルートを開始する動きも現実味を帯びてきました。

そして、20187月からは、フィジーのナショナル・フラッグであるフィジー・エアウェイズが、成田・ナンディ間直行便を週3便就航すると発表しました。2009年に同航空の前身のエア・パシフィックが、成田・ナンディ間の直行便を停止して以来、フィジーへの日本人観光客は全盛期の5分の1以下まで減少しました。今回の直行便再開の決定は、フィジー側が日本との間で観光を中心としたビジネスの強化を進めたいという期待の表れです。また、ナンディは南太平洋の航空網のハブですので、同直行便の再開はフィジーのみならず、トンガやサモアといったポリネシア地域との交流の拡大にも直接つながるものと期待されます。日本側にしても、欧米諸国や東アジアにおけるテロなどの治安の問題が起きている中で、観光業界として安心して観光客を送り出せる新たな観光地として太平洋島嶼地域への期待が高まっています。

2018年5月に日本で開催される第8回太平洋・島サミットは、太平洋島嶼国と日本との相互協力によるイコール・パートナーシップを打ち立てていく上でも極めて重要な会議だと言えます。南太平洋の島国からは日本との経済交流を促進させたいという意思は示されています。こうした島側の提案に対して、日本側が官民挙げてどのように応えることができるのかを明確に伝える段階に入っていると言えるのではないでしょうか。

黒崎岳大(くろさき・たけひろ)

国際機関太平洋諸島センター副所長。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。早稲田大学文学部助手、在マーシャル日本国大使館専門調査員、外務省アジア大洋州局事務官等を歴任後、2010年より現職。この間、早稲田大学非常勤講師(2012年~)。専門領域は太平洋島嶼国の政治・経済学、文化人類学。著書は『マーシャル諸島の政治史-米軍基地・ビキニ環礁核実験・自由連合協定-』(2013年、明石書店)、『太平洋島嶼国と日本の貿易・投資・観光』(2014年、太平洋協会)、『太平洋島嶼地域における国際秩序の変容と再構築』(今泉慎也との共編著、2016年)ほか。2017年、第13回中曽根康弘賞奨励賞受賞。