自衛隊を見ていた中国人
テニアンに入った自衛隊員は、気になる視線を感じた。3000人ほどしか住民がいない、信号もない島。上陸作戦を予定していた島の北部のビーチで、複数の中国人が自分たちの写真を撮っていたからだ。
2016年、日米共同の演習「キーン・ソード」の準備のため、現地に入ったときのことだ。グアムの北にある米自治領・北マリアナ諸島連邦のテニアンは太平洋戦争での日米の激戦地。現在は米軍が島の3分の2を租借している。そこに、なぜ中国人がいて、日米の演習の準備をみていたのか。島を訪ねて地元住民に話を聞くと、わかってきたことがあった。
この島には1998年にオープンした「テニアン・ダイナスティ・ホテル&カジノ」という香港資本による豪華カジノホテルがあった。ホテルの営業部長などを務めた鈴木敦士によれば、最盛期の04〜05年には、ホテル系列の飛行機がサイパンから中国人観光客をピストン輸送した。カジノでは一晩で1億円以上の金が動くこともあった。
日米の演習準備を眺めていた中国人のグループは、どうやら観光客というのが真相のようだ。島の北部には太平洋戦争で米軍が実際に上陸し、いまは「星の砂」で知られるビーチもある。中国人を乗せた観光バスが停車するスポットでもあり、たまたま居合わせたようだった。ところが、ホテルは昨年、閉鎖に追い込まれた。米連邦捜査局(FBI)が2年前、マネーロンダリングをしていたとしてカジノを調査し、米財務省が約7500万ドルの制裁金を、運営会社である香港エンターテインメントに科したことなどが引き金になった。カジノホテルに振り回されたのは島民たちだ。ジェームス・メンディオラ(67)は市長だったころ、カジノホテルの進出に反対したものの、島の活性化を見込んで最終的に受け入れたという。
「この島唯一の産業であり、地元チャモロ人にとっての貴重な働き口でした。軍事的に重要な島だから、米政府が中国のプレゼンスを排除したかったのでしょう。同時に米国に依存させていたほうが都合がいいため、島民の経済的自立もさせたくなかったのだと思います」そして、こう嘆いた。「何にもない島なのに我々は常に翻弄されてきた。スペイン、ドイツ、日本、アメリカの統治、そして中国にも占領されたようなものです」
中国を念頭の演習
「キーン・ソード」から半年後の今年5月。テニアンで再び合同軍事演習があった。今度は日米に英仏も加えた、初めての4カ国の枠組みだ。海外領土と広大な排他的経済水域(EEZ)を太平洋に持つ英仏も、中国の太平洋進出を受け、この地域への関心を強めている。取材した米英仏の演習は、Aチームが守る「司令部」を、上陸したBチームが攻めるシナリオ。空砲とはいえ、銃声や怒号が飛び交う実戦さながらの緊迫感だ。公式には認めないものの、演習が中国を念頭に置いたものであることは、暗黙の了解だった。
かつて日本軍が「太平洋の不沈空母」と呼んだテニアンや、米太平洋軍の主要拠点であるグアムは、中国が米軍の軍事的圧力阻止を目指す「第二列島線」上に位置する。米国はここを、米軍の最前線の一つとして再生させようとしている。
米国は沖縄の負担軽減や米軍再編の一環として、沖縄に駐留する海兵隊約1万9000人を分散配置し、うち約4000人をグアムに移転する計画を進めている。テニアンには射撃訓練場をつくるほか、空港や港の使用を検討している。
太平洋、中国から見ると……
中国から太平洋を見ると、沖縄や台湾などの島々が、太平洋への出入り口を塞いでいるように見える。米軍や自衛隊がこの地図をよく使うのは、中国が自国の防衛ラインとしているとされる「第一列島線(沖縄―台湾―フィリピン)」と、米国の軍事的圧力を阻止することを目指す「第二列島線(グアム・サイパン―ニューギニア島)」の概念を理解する一助になると考えるからだ。
太平洋の14の島国をめぐっては、中国と台湾が国家承認を争ってきた。現在、台湾を承認するのは6カ国(キリバス、ソロモン諸島、ツバル、ナウル、パラオ、マーシャル諸島)、中国を承認するのはフィジーやトンガ、サモア、バヌアツなど8カ国だ。