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石油はドルでしか買えない、だからアメリカは強かった いつか人民元の時代が来る?

World Now 更新日: 公開日:
「ペトロリアム・ミュージアム」に展示されているポンプ
「ペトロリアム・ミュージアム」に展示されているポンプ=米テキサス州ミッドランド、星野眞三雄撮影

ロシアの軍事侵攻で戦火激しいウクライナから遠く離れた米国南部の町が活況にわいている。欧米など西側諸国のロシアに対する経済制裁が、まわりまわって利益をもたらしているのだ。「エネルギー」と「通貨」を補助線にして世界を眺めると、ウクライナ侵攻と制裁後の世界の変化が見えてくる。(星野眞三雄)

米テキサス州の中心都市ダラスから飛行機で1時間あまり西にあるミッドランド。空港から車を走らせると、広がる荒野のあちこちに、油井を掘るやぐら(リグ)や採油ポンプ、原油のタンクが見えてきた。巨大なおもちゃの「水飲み鳥」のように、ポンプジャックが頭を上下に動かしながら原油をくみ上げている。

ミッドランドのある州西部のパーミアン盆地は、全米最大級のシェールオイル・ガスの産地だ。

世界最大の産油国・米国を支えるこの町は、世界のエネルギー情勢を色濃く反映する。

パーミアン盆地で最大の生産量をほこる米シェールオイル大手「パイオニア・ナチュラル・リソーシーズ」のジョーイ・ホール副社長(56)は、「生産量は新型コロナウイルスの感染拡大を受けて大きく落ち込んだが、ロシアのウクライナ侵攻後に、コロナ前を上回るほどに増えた」と説明する。

パイオニア・ナチュラル・リソーシーズのジョーイ・ホール副社長
パイオニア・ナチュラル・リソーシーズのジョーイ・ホール副社長=米テキサス州、星野眞三雄撮影

この2~3年、原油価格は乱高下している。コロナ禍で経済が停滞して原油の需要が急減。2020年初めには1バレル=60ドル程度だった原油価格は10ドル台が続いた。

ところが、コロナ禍からの経済活動の再開や脱炭素化による投資減少で原油価格が高くなりつつあったところに、世界3位の産油国・ロシアがウクライナに侵攻。その日(今年2月24日)に原油価格は一時100ドルを突破した。さらに米国のロシア産原油禁輸方針が伝わった3月7日には13年8カ月ぶりに一時130ドル台をつけた。5月末には欧州連合(EU)も追加制裁として禁輸措置の導入で合意、ロシア以外の原油の需要が増えることになった。

パイオニアの損益分岐点は「30ドル台半ば」(ホール副社長)というので、巨額のもうけが出ている計算だ。ホール副社長は「いまも生産量の75%を欧州やアジアなどへの輸出に回しているが、今後は欧州向けが増えるだろう」と話す。

原油をくみ上げるポンプがあちこちに立つ
原油をくみ上げるポンプがあちこちに立つ=米テキサス州ミッドランド、星野眞三雄撮影

こうした資源・エネルギーに加え、基軸通貨ドルという強力な「武器」が、米国の覇権を支えている――。そう指摘するのは、資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表(70)だ。そのカギを握るのが、石油の取引をドルのみでおこなう「ペトロダラー体制」だという。

「石油取引の通貨をドルに一元化することで、サウジアラビアなど産油国が石油を売って得たドルで米国債を買う再循環が構築された。1973年のオイルショック後、米国がサウジに原油価格の引き上げを認める一方、取引はドルでするよう求めた。そうしてペトロダラー体制が生まれた」

米国は71年の「ニクソン・ショック」でドルと金の交換を停止。基軸通貨ドルは金の裏付けを失ったが、かわりに原油の裏付けがつくようになった。80年代、米国は貿易赤字と財政赤字の「双子の赤字」に苦しみながらも、ペトロダラーの再循環によって支えられた。「米国の通貨覇権の背景には、米国の経済力と軍事力とともに、このペトロダラー体制がある」と柴田さんは指摘する。

「資源・食糧問題研究所」の柴田明夫代表
「資源・食糧問題研究所」の柴田明夫代表=星野眞三雄撮影

原油価格の国際的な指標はすべてドル表示だ。米ニューヨーク商業取引所で取引される「WTI」はもちろん、欧州産の「北海ブレント」や中東産の「ドバイ」も価格はドル建てで、それが原油の売買をドルでおこなう理由の一つになっている。

この強固なペトロダラー体制に、かすかな揺らぎを感じ取っていたのが、国際通貨研究所の渡辺博史理事長(73)だ。2004~07年の財務官時代、中東の湾岸協力会議(GCC)6カ国が、ユーロのような共通通貨の導入を検討していた。「米国はサウジに『共通通貨には反対しないが、原油価格をドル建て以外にすることには徹底的に反対する』と通告していた」。中東の産油国がドル以外の通貨で原油取引をするようになれば、ペトロダラー体制が崩れかねないと懸念したのではないか――。

この中東の「ドル離れ」はおさえられたものの、その後に「脱ドル支配」の動きを強めたのが中国とロシアだ。

中国は08年のリーマン・ショックの後、中央銀行の人民銀行総裁がドル基軸通貨体制に異議をとなえ、外貨準備としてドルをためこむ従来の方針を転換。18年には人民元建ての原油の先物市場を上海につくった。

ロシア経済に詳しい立教大学の蓮見雄教授(61)は、「ロシア中央銀行の外貨準備は17年には50%近くをドルが占めていたが、21年にはその半分以下に減り、ユーロや金、そして人民元を増やした。貿易でも中国への依存度を高め、輸出入とも最大の相手国になった」と説明する。

ロシアも石油や天然ガスの代金をドルで受け取ることが多かったが、ドルを減らして人民元やルーブル、ユーロの割合を増やしている。蓮見教授は「制裁でSWIFTから締め出されたロシアはこれまで以上に人民元決済やルーブル決済を増やそうとするだろう」とみる。

立教大学の蓮見雄教授
立教大学の蓮見雄教授=星野眞三雄撮影

さらに、今回の対ロシア制裁が「ドル離れ」を加速させるだけでなく、ロシアや中国、中東諸国と、欧米などの西側諸国に世界を分断すると、柴田さんは予想する。「ロシアなどが保有する石油やレアメタル、小麦、肥料といった重要資源の取引で使われる通貨はドルにかわって人民元となるだろう。それは、ペトロダラー体制によるドル支配から、重要資源・人民元体制への移行を意味する」

基軸通貨が英ポンドから米ドルにかわったのは、2度の世界大戦を経た後だった。ロシアに対する経済制裁は、いまはまだ圧倒的なドル覇権の「終わりの始まり」になりかねない。

グローバル化によって国をまたがるモノの売り買いに使われるドルの存在感は高まり、米国の「ドルを使わせない」という制裁も力を増した。逆に制裁がドル離れを加速させ、ドルでつながったグローバル化の鎖が断ち切られようとしている。グローバル化を推し進めた西側諸国はいま、「両刃の剣」を突きつけられている。