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アメリカ支えた石油の都、いまエネルギー転換の「首都」に テキサス・ヒューストン

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ヒューストン郊外の石油化学コンビナートには、1836年のテキサス独立戦争の壁画がかかれたタンクが並んでいた=2021年2月26日、米テキサス州、香取啓介撮影

1901年1月10日、同州南東部ボーモント郊外。小高い丘に開けた穴の中から突然、重さ6トンの掘削パイプが飛び出した。数分後、黒い液体が間欠泉のように噴き出した。高さは40メートルに達し、制御するまで9日間続いた。当時世界最大のスピンドルトップ油田の発見だ。

当時の町並みを再現した博物館の館長トロイ・グレイ館長(49)は「米国に石油産業をもたらし、大国になる力を与えた。同時に石油に依存する社会もこの時始まった」と話す。スピンドルトップで幕を開けたテキサス州の石油産業は2000年代後半のシェール革命もあり、石油・ガスの生産量は全米一。石油生産量は同州だけで世界トップ5に入る。

米国の石油産業発祥の地スピンドルトップを再現した博物館。油井やぐらが立っている=2021年2月25日、米南部テキサス州ボーモント、香取啓介撮影

昨年4月22日、50周年を迎えたアースデイに、ヒューストン市長のシルベスター・ターナーは「気候行動計画」を発表し、「世界のエネルギーの首都が世界のエネルギー転換をリードする」と宣言した。50年までに温室効果ガスの実質排出ゼロを目指し、市の施設を「100%クリーンなエネルギー」でまかなうという。

きっかけは、17年8月末、大型ハリケーン「ハービー」が襲ったことだ。約200万人が暮らす全米第4の都市に数日で1年分以上の雨が降り、都市機能がまひした。記者が訪れると、高速道路のアンダーパスは完全に水没。中心部の国際会議場は、避難した人々でごった返していた。地域の3分の1が浸水し、被害額は1250億ドル(約13兆5000億円)と試算する。

大型ハリケーン「ハービー」による記録的降雨で冠水するヒューストン郊外の住宅地=2017年9月2日、米南部テキサス州、香取啓介撮影

気候行動計画はハービーからの復興計画の核に位置づけられている。ターナーは「ヒューストンほど気候変動と闘うのにふさわしい都市はない。巨大ハリケーンや、強烈な豪雨、長く暑い夏、それらに伴う安全や健康、財産へのインパクト。何もしなければ我々の命や経済がどうなるか、ヒューストンの市民は知っている」とコメントする。

石油・ガス産業の将来の見通しが楽観できないこともある。「多くの人々が二酸化炭素の排出が少なく、持続可能な経済とエネルギーを求めている」。ヒューストン地域の経済団体、グレーター・ヒューストン・パートナーシップ(GHP)のボビー・チューダー前理事長は話す。「過去10年、雇用をもたらした石油ガス産業は今後10年も同じとは限らず、下がり始める可能性が高い。新たな経済成長のエンジンとなるのはエネルギー転換に関連する企業だ」。市は25年までに「エネルギー2.0」と呼ぶ次世代企業50社を誘致、育成するという。ITや人工知能、ロボットといった企業も含まれる。

ヒューストンに本社を置く米石油・ガス複合企業ハリバートンは昨年7月、エネルギー2.0に取り組む「ハリバートンラボ」を開設。有望なベンチャーを募集して、施設や機器の利用のほか、ビジネス化への支援を始めた。リチウムバッテリーのリサイクルや、二酸化炭素をギ酸に換えて貯留する会社など4社が参加する。同社の元副社長でラボのメンターを務めるグレッグ・パワーズさん(68)は5年間で75社を支援するという。「このラボで彼らのビジネスを加速させる。だが、本当に大事なのは我々が彼らから学ぶことだ」

ハリバートンラボのグレッグ・パワーズさん=2021年2月26日、米南部テキサス州ヒューストン、香取啓介撮影

テキサス州は風力発電の設備容量も全米一で、太陽光の発電量は全米6位だ。ヒューストンに本社を置く家庭用太陽光発電・蓄電サービス企業サンノバ・エナジーのアン・ブルックスさん(41)は、18年勤めた大手石油・ガス企業から昨年4月、転職した。すでに多くの元同僚が会社を去り「空気を変えようと思った」という。「石油・ガス会社で働いていた誇りはある。だが、徐々に消えていくと思う。エネルギー転換はまだ始まったばかり。我々は最先端にいる」と話す。同社のジョン・バーガーCEOは「我々は石油・ガス業界の才能ある人材を採用する機会に恵まれている」と語る。

林立するコンビナート=2021年2月25日、米南部テキサス州ポート・アーサー、香取啓介撮影

ヒューストンの動きはバイデン政権が気候変動で目指す方向と重なる。50年の温室効果ガス実質排出ゼロ、35年の電力の脱炭素化を目指し、4年間で2兆ドルのインフラ投資をするという。400万棟のビルを省エネ改修し、30年までに50万カ所の電気自動車のための充電設備を設置する。

過去4年間、トランプ政権は「エネルギー独立」や「エネルギー覇権」を唱え、気候変動から目を背け、パリ協定からも離脱した。「米国は(化石燃料という)とてつもない富を持っている。(温暖化対策という)夢のために富を失うことはしない」。19年8月、仏ビアリッツの主要7カ国(G7)首脳会議後の会見でトランプは語った。環境規制は米国の経済成長を妨げ、中国などとの国際競争で不利になるとして、米国の豊富な天然資源をみすみす手放したくはないと考える人は多い。GHPのチューダーさんも「世界の需要がある中で米国だけ開発を止めたところで、他国に奪われる。米国が不利になるだけだ」と話す。

毎年ヒューストンで開かれる世界最大規模のエネルギー国際会議CERAウィーク。3月初め、オンラインで開かれた会議でも、そうした意見を表明する人はいた。米シェブロンのマイケル・ワースCEOは「パンデミックでも石油・ガスの需要は9%しか減っていない。我々の業界がどれだけ重要かを示している」と述べた。米国石油協のマイク・ソマーズ会長も「多くの排出企業にとって技術は追いつかないか、費用対効果が低い」といい、数百万人の雇用を守るよう求めた。

一方で考えを見直す時期に来ているという意見もあった。英BPのバーナード・ルーニーCEOは「石油・ガス企業として112年やってきたが、我々は新たに会社を作り直す時に来ている。社会と従業員の双方が変わることを望んでいる」と話した。ジョン・ケリー気候変動担当米大統領特使は「いずれなくなる市場のシェアにしがみつくために、何があっても守ろうと闘い続けている人たちがいる」「エネルギー転換には、まだ抵抗があるが、我々にはその余裕はない」と述べた。