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「ルールは我々が作る」 ヨーロッパのしたたかさがよく分かる、その脱炭素戦略

World Now 更新日: 公開日:
デンマークのサムソ島近くにある洋上風力発電の設備=2008年5月、ロイター

北極圏から地中海まで、太平洋や南米にも加盟国の海外領土が広がる欧州連合(EU)は気候危機に敏感だ。人の命にかかわる安全保障の問題だととらえて、「脱炭素」を先導してきた。そして、他国も同じ努力をせざるを得なくなるルールづくりに乗り出している。(青田秀樹)

バイデン政権が誕生した翌朝、米東海岸の1月21日午前10時。欧州委員会のフランス・ティマーマンス副委員長は、米大統領のジョン・ケリー気候変動担当特使と電話会談した。2人は、オランダの元外相と米国の元国務長官として旧知の間柄だ。

米国の政権交代を機にEUの動きが加速した。大きな狙いのひとつが、「ひな型をつくる好機だ」という「国境調整措置」での連携だ。温室効果ガス削減が不十分な国からの輸入品に対して、課金する政策である。

EUは2050年の「温室ガス排出、実質ゼロ」宣言で先陣を切り、30年に90年比55%減を掲げる。ただし、規制強化は域内企業の競争力をそぎかねない。規制が緩い海外へと生産拠点が移れば、そこで温室ガスが出る「カーボン・リーケージ」を招く。EU内の雇用にも響く。ならば輸入品への課金で域内の企業を守り、4.5億人のEU市場をテコに他国にも脱炭素を迫る――。そんなしたたかな戦略を描く。

A view shows the snow-covered Champ de Mars near the Eiffel Tower, as winter weather with snow and cold temperatures hits a large northern part of the country, in Paris, France, February 10, 2021. REUTERS/Gonzalo Fuentes
雪が積もったパリの街=2月10日、ロイター。欧州各地が寒波に見舞われたが、欧州連合(EU)本部があるブリュッセルでは、その後、気温が急上昇し、2週間の間に寒暖の差が27度を超えた

中国もインドも、もちろん日本も無縁ではいられない。世界経済への影響は大きく、保護主義だとの批判を浴びかねない。だからこそEUは、米国との連携を探る。

ティマーマンス副委員長とケリー特使が電話会談した翌日、今度は、2009年の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)の議長国だったデンマークが、両氏やEU各国の外相らをオンライン会議に招いた。ホスト役を務めたイェッペ・コフォズ外相は「米国抜きでは温暖化対策の目標に到達できない」と指摘する。

大西洋をはさんだやりとりを重ねたケリー特使は3月、欧州を歴訪してブリュッセルに足を運んだ。欧州委はケリー特使を「閣議」に招き、ワーキングディナーまで組み込んで、たっぷりと温暖化対策の議論を続けた。ティマーマンス副委員長は「力をあわせて山を動かす」と語り、ケリー特使は「欧州以上のパートナーはいない。足並みをそろえ、あらゆる国を巻き込んでいく」と応じた。

US Special Presidential Envoy for Climate John Kerry, European Commission President Ursula von der Leyen and European Commission Vice-President in charge for European green deal Frans Timmermans pose for a photo after a meeting in Brussels, Belgium, March 9, 2021. Oliver Hoslet/Pool via REUTERS
ブリュッセルの欧州委員会を訪れた米国の気候変動担当大統領特使ケリー元国務長官(左)。中央はフォンデアライエン欧州委員長、右はティマーマンス副委員長=3月9日、ロイター

EUは100兆円近いコロナ禍からの「復興基金」を設け、3割以上を風力発電や電気自動車の大量導入といった温暖化対策にふりむける。国境措置での課金を財源の一部にするという。

フランスとドイツが後押しする。巨額の基金設立を主導したエマニュエル・マクロン仏大統領とアンゲラ・メルケル独首相は昨年6月、独連邦政府の迎賓施設メーゼベルク宮で会談して国境措置の必要性を確認した。記者会見でメルケル首相は「簡単ではないが、できるはずだ」と語った。

EU首脳は翌月、2度の徹夜を含む足かけ5日間のマラソン会議で基金の創設に合意した。その規模や内訳、配分のルール、さらにEU全体の借金で資金調達する「債務の共通化」が焦点だったが、国境措置の導入も盛り込まれた。

議論を仕切る回り持ちの議長国はドイツだった。国境措置の導入予定は23年1月。手続きを整える22年前半、フランスに議長国が回ってくる。

German Chancellor Angela Merkel and French President Emmanuel Macron give a joint press conference after a bilateral meeting at Meseberg Castle, the federal government's guest house, in Meseberg, Germany June 29, 2020. Hayoung Jeon/Pool via REUTERS
ドイツ連邦政府の迎賓施設メーゼベルク宮で会談し、記者会見にのぞんだメルケル独首相(右)とフランスのマクロン大統領=2020年6月29日、ロイター

最重要課題の一つだととらえるフランスは3月下旬、環境だけでなく、経済、外務の3省横断で、市民も国際機関も参加する国境措置に関する討論会をオンラインで開いた。ブルーノ・ルメール経済・財務相は「EUが世界に敵対する政策ではない。温暖化対策で国際的な連携を強め、あらゆる人に利益をもたらす制度設計をする。低炭素の経済をつくる道のりは長い。誰ひとり取り残さない」と語った。

ケリー特使は国境措置の導入を急ぎすぎぬよう求める姿勢だと伝えられるなかで、欧州委は6月末をめどに、具体案を公表する計画だ。

EUには、温室効果ガスを大量に出す産業に排出量の上限を設け、企業などがその「排出枠」の超過分や削減分を売買する「排出量取引」がある。市場での取引を通じて、炭素の排出に価格がついている。欧州委は、この見直し、強化とあわせて国境措置の導入をはかる考えで、排出量取引と同様に、まずは鉄やセメントなどを対象にすると見られている。

だが、欧州議会のルイス・ガリカノ議員は、さらに先を見すえる。

「食品には成分表示がある。例えば自動車でも、鉄やアルミの使用量がわかるはず。生産時の炭素排出を計算して対象にできる。国境措置は、小さく生むだけでなく、大きく育てることを明確にしたい」

欧州議会は通常、法制化に向けた欧州委の具体案を踏まえて動くが、国境措置については議論を先行させている。ガリカノ議員は「報告者」として意見書をまとめた一人。「議論の方向付けをしたい」。温暖化対策のパリ協定は、各国がそれぞれ目標を定めて、温室ガス削減を進める仕組みだ。「自発的な取り組みのパリ協定を越えていく。EUはルールメーカーとして動かねばならない」

欧州は2月上旬、寒波に見舞われた。EU本部があるブリュッセルは零下8・6度まで冷え込んだ。2週間後の最高気温は18・7度。27度もの寒暖差だ。郊外の森を散歩したティマーマンス副委員長は気候危機を感じ取った。

「明日から温室ガス排出をゼロにしても、過去の排出がもたらす現象に今後何十年も直面するだろう。(海外の)パートナーにも責任ある行動を求めていく」