ロシアと同じく産油国で、米国や国際社会による経済制裁を何度も科されてきたのが、中東のイランだ。
東京大学大学院の鈴木一人教授(51)は、2013年から2年間、国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーを務め、国連制裁の現場をつぶさに見てきた経験を持つ。
「制裁で国民生活に大きな負担がかかり、政権に対する不満となって13年に政権交代をもたらした。そして、15年の核協議の最終合意をもって、秘密裏に行っていた核開発をやめさせることに成功した。その点では間違いなく制裁の効果が出たといえる」と評価する。つまり、米トランプ政権が核合意を離脱し、独自制裁を再開する18年の前までは制裁は「成功」という評価だ。
イラン制裁は、安保理決議に基づく国連の制裁と、米国や欧州連合(EU)などが独自に科す制裁がある。「国連の制裁は、国際社会を代表する正統性を担保している。その正統性の上に独自制裁が加わり、より効果が出た」
国連の経済制裁の歴史では、南アフリカ共和国のアパルトヘイト(人種隔離)政策に対するものが知られている。「安保理が国際社会の平和と安全に対する脅威だと認定した上で、鉱物資源の輸入禁止などの措置がとられた最初の大規模制裁だった」。制裁が一因となり、1991年に南アフリカはアパルトヘイト政策を撤廃した。
制裁が効く要件として鈴木氏は、民主的なプロセスを挙げる。「選挙の仕組みがあり、国民の声が反映される制度があることが重要だ」
ロシアの例をイランと比べると、安保理の常任理事国に対する経済制裁の難しさも浮き彫りになる。イランと違い、ロシアには拒否権があるため、制裁を科す決議は通らない。加えて、中国などの国は米国やEUなどによる独自制裁には加わらず、国連安保理の制裁だけを認めるという立場だ。
国際通貨研究所の九門康之主任研究員(64)は、制裁の効力を考える上で、米国の制裁手法の変化も指摘する。1996年、米国は「イラン・リビア制裁法」によって制裁対象を第三国へ拡大させ、2012年の「国防権限法」は、第三国の金融機関に対しイランの金融機関とのドル取引を制限した。
この二つの法が制裁の対象を一気に広げ、日本や欧州など世界の金融機関も対象にした。イランと関係のない取引だと思っても、第三国を通じてイランにわたれば、取引した企業や金融機関が米国の制裁対象となる可能性がある。しかも、それは米国の裁量次第だ。
「米国ににらまれて制裁を受けるかもしれない」と思えば、イランと少しでも関係のありそうな取引は控えることになる。取引にドルを使う限り、最終的にはニューヨーク連銀にある米銀の口座を経由する。ドルが国境を越える取引の主要通貨である限り、米国で活動できなければ銀行は「商売あがったり」だ。
ただ、イランのGDPは、制裁直後にはマイナスに落ち込むが、しばらくすると回復してきた。九門氏は「当初しか効かないのは、抜け道があるからだ」といい、中国やロシアなどとの取引を理由にあげる。その構図もいまのロシアと同様だ。
では、経済制裁によって軍事侵攻を止めたり、相手の政策を変えさせたりできる可能性は、実際、どの程度あるのだろうか。経済制裁の歴史をたどると、それほど簡単ではないことがわかってくる。
米シンクタンク、ピーターソン国際経済研究所(PIIE)は、1914年の第1次世界大戦勃発から約100年間の経済制裁、204ケースを分析した。対象国の政策変更を実現させたか、制裁の効果はどの程度あったか、などを1~16点で評価した。その結果、制裁が「成功」とされる9点以上だったケースは、34%だった。
分析を担ったPIIEのジェフリー・ショット氏(73)は、「中でも軍事行動に対する制裁の成功ケースは約20%にとどまった。いまのロシアに対する輸出制裁は武器を製造できなくし、徐々に兵力を弱めるだろうが、制裁でただちに軍事行動を止めることはできない」と説明する。
だからといって、「さらに厳しい制裁を科して対象国を追い込むことは、激しい対抗行動を引き起こす」として、ショット氏は太平洋戦争前の日本に対する米国の制裁を例にあげる。1941年夏に米国が打ち出した石油輸出禁止によって追い込まれた日本は、真珠湾を攻撃し対米開戦に踏み切った。「石油禁輸が日本に多大な圧力となり、不幸な結果を招いた」
ショット氏によると、最古の経済制裁は紀元前432年の古代アテネによる経済封鎖にさかのぼる。それがスパルタとの「ペロポネソス戦争」につながったといい、制裁が戦争の理由の一つになるのは昔から変わらないようだ。
制裁が失敗に終わる原因について、ショット氏は「抜け穴」となる支援国の存在をあげる。「21世紀に入りグローバル化が加速し、モノやサービスを供給するさまざまな経路ができたため、制裁対象国を支援する国がでてくる」。実際、制裁を科せられたロシアも中国やインドに原油などを輸出することで、経済が下支えされている。
ショット氏は、ロシアの軍事行動に武力ではなく経済制裁で対抗するのは「やむをえない」というが、「歴史からの教訓の一つは、制裁は始めるよりやめるのが難しいことだ」と長期化を予測する。
制裁には別の意味合いもある。「制裁側が同盟関係を広げて、包囲網をつくることが重要だ。一致して制裁を科すことは、ロシアに対してだけでなく、他の国が将来とる可能性のある行動、たとえば中国が台湾に対して軍事行動をとることを牽制(けんせい)する効果もある」(目黒隆行、星野眞三雄)