国連制裁委の元パネル委員・古川勝久氏に聞く
――近著「北朝鮮 核の資金源 『国連捜査』秘録」(新潮社刊)には、軍事関連物資や技術の取引相手が中国やロシアなど近隣国だけでなく、東南アジアや中東、アフリカなど全世界に及んでいる実態が書かれています。
北朝鮮は孤立していません。160カ国以上と国交を結び、天然資源も豊富にある。中東やアフリカなど、内戦や紛争が起きている国に兵器を安く提供して軍事技術を移し、軍や警察の特殊部隊に対する訓練を請け負うなどして外貨を稼いでいます。北朝鮮と国交がない日米などの国は、世界でも少数派なのです。
――かつては日本との取引も問題になりました。
2006年ごろまでは日本が、北朝鮮と世界各国との取引の主要なプラットホーム(基盤)でしたが、日本による制裁が強まると、企業や担当者が中国や東南アジアに移転し、実態が見えにくくなりました。
北朝鮮は正規の取引や外交のネットワークに工作員や密輸担当者を潜り込ませています。企業や担当者の名前を変えて他国のパスポートを取り、第三国を介在させて実態をわかりにくくしています。
――北朝鮮の最大の取引相手は中国です。
それはその通りですが、「中国が制裁に本腰を入れさえすれば北朝鮮は抑え込める」などと中国だけのせいにして他国が何もしないのもまた、現実を無視した議論と言えます。
中国が北朝鮮のネットワークを全部把握しているわけではありません。たとえば禁輸とされているはずの日本製品が、いまだに平壌の市場に並ぶのには、日本国内の協力者が関係していると言わざるを得ません。
――日本政府は「北朝鮮への圧力を最大限強める」とよく言いますが、実態はそうなっていないということですか。
日本の政治家が強い言葉で「圧力」を宣言しても、外交的パフォーマンスによる期待論が先行して実質が伴わないのでは意味がありません。日本国内には全体を統括して各省庁の連携を進める「司令塔」がなく、実質上は米国の指示待ち状態です。制裁対象の船舶が日本国内に入港したのに資産凍結ができなかった例があったように、国内の法整備も十分とはいえません。
国連制裁決議違反の密輸を取り締まるには、ファクト(事実)とエビデンス(証拠)に基づいた地道な実態の把握が重要です。出入国管理、金融、海運、貿易、ITなど各分野の専門家が、国境や省庁の壁を越えて国内外で協力すべきです。北朝鮮の取引相手国当局に取り締まり強化を働きかけ、実務面で支援するなどの取り組みも求められます。不正な資金移転を止めさせる金融制裁について協議する「国際金融作業部会」など、国際テロや組織犯罪に対抗してつくられた連携の枠組みを、北朝鮮の密輸にも応用することが急がれます。
――制裁決議にかかわらず、北朝鮮による核やミサイル開発は着実に進んでいる印象を受けます。
それでも制裁には重要な意味があります。核実験やミサイル発射実験を行うたび、北朝鮮には軍事的な知識と経験が積み重なっていきます。たとえ大陸間弾道ミサイル(ICBM)を持つこと自体は防げなくても、軍事関連物資の密輸を一つ一つ取り締まることで、兵器開発や軍拡のペースを抑えなければなりません。
――一方で、制裁一辺倒ではないかという批判もあります。
制裁の目的は、国連安保理決議違反の核やミサイル兵器の開発をやめさせることです。北朝鮮経済全体をつぶすのが目的ではありません。軍事転用可能な品目を丁寧に区別して取り締まるべきでしょう。
忘れてはいけないのは、制裁だけで核やミサイルなどの開発をやめさせることはできないということです。制裁はあくまで外交交渉に持ち込むための手段であり、制裁だけが突出した現状は異常な状況と言わざるを得ません。
古川勝久氏
1966年シンガポール生まれ。慶応義塾大経済学部卒業。日本鋼管勤務を経て米ハーバード大ケネディ政治行政大学院にて修士号(国際関係論・安全保障政策)を取得。米シンクタンクのアメリカンエンタープライズ研究所アジア研究部、米国外交問題評議会アジア安全保障部、モントレー国際問題研究所の研究員、科学技術振興機構社会技術研究開発センター(本部・東京)の主任研究員を経て、2011年10月から16年4月まで国連安保理北朝鮮制裁委員会の専門家パネル委員を務めた。
国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会専門家パネル
制裁委員会は国連安全保障理事会の下部組織で、安保理が制裁対象としたイランやイラク、北朝鮮などの国やアルカイダなどのテロ組織ごとに設けられ、安保理の理事国15カ国から公使や参事官などの実務責任者が各国を代表して参加する。専門家パネルは事務総長から任命された専門家がコンサルタントとして雇用される。独立した立場から制裁違反事件を捜査し、安保理や制裁委、国連加盟国に対して制裁強化策について勧告する。任期は1年で安保理決議により更新でき、最長5年まで務められる。