ボルネオ島北部のブルネイにある「クアラ・ベラロング野外研究センター(Kuala Belalong Field Studies Center)」。その勝手口を少し出たところに、数本の木がある。バルコニーにも近い。そこに、かなり変わったアリが、巣をつくっている。
特徴は、自爆して巣を守ることだ。
その習性を詳述した研究論文が2018年4月、国際学術誌ズーキーズ(ZooKeys)に掲載された。「自爆アリ」の存在は200年余前から知られており、1916年に初めて文献にも登場した。いくつかの種が特定されるようになり、最後に判明した種に学術名が付けられたのは1935年のことだった。
今回の研究成果には、それ以来となる新たな種の発見が含まれている。授けられた学術名は「Colobopsis explodens」(以下、C.e.)。論文には、遺伝子配列の一部も出ている。
注目されるのは、その働きアリだ。際立った(というか、いささか汚い)特技を持っている。巣に侵入しようとする者がいると、自分の腹部を破裂させ、ネバネバした、明るい黄色の毒液を浴びせる。「ハチの一刺し」と同じで、自分は死ぬ。でも、群れを救うことができる。
これを学術論文に仕上げようとすると、なかなか大変だ。働きアリから女王アリまで。理想的には群れを構成するすべての身分のアリを採取し、つぶさに観察して最後はラテン語で学術名を与えねばならない――オーストリア・ウィーン自然史博物館の研究者で、今回の論文の執筆者の一人でもあるアリス・ラツィニーはこう説明する。「このアリの存在は知られていたし、さまざまな実験も行われてきた。それでも、公式に存在する種としては、いまだにきちんと分類されていない」
ラツィニーは、このアリに魅せられた幅広い研究者が集まるグループの一員だ。C.e.がどう暮らし、あの特有な死をどう迎えるのか。今回の論文で詳しく記している。
このアリの一日は、朝6時ごろに始まる。巣から出て、夕方6時ごろまで食べ物を探す。実際に何を食べているのかは、よく分かっていない。巣の出入り口には、働きアリの小さな部隊が陣取り、出入りするすべてのアリを触っている。仲間の動きを監視しているのは明らかだ。
研究チームは、侵入役のアリも用意し、反応を観察した。
「働きアリの体は、全体がネバネバした毒液で満たされている感じ」とラツィニー。侵入者が働きアリに触れると、ほとんどの働きアリは自爆した。ふりまいた毒液が、にかわのように侵入者をからめとり、動きを封じた。とどめは、毒そのものだ。
この自己犠牲は、進化論的に見ても理にかなっている。群れのアリはすべて家族同然の近縁者であり、自爆する働きアリには生殖能力がない。こうした役割分担の上に、群れの存続が機能しているからだ。
「群れ全体としてどう存続していくのか。そのための自己犠牲を前提に、働きアリの遺伝子は受け継がれている」とラツィニーは語る。
観察していて気付いたのは、羽アリがいることだった。めったに見かけることのないオスたちだ。それが人目に付かないように、巣を出て熱帯雨林へと飛んでいく。
まだ羽のないオスは、他のアリと区別するのが難しい。だから、飛び立つのが目に留まるのはすごく幸運で、ラツィニーや研究仲間は、飛べるようになったばかりのオスを追って木立に分け入り、なんとか数匹をガラスの小瓶に採取することに成功した。
あの勝手口の木にあったC.e.の巣を、ラツィニーがまた見る日がくるのかは定かではない。研究の資金が、もうすぐ底を突くからだ。目下の研究の目的は、自爆してふりまくネバネバの成分を解明し、論文にまとめて発表することにある。あわせて、今回のC.e.以外の自爆アリの新種も、いくつか紹介したいと話す。
「関連資料は、すべて標本にして自然史博物館で保存している」とラツィニーは言う。それでも、現場への思いは断ちがたい。「だって、生きた状態で見ることの方が、絶対に楽しいから」(抄訳)
(Veronique Greenwood)©2018 The New York Times